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【短編小説】みかんが収穫できる頃


私のお父さんとお母さんは、2年前の豪雨で川に流されて死んだ。
 
だから今は、おじいちゃんと二人で住んでいる。
 
私は新井シオン。高校2年生だ。
 
ウチは、代々みかん農家。
甘くて、美味しいみかんをずっと、作ってる。
 
おじいちゃんは、栄作という。68歳だけど、自分ではまだ体は50代だと言い張る。
確かに、足腰は達者で、みかん畑の急な斜面をすいすいと登っていく。
 
おじいちゃんは、夜明け前に起きて、山に出かける。
一仕事してからウチに帰ってきて、朝ごはんを一緒に食べる。
それから、私は学校へ行く。
おじいちゃんはまた、山に戻る。
 
部活を終え、夜家に帰ると、おじいちゃんは一人で風呂に入ってる。
私は夕食の準備をする。
おじいちゃんは風呂から上がると、いつも私に肩に湿布を貼ってくれと言う。
私はおじいちゃんの両肩に湿布を貼る。
貼ったら、おじいちゃんはパジャマを着て、茶の間に座り、テレビをつける。
野球を見ながら、一人ビールを飲む。
晩ごはんが出来た。
二人でテレビを見ながら、食べる。
私は学校であったことを話す。
おじいちゃんは山であった事や、近所のみかん農家の人の話をする。
 
ごはんが終わると、おじいちゃんは茶の間に残り、野球を見ながら、ビールを飲む。
 
私は、学校の宿題をしに自分の部屋に入る。
 
遅い時間に、私が風呂に入ろうと部屋を出ると、おじいちゃんはいつも茶の間でテレビをつけっ放しで寝ている。
私はおじいちゃんを起こし、自分の布団へ連れていく。
 
そして、私は風呂に入り、髪を乾かし、スマホをいじってから、いつの間にか寝る。
 

9月。2学期が始まったばかりだ。
 
今月は、進路希望を出さなくてはいけない。
 
なのに、まだ決められずにいる。
 
理由は二つだ。
一つは、おじいちゃんの事。私が遠方の大学に行くと、おじいちゃんは一人になる。
二つ目は、私の片思いが関係する。
 

私には、好きな人がいる。
 
サッカー部の3年生。早川マコトさんだ。みんなから、マコと呼ばれている。
 
私は、マコさんに憧れて、サッカー部のマネージャーになった。
 
マコさんは、次の春には京都の大学に行く事が決まっている。
 
私も一緒の大学に行きたい。
 
でも…
 
おじいちゃんには、まだ言えない。
 
第一、マコさんに私の思いを告白ができていない。
 
進路希望を出すのは、来週の月曜日。
今日は火曜日なので、後6日しかない。
 
マコさんに告白したい…
 
でも、怖い。
 

月曜日になった。
何が何でも今日は告白する。そう決めて、私は、朝家を出た。
学校までの道のり、心がガクガクする。「揺れている」という生易しいものではない。大きく波打ってるし、大体はくじけそうになっている。
でも、頑張ろう。


昼休み中に、私は部室に行った。
そこには必ずマコさんが一人でいると知っていたからだ。
マコさんはいた。
スマホで、サッカーの試合を見ていた。
マコさんは私に気づいていない。
このまま、教室に帰ろうと思い、そ一歩踏み出すと、
「シオン?」と声を掛けられた。
「マコさん、話があります…」私は意を決して話し始めた。
「何?」と言いながら、マコさんは私の方へ近づいてきた。もう逃げられない。なぜか私の眼には涙が一杯溢れてきた。
「マコさん、私…」
「シオン!俺らが引退してしまっても、部をよろしくな!ウチの部は、シオンだけが頼りだからな。」
「はい。でも、その、あの」
「練習のメニューの事で、分からない事があったら、いつでも聞いてくれよ。」
「はい。でも、そうじゃなくて。」
「もう自分の教室に帰った方がいいよ。俺も教室に帰るから」
「はい」涙はどんどん溢れてきており、顔はぐちゃぐちゃなのが分かった。
嗚咽して呼吸ができない。 
思いが溢れすぎたのだ。溢れすぎて、興奮して、心臓の音が大きくて、その音に声が負けそうで、頑張ろうとすると、息苦しくて、結局、何も言えなかった。 
私は涙を頬に流したままで、部室を出た。
私は、走って自分の教室に戻った。

私の告白は3分ぐらいで終わった。 
 
午後の授業が始まる前に、教室に来た地理の先生に、気分が悪くなったので、早退したいと言った。
先生が許可すると、私はちょこんと頭を下げて、教室を出た。
 
 
帰り道のスーパーで、夕食の買い物をした。
自分はよくても、おじいちゃんのは用意しなくてはいけない。
 
何も作る気にはなれなかったので、総菜コーナーで、目についたものを買った。
 
家に帰ると、それをテーブルに置き、おじいちゃんに、置手紙をした。
 
おじいちゃんへ
気分が悪くなったので、学校を早退しました。
部屋で寝てたら直ると思います。
ごめんやけど、今日は、テーブルに置いてあるものを食べてください。
ご飯は、炊飯器の中にあります。
 
私は、気分がよくなったら食べます。
 
 
夕方おじいちゃんが帰ってきた音が聞こえた。
風呂を洗う音、そして、風呂に入る音も聞こえた。
 
上がって、テレビをつけた。
大好きな広島戦を見ている音。
 
暫くすると、私の部屋におじいちゃんが来た。
ドアの前でおじいちゃんが言う。「シオン、起きとるか?」
「何?」
「気分はどうじゃ?」
「まだちょっと、具合悪い。だから、寝てる。」
「そうか。まあ、寝ちょき。でなあ、シオン。」
「何?」
「今日の晩飯のおかず、何でイモばっかりだったんじゃ?」
 
コロッケ、里芋の煮っころがし、ポテトサラダ、フライドポテト。
 
やってしまった…
 
「おじいちゃんが、お芋さんが食べたいかなあって、思って。」
「ほうか。」
おじいちゃんが部屋の前からいなくなった気配を感じた。
 

土曜日、朝の雨。
 
私は、ずっと部屋に籠り、気持ちが戻るのを待った。
 
夕方、おじいちゃんが、私に声をかけた。
「今日は、寿司を買ってきたけん、一緒に食べよう」と。
私たちは、丸い桶に入った握り寿司を食べた。
おじいちゃんは、黙って野球を見ながら、ビールを飲みながら、ちょくちょく寿司をつまんで食べている。私は、食欲がないので、大好きな焼き穴子だけを2つ食べた。
 
「ごちそうさま」私は、自分の皿を流しに持っていき、部屋に戻ろうとした。
 
おじいちゃんが声をかけた。「シオン、お前、どうするんじゃ、大学?」
「えっ?」
「そろそろ、決めなならんのじゃろう?」
「うん。」
「都会の学校に行きたかったら、行ってもええぞ。」
「うん、でも…」大粒の涙が出た。
「ワシの事は心配せんでええからな。」
「おじいちゃん。」
「なんな?」
「みかん作りって、面白い?」
「ああ、そうじゃなあ。面白いなあ。」
「じゃあ、私にも教えて」
「ほうか、じゃあ、明日、一緒に山、登るか?」
「うん」
「明日は、早生のみかんを収穫しようと思っとたがじゃ。じゃあ、手伝ってくれ。」
「いいよ」
 
そう言って、私は部屋に戻った。
おじいちゃんは野球を見ながら、ビールをゆっくり飲んだ。
 

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