【歌詞考察】東京事変「透明人間」-透き通る気持ちで生きてみる


はじめに

 体を透明にできる超人、透明人間。もしもあなたが透明人間になれたら、何をしますか? 気になるあの人がどんな生活をしているのか覗いてみますか? それとも人のいる大通りで堂々とダンスをしてみますか? もしかして不埒なことを……?
 いちおう、透明人間が透けさせることができるのは自分の身体だけということになっています。では、もしも心まで透明にすることができたら、一体それはどんな心になるのでしょうか?
 今回考察するのは、椎名林檎率いる超本格派ロックバンド 東京事変のヒットナンバー「透明人間」! この曲に登場する透明人間は自分の身体を透明にするだけでは飽き足りません。心まで透明にしたいと望む透明人間なんです。椎名林檎のファンタジーでメッセージ性の強い歌詞を読み解いていきましょう!

「透明人間」とは

「透明人間」概要

 「透明人間」は、2006年に東芝EMIから発売された東京事変のセカンドアルバム『大人(アダルト)』の収録曲で、作詞は椎名林檎、作曲は亀田誠治が担当しました。2012年に東京事変が解散(2020年に活動再開)した際、解散ライブの最終曲として演奏された一曲で、解散中の2018年には「NONIO」のCMソングに起用されました。
 ファンからの人気も高い楽曲で、2021年にオリコンNEWSが行なった「東京事変の好きな楽曲TOP10」という調査では、第二位にランクインしました(第三位は「群青日和」、第一位は「落日」)。

東京事変、というバンド

 東京事変は2003年に結成された5人組ロックバンドで、2012年に解散するも2020年に活動を再開。現在も精力的に活動を行なっています。メンバーはボーカル&ギターの椎名林檎、ベースの亀田誠治、ドラムの刄田綴色、ギターの浮雲(長岡亮介)、キーボードの伊澤一葉の5人。過去にはギターとして晝海幹音(ヒラマミキオ)、キーボードとしてH是都M(H ZETT M)が参加していました。
 バンドの実質的な創設者は椎名林檎。2003年当時、シンガーソングライターとしてすでに高い人気を誇っていた椎名は音楽活動に疲れを感じており、音楽界からの引退を考えていました。しかし躊躇った椎名は、自分ではなく他人(メンバー)のために曲を書けば意欲が湧くのではと考え、バンドを結成することを決意。高い技術力がありながらも日の目を見てこなかったミュージシャンたちを誘い、東京事変を立ち上げたと言われています。
 代表曲は「群青日和」「修羅場」「キラーチューン」「能動的三分間」「永遠の不在証明」「赤の同盟」「緑酒」など。

「透明人間」考察

僕が透明人間になる理由

それでは歌詞の考察に入っていきましょう!

僕は透明人間さ きっと透けてしまう
同じひとには判る

東京事変「透明人間」

 語り手は透明人間の男性。「僕は透明人間さ」だなんて、一度は言ってみたいですよね! でもどうやら透明になることを完全に制御できるわけではないようで、思わぬところで透けてしまうこともあるようです。もしかしたら、「透明人間です」と告げている相手に人見知りをして透明になってしまっているのかもしれません。「同じ透明人間だったらこの悩みに共感してくれるんだけどね……」とため息をついていそうですね(笑)

噂が走る通りは息を吸い込め
止めた儘で渡ってゆける

東京事変「透明人間」

 そんな透明人間君。「噂が走る通り」では息を吸い込む、と言っています。息を止めていると透明化するのかもしれません。でも、なぜ透明になる必要があるのでしょう。というよりまず、「噂が走る通り」って何なんですか? 走るのは人じゃなくてうわさ? どういうこと?
 「噂が走る」というのは、噂が伝播するという意味です。ここでいう「噂」とは、文字通りの噂話でもあるでしょうし、雑誌やネットニュースで取り上げられるようなゴシップを意味しているのかもしれません。さまざまな噂が錯綜する現代社会では、うかつに野次馬になろうとすると思わぬ痛手を被ることもありますね。誹謗中傷だと言われるかもしれません。そういった危険な世界へは手を出すのではなく、関わらないでいるのがいちばんです。透明人間が透明になるのは、噂話に関わらないようにするためでしょうか。

透明人間がばれるとき

秘密も愉しいけれど直ぐ野晒しになるよ
それを笑わないで
好きなひとやものなら有り過ぎる程有るんだ
鮮やかな色々

東京事変「透明人間」

 透明人間でいることは、自分の姿を隠すということ。自分の姿を隠すということは、自分を秘密の存在にすることでもあります。でもこの透明人間はまだ自分の能力を制御できません。好きな物や人を前にすると透明化が解けて、動揺したり照れたりしている表情を見られてしまうことだってあるでしょう。「でも、それを笑わないでね」。恥ずかしさを隠そうとする、透明人間のかわいらしい一面です。
 この「透明人間」という存在を、自分の秘密が暴かれないかひやひやしている現代人とみることもできるかもしれません。

透き通る気持ちで

あなたが笑ったり飛んだり
大きく驚いたとき
透き通る気持ちでちゃんと応えたいのさ

東京事変「透明人間」

 ここでいう「あなた」とはきっと、透明人間にとって大切な人のことでしょう。彼女かもしれません。彼女が無邪気に笑ったりはしゃいだり驚いたりしているときに、自分も透き通るように純粋無垢な気持ちで受け止めて応えてあげたい。透明であるということは、醜聞に関与しないための手段というだけでなく、純粋なものに対して純粋に反応するということも意味しているのかもしれません。

毎日染まる空の短い季節
真っ直ぐに仰いだら 夕闇も
恐ろしくないよ

(東京事変「透明人間」)

 きっと季節は秋か冬なのでしょう。夕焼けが空を真っ赤に染める時間が短く、すぐに夜の暗闇が世界を包んでしまう。暗闇は何がひそんでいるかわからないおそろしいものです。お化けが出てくるかも……なんて思ってしまいます。でもよくよく考えてみれば、夜というのは太陽が隠れているだけで、その闇の中に隠れている世界自体は昼と変わりません。余計なことを考えずに、まっすぐ世界と向き合えばどうってことはないのです。
 そしてこの「闇」というのは人間のどろどろとした部分だと考えることもできます。愛する人や尊敬する人のネガティブな姿を見ると、まるでその姿が本性であるかのように考えてしまいますが、冷静になって考えれば、普段の明るい姿も隠したネガティブな姿も同じ「その人」の姿なのです。幻滅する必要も、怯える必要もない。ただ「その人」にまっすぐ向き合えばいいのです。

何かを悪いと云うのは……

僕は透明人間さ もっと透けて居たい
本当はそう願っているだけ

(東京事変「透明人間」)

 「もっと透けていたい」。つまりは、純粋な水が透明であるように純粋な気持ちでいたい。物理的に透明になれる透明人間は、内面まで透き通っていたいのだそう。

何かを悪いと云うのはとても難しい
僕には簡単じゃないことだよ
一つ一つこの手で触れて確かめたいんだ
鮮やかな色々

(東京事変「透明人間」)

 透明人間は言います。「何かを悪いと言うのは難しい。他の人がどうかはわからないけど、僕には簡単じゃないことだよ」と。
 私たちは普段、物事を善悪で判断しがちです。もちろん善悪で判断しなきゃいけない場面もありますが、物事を色々な角度からじっくり観察してみると、案外善悪で区別するのは難しいものです。一見ただの殺人犯かと思いきや、背景には複雑な事情が隠れている、なんてこともあります。他者の意見に流されているだけ、ということもありますね。
 透明人間は透き通った気持ちを持っているがゆえに、何かを「悪」と判断することの難しさを知っています。彼は「一つ一つ触れて確かめたい」と言います。たとえ時間がかかってもいいから、自分自身で納得いく答えを見つけたい。借りものではない、自分の意見を持ちたい。それが透明人間流の生き方です。

透き通る気持ちを、あなたにも

あなたが怒ったり 泣いたり
声すら失ったとき
透き通る気持ちを分けてあげたいのさ

(東京事変「透明人間」)

 人間は良くも悪くも感情的な生き物。怒ったり、泣いたり、感情によっては冷静な判断ができなくなってしまいます。だからこそ透明人間は、そんなとき「あなた」に透き通る気持ちを分けてあげたい。物事を静かに眺められる心を持たせてあげたいと言います。

毎日染まる空の短い季節
手を叩いて数えたら もうじき新しくなるよ

(東京事変「透明人間」)

 夕焼けが短く、夜の訪れが早い季節。楽しい時間が短く、不安にさいなまれる時間が長い。そんなときは、手を叩いて待ちましょう。そうすれば、意外とすぐに新しい明日がやってきます。不安の中で澄んだ心を見失わないで、と言わんばかりの透明人間からのエールでしょう。

濁りそうになる心を守って

恥ずかしくなったり 病んだり
咲いたり枯れたりしたら 濁りそうになったんだ

(東京事変「透明人間」)

 日々、私たちはいろんな感情に揺さぶられます。恥ずかしいことがあったり、気を病んだり、嬉しさや悲しさに影響されて、時には本来の自分を見失ってしまうこともあるでしょう。透明人間だって心が濁りそうになるんですから、いわんや普通の人間をや。

今夜は暮れる空の尊い模様を
真っ直ぐに仰いでいる
明日もまた幸せに思えるさ

(東京事変「透明人間」)

 心が濁りそうになったら、一度深呼吸をして、暮れていく空の模様を眺めて見ましょう。日々の雑音が静まって、「明日もまた幸せに思える」と希望を持てるかもしれません。ささやかな幸せや希望こそが、私たちを澄んだ心のままにするのです。

またあなたに逢えるのを楽しみに待って
さようなら

(東京事変「透明人間」)

 そして透明人間は去っていきます。
 大好きな「あなた」とまた逢えるのを楽しみにしながら。

おわりに

 「透明人間」、いかがだったでしょうか! 東京事変はサウンドもさることながら、人間や社会の在り方を優しく、ときに厳しく説く歌詞も人びとを惹きつけてやみません。様々な出来事に翻弄される私たちですが、それでも透き通る気持ちは手放さないようにしたいですね!
 それではまた次回お会いしましょう、ぐーばい!

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