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コロナ禍での狂人日記、見つかる。またの名を、小人搭乗法Ⅱ

2021年xx 月xx日

 何処にも飛べないこんな時だからこそ、人生という長いフライトのシュミレーションでもして遊んでみるのはいかがだろう。君に問うのは、君はいま何処にいるのか、何処へ向かっているのか、そしてどれだけの小人が搭乗しているかである。
 一つ目の質問に対し、多くの人は既に離陸している可能性が高いが、しかしある一定層は残念ながらまだ離陸していない。誘導路を走行中に脱輪してしまった人もいれば、何か非常に悲しい出来事があって精神を揺さぶられ、このままではフライトに集中できないと判断して搭乗口に戻る人もいる。なお、私はまだ出発していない。律儀に駐機場に停泊している。中東系エアライン顔負けの素晴らしく華やかなキャビンを用意してみせることに成功し、見る者たちの目を奪う圧倒的な印象を放つ垂直尾翼、機体側面にはこれしかないという字体でロゴを印字した。乗客は乗った(もちろんスモールピープルこと、小人たちも乗っている。機内空間に対しての評判が良く、超満員だ)、荷物も載せた、いつでも出発準備OK、request push back. 管制からの承認を待っているのだが一向に承認がこない。この空港の管制塔は誰かに引っこ抜かれて持ち去られてしまったのだろうか。私はこのrequest push backを一年繰り返しているのだが、その手応えのなさには宇宙をも思う。仕方がないので私はもうシップから外に出て垂直尾翼に新しい絵を書き足してみたり(小人たちもこれには大喜びだ)、キャビンにランプや花を持ち込んでパーティーをしてみたり(小人たちの間では飾った花の花弁を一枚とってポケットチーフにするのが流行しているようだ)、あるいはせめて気持ちだけでも旅をしようと機内のモニターに世界の街を映し出して旅をするというミニソアリン(これに関しては小人たちの尋常ならざる熱狂のあまり、もう出発する必要もないのではないかと思えてくる)を楽しんでいる。しかしこのような愉快なる施策も虚しく、先般、待たされすぎていよいよ気がおかしくなってしまった小人が発生した。キャビンは混乱に包まれ非常に治安が悪い状態となっていたが、緊張が最高潮に達したところで満を持しての私の演説、すなわちはキャプテンスピーキングを入れ、ついでにミニソアリンを上映すると小人も正気を取り戻した。時には外からシップのデザインにケチをつけてくる輩に見舞われるが、気にすることはない。気まぐれな小人たちの中には外に出たり入ったりを繰り返している者もおり、何人かはもう風に飛ばされて何処かへ行ってしまったという報告を受けた。一方で、何人かは遠方より自らの意思で、もしくは風に飛ばされて私のシップへやって来るので大勢に影響はない。ところで、君のシップに小人は乗っているだろうか。これが重要であるのは、我々が勝負できる要素が幾つかしかないからである。目的地を何処へ設定するか、どれだけ早く目的地に到着するか、そしてどれだけの小人が搭乗しているか。ほぼ、この三要素しかない。それに、これは考えるだけでもおぞましいことであるが、もし君のシップに小人が誰も搭乗していないならば、そこに漂う虚しさに君は焼き尽くされ、誰からも見えなくなる。すると、君が座ったと思った玉座には次々と刺客たちが訪れ、小人を乗せた彼らを前に君は押しつぶされ窒息する。だから、ある程度の質量と共に、ある程度の小人たちと共に自分の信じる玉座につく必要があるのだろう。ところで君が座ろうとしているその椅子、どれだけの人が座りたいと思っている代物だろう。私が目指すその椅子は、どうやら誰からも狙われていないようだ。というより、私にだけ見えているといった方が正確か。がら空きだな、小人を乗せるまでもないよなあ。しかし出発できないのだから仕方がない、小人でも乗せて遊んでいよう。

 さて、続いては何処へ向かっているかの問題。目的のない冒険はない。かつての冒険家も、大洋の先に霞むぼやけた目的地の先に確固たる目的を見

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 ここで狂人の手記は終わっていた。男の生存そのものが危ぶまれたが、その消息を或る小人が伝えた。


2023年 10月24日 
“男は生きている。最近は、また頭がおかしくなって自分は俳優だと言い張っている。往年の役者みたいにアドリブを好むから監督によく注意されているらしい。それなのに男の口元には笑みが浮かんでおり、不気味な様子だ。髪を長く伸ばしたり少し色を変えてみたり、ささやかな抵抗を楽しんでいるように伺える。よく一人でケーキを食べているが、味に納得がいかないのか大抵首を傾げてる。最近は非常によく寝ている。香港に行く隙間を見つけようとカレンダーと睨めっこしている。どうも穏やかではないので、このまま監視を続ける。続報を待て。”

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