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中国ライドシェア事情-その導入がもたらした革命的な変化

日本では今、アメリカの「ウーバー」のような「ライドシェア」(いわゆる「白タク」を合法化したようなもの)の導入が政府で検討されている。そして、ようやく地域限定で導入する方向で話が進んでいるようだ。

それでは、中国にはライドシェアというものはあるのだろうか?日本には、中国のライドシェア事情をあまりご存じない方もいると思うので、今回は、中国のライドシェア事情を紹介してみたい。

意外に思う方もいるかもしれないが、日本でライドシェアの導入について延々と議論を重ねている一方で、中国ではとっくの昔からライドシェアが導入され、合法化されている。

実は、中国にはかつて、アメリカのライドシェアアプリ最大手・ウーバーが進出していた。ウーバーが中国に進出したのは、2014年。今から10年も前のことだ。私が最初に、中国でウーバーが使われているという話を聞いた時は、耳を疑ったものだ。中国は、政府の規制が厳しいイメージがあり、このようなサービスは、簡単には容認されないだろうと思っていたからだ。実際、その当時は、特にライドシェアを明確に合法とするような法律は存在しなかったようだ。しかし、明確に違法という位置づけもされず、新しいテクノロジーとして、容認されていたようだ。

私が最初にウーバーのアプリを中国でダウンロードして、使ってみた時は、感動したものだ。まず、現在地は地図の位置情報から自動的に表示される。行き先を入力すると、自動的に距離・料金が表示され、これから乗る車のナンバー・車のブランド・車種・到着までの待ち時間が表示される。車から降りると、登録されている決済アプリから自動的に料金が引き落とされる。タクシーと比較したら、便利この上ない。そして、特に中国のような国では、ライドシェアアプリの登場は革命的な効果をもたらした。なぜか?

私は、毎週末、趣味のテニスをするために、長距離の移動が必要だった。バスや電車を使うと何度も乗り換えが必要で、膨大な時間がかかるので、タクシーを使えれば便利だったのだが、私の住む地域では、長距離の移動にタクシーを使うと、タクシーの運転手はメーターを下ろしたがらない。理由は、帰りに元の場所に戻るときに、空で帰らなければないないので、割に合わないというのだ。だから、往復の費用として、メーターの倍の費用を払うように要求してくるのだ。

タクシーを変えたところで、同じだ。全ての運転手にそのような常識が浸透しており、誰も取り締まらないからだ。

他にも、途中で別の客を相乗りさせる、祝日の日には価格を勝手に上乗せする、夜勤との交代時間である夕方になると、客を乗せたがらないため、タクシーが捕まらない、空港からタクシーに乗り、行き先が短距離だと、怒り出す(「客を乗せるために長時間並んだのに、全然割に合わない!」)、運転手が平気で煙草を吸う、など、中国ではタクシーにまつわる問題が数え上げれば切りがないほどあった。

ところが、ライドシェアアプリの登場によって、中国のタクシーにまつわるこれらの問題が一気に解決されたのだ!

まず、ライドシェアアプリの場合は、走った距離が自動的に計測されるので、価格もそれに応じて自動的に計算される。だから、タクシーのように、往復の料金を吹っ掛けたり、祝日だから勝手に料金を上乗せするなどということは不可能になった。「わざと遠回りされたらどうなるのか」と思われる方もいるかもしれない。実際、タクシーではそういう悪徳運転手も存在した。しかし、ライドシェアアプリだと、そう簡単にはできない。なぜなら、アプリ上で運転手を評価したり、カスタマーセンターに連絡したりできるので、運転手もそれを恐れて、下手な行動には出られないからだ。逆に、夏には「空調の温度はちょうどいいですか?」などと、私に聞いてくる運転手まで現れた。こんなことは、中国のタクシーではありえなかったことだ。タバコを吸う運転手は基本的にいないし、まれに吸おうとする運転手は、「吸っていいか」と聞いてくる。

タクシーが拾えないという現象もなくなった。なぜなら、白タクなので交代時間もないし、アプリで呼べば、近くにいる車がやって来るからだ。待ち時間は祝日などを除き、大抵1~2分だ。そして、今では、あれほどタクシーを拾うのに苦労した夕方の繁華街でタクシーが列をなして客を待っている。

空港からの移動も、タクシーの運転手に怒られるのを気にする必要もなくなった。近くの道路まで歩き、ライドシェアの車を呼べばいいからだ。これは、中国で生活する者にとっては革命的な変化だ。生活の利便性の向上と、コストの削減が半端ではない。

現在、中国ではほとんどの市民がごく普通にライドシェアアプリを使うようになっている。

さて、中国のライドシェアの歴史に話を戻したい。中国に進出したウーバーだったが、その歴史は長くは続かなかった。中国発のライドシェアアプリの競合が登場したのだ。中国の2つのライドシェアアプリが合併してできた「滴滴出行(Didi Chuxing、以下Didi)」だ。やがて、アメリカ発のウーバーは中国発のDidiにシェアで圧倒され、2016年にウーバーの中国事業をDidiに売却し、中国から撤退してしまった。同じ2016年には、中国政府が「ライドシェア経営サービス管理暫定方法」という法規を制定し、これで中国では名実ともにライドシェアが合法化された。この法規ができる前も、決して規制をせず、容認し続けたところが中国らしい。まずやらせてみて、ライドシェアの効果を見極めてから正式に合法化しようと考えたのだろう。

私のライドシェア体験の話はこれで終わらない。実は、もっと安く使えるライドシェアサービスがあることに気づいたのだ。これは、「嘀嗒出行(Dida Chuxing、以下Dida)」というライドシェアアプリに代表される、「順風車」と呼ばれるサービスだ。「順風」というのは、中国語で「追い風」という意味だ。どういうコンセプトかというと、要するに、運転手の行き先と近い所に行く客のみを乗せるというものだ。言わば、運転手との「相乗り」だ。運転手との相乗りなので、他の客のために遠回りされることもない。価格は通常なライドシェアの6割程度。運転手からしても、家に帰ったり、職場に行くついでに客を乗せて、金を稼げるのだから、まさにWinWinだ。

私もこの順風車アプリDidaの存在を知ってから、長距離の移動には、専らDidaを使うようになった。これで、生活コストはさらに下がった。以前乗った「順風車」の運転手には、こんな人もいた。ホテルのコックで、ホテルへ出勤する時と、家に帰る時に、毎日、往復、Didaを使って客を乗せていると言う。その収入は月2000元(約4万円)程度に上ると言う。私のいる都市の平均収入が5000元(10万円)程度であることを考えると、何と、その4割もの金額を順風車で稼いでいることになる。

こうして、ライドシェアが導入されると、さらに便利で安いサービスが生み出されていくのだ。

さて、ここまで私自身の体験も交えて、中国にライドシェアアプリが登場したことが、いかに生活の利便性の向上とコストの削減に貢献したかを書いて来たが、私が最後に言いたいのは、「翻って日本は?」ということだ。

中国でウーバーが登場してから、はや10年。日本では、ライドシェアの「安全性」の問題などが延々と議論されてきた。そして、中国での登場から10年たってもライドシェアは導入されていない。昨年、『日本経済新聞』(2023.11.13)で小柳建彦編集委員が以下のように書いていた。「ライドシェアの問題については、実際に使ったことのない『有識者』や官僚、業界代表が『安全性に問題』などと想像のみを根拠とする声がまかり通ってきた」。強烈な皮肉だ。なぜ、このような人たちは、実際に海外でライドシェアアプリを使用したり、海外で使用している人の声を聴こうとしないのだろうか。

その日本でもタクシー運転手の人手不足が問題になり、ようやく今年4月から「日本版ライドシェア」が開始されるのだと言う。すでに中国から10年遅れだ。しかし、そのライドシェアはタクシー会社が運営し、料金もタクシーと基本的に同じな上、地域や時間帯も限定されるのだという。こんな制約だらけで、ライドシェアを「導入」すると言えるのだろうか?

私の中国での経験をご覧になった方は、こう思ったかもしれない。「日本にはメーターを下ろさないタクシーや、タバコを吸う運転手もいない。タクシーGOのようなアプリもすでにある。ライドシェアを導入したからといって、中国のような革命的な変化は起こらないのではないか」と。しかし、タクシーGOで早朝にタクシーを呼ぼうと思えば、事前予約しなければならない。そうすると、多額の予約料金を取られる。中国のライドシェアアプリは、事前予約は必要なく、早朝でも、出発時に呼べばすぐに来る。これが競争ということだ。競争があれば、料金が安くなり、順風車のような新しい発想やサービスも生まれる。それが中国では起こったのに、日本ではいつまでたってもライドシェアの本当の意味での「導入」も進まない。本当に、海外から見ていて、もどかしいと感じる。

もちろん、中国でも、ライドシェアの導入はいいことばかりだったわけではない。ライドシェアの運転手による女性の殺人が報道されたこともあった(それがライドシェアだから起こったのか、因果関係は定かではない)。タクシーの運転手にライドシェアの車が取り囲まれ、暴行事件に発展したと報道されたこともあった。もし、日本でライドシェアの導入後に、このような事件が起これば、「安全性」に懸念を示してきた人たちは、「それ見たことか」となるのだろう。しかし、中国では、このような事件が起こっても、ライドシェアが禁止されたり、非合法化されることはなかった。

このような、新しいものを取り入れることに対する消極的姿勢、守りの態度、これが、日本を失われた30年と言われる停滞を招いた大きな原因の1つなのではないか。日本という国のライドシェアを巡る状況を見ていると、そんなことまで考えてしまう。

中国だって、いいことばかりではない。それはもちろんだ。でも、日本には隣国の成功例にも謙虚に学ぶ姿勢が必要なのではないか。今日もまた、ライドシェアアプリも使いながら、そんなことを考えた。

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