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昭和の匂いの描き方『高野豆腐店の春』と『こんにちは、母さん』若干ネタばれ

先日の朗読劇『終わった人』に続いて、昭和感溢れるホームドラマ風の作品(今度は映画です)を二本観ました。

まずは『高野豆腐店の春』藤竜也(82歳になられるとは驚き)演じる、昔ながらの職人気質の豆腐店主と、麻生久美子演じるバツイチの一人娘の、頑固者同士の親子が、時にぶつかり合いつつも、互いを思いやり、いたわる日常を丁寧に描いた作品です。
娘の再婚を巡る騒動、父の淡い慕情、世話好きなご近所さんたちとの遠慮のない付き合いがユーモアを交えながら綴られる中に、過去の戦争による傷跡や思いがけない親子関係が浮かび上がってきます。

印象に残った藤竜也の台詞(うろ覚えなので大意です)。
あの戦争は不幸な出来事だったけど、だからと言って生き残った者が幸せになっちゃいけないわけじゃない。死ぬ時に「いい人生じゃった」と終われるように幸せにならなくちゃ。

役者さんが皆とても生き生きしており、特に主演のお二人と、父親と病院で知り合う同年代の女性に扮した中村久美が、物語の舞台である尾道の空気に自然に溶け込んだ、特筆しておきたい好演。
そして何といっても、早朝、父娘の豆腐作りを淡々と映し出す、台詞を極限まで排した一連のシーンの素晴らしさ! 二人の豆腐を扱う所作も、音も、カメラワークも、言うことなしでした。
設定も展開も往年の小津映画に重なる、昭和感満載の作品なのに、不思議と古臭くは感じません。
普遍的な人情や人生哲学的なものと、世知辛さと、ノスタルジックな感覚との塩梅が絶妙だったからなのかなと思います。

『高野豆腐店の春』ポスター


もう一本の『こんにちは、母さん』。こちらは現代劇の名手・永井愛の戯曲を映画化した、山田洋次監督の作品です。
2001年に新国立劇場で永井愛自身の演出により上演された際の、公演の公式サイトのあらすじの欄には、以下のように書かれています。

代々足袋職人の実家に馴染めず、会社人間として生きてきた神崎昭夫(平田満)は、リストラ担当の総務部副部長として神経をすり減らす日々。加えて家では妻から離婚を迫られている。人生に戸惑いを覚えた昭夫がたどり着いた先は、母の福江(加藤治子)が一人住む東京・下町の我が家だった。だが久しぶりの母の家での出来事は傷心の昭夫を驚かすことばかり。見知らぬ人が出入りし、元気な中国人の女の子が家の中を飛び回っている。福江も以前の姿からは想像もつかぬ艶やかなファッションに身を包み、カルチャースクールやボランティアに参加し、イキイキとして楽しそうだ。しかも福江には恋人らしき男・荻生直文(杉浦直樹)の存在が。
積極的に「生」を受け入れようとする元気な70代の母とその恋人、二人の生き方に戸惑いと発見を繰り返しながら、自分自身の人生をもう一度模索しようとあがく40代の息子。ひょんなことから、この三人の奇妙な共同生活がスタートする―。福江、直文、昭夫と彼らを取り巻く下町の元気な人々の日常生活を通しながら、「人生を正直に生き直そう」とする人々の姿が、生と死を深く交錯させながら描かれていきます。

当時、テレビでの舞台中継を見て、主要な役の俳優さんがそれぞれ、役柄にぴったりだなあと素直に楽しんだ記憶があります。(20年以上前なので、詳細ははっきりと覚えていませんが…)


一方、今回の映画化作品。公式サイトに載っているあらすじはこうです。

大会社の人事部長として日々神経をすり減らし、家では妻との離婚問題、大学生になった娘・舞(永野芽郁)との関係に頭を悩ませる神崎昭夫(大泉洋)は、久しぶりに母・福江(吉永小百合)が暮らす東京下町の実家を訪れる。
「こんにちは、母さん」
しかし、迎えてくれた母の様子が、どうもおかしい…。割烹着を着ていたはずの母親が、艶やかなファッションに身を包み、イキイキと生活している。
おまけに恋愛までしているようだ!
久々の実家にも自分の居場所がなく、戸惑う昭夫だったが、お節介がすぎるほどに温かい下町の住民や、これまでとは違う「母」と新たに出会い、次第に見失っていたことに気づかされてゆく。


大枠は原作を踏襲しているものの、そこに山田洋次色、あるいは寅さん色が濃く塗り重ねられて、かなり印象が変わった感があります。
笑いのまぶし方も、永井愛のドライな仕立てに対し、映画版は情を重視したウェットな味付け。

俳優では、母親が慕う牧師役の寺尾聡が、勿体ない使われ方。
息子役の大泉洋は達者(お煎餅を齧りながら愚痴をこぼすシーンは見せ場)だけど予想の範囲内に留まり、新たな魅力の発揮までには至っておらず。
頑固なホームレス役の田中泯は、今回も異様なほどの迫力を見せる。
ご近所さんの役を演じたYOUの「元お嬢様のダメンズウオーカー」ぶりは、観ていて楽しい。

肝心の母親役。
吉永小百合が下町の職人のオカミさんというのは、どうにも違和感が。台本にはないが監督が現場で付け加えたという、息子を迎えた母親が立ち上がる時に「よっこいしょ」と発するくだりなど、正直言って、とってつけたようでした。
息子とのやり取りでの親子感は「母親あるある」で、結構よかったのですが(同じく山田洋次監督と組んだ『母と暮せば』は好きでした)。
吉永小百合というと、原爆詩や福島での原発事故を受けて作られた詩、戦没画学生をうたった詩などの朗読をテレビで見て、声のトーンや間の取り方等素晴らしいなと尊敬しているのですが、俳優としての彼女は、私の感覚ではイマイチのことが少なくないような…。
※ サユリストの方々、失礼な言い草でごめんなさい。

他にも、大企業で人事部長(元の戯曲では総務部のリストラ担当副部長)が自らリストラの実務を担うことはないんじゃないのとか、宮藤官九郎扮する課長役の振舞いは社会人としてありえないとか、キーパーソンであるはずの息子の妻の扱いとか、孫娘の反発の中途半端さとか、いちいち引っかかり、虚心に楽しむことができませんでした。
いろいろと残念。

『こんにちは、母さん』のポスター


ということで、同じく昭和の匂いを描いた作品でも

シビアな現代社会と、微温的な作品世界の乖離が気になった『終わった人』
細やかな演出で、不思議と古臭さを感じさせなかった『高野豆腐店の春』
永井作品の毒気を抜いてしまった、山田ワールド『こんにちは、母さん』

見事に三者三様でした。


チケット半券で、映画館が入っているショッピングモール内にあるカフェのドリンクサービスを受けられました。
早速活用! 抹茶ドリンクとモンブランで気分転換してから帰りました。

鑑賞後のおやつで、気分をリセット

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