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体験記 〜摂食障害の果てに〜⑬

 六人部屋の入り口近くが私の場所になりました。ベッドごとにカーテンで仕切られ、今までの個室に比べると、酷く狭く感じました。窓も遠いので外の風景も見えないし、風も届きません。でも、窓の方から明るいお日様の光が溢れ漏れてきて、パトカーや救急車の音も入って来て、人間世界の生きた音がいっぱい聞こえました。看護師さんや患者さんたちの声がそこいらじゅうに満ちて、のんびりした空気が漂っていました。
 私の一番新鮮に感じたのは、人の肌です。看護師さんは半袖の制服を着ていて、髪の毛も顔も見えるのです。今までずっと全身隙間なく防護服や防護マスク、手袋にゴーグルで覆っている姿だったので、『生身の人間』を感じました。やっと人間の世界に戻ってきた気がしました。
 コロナ部屋にいた時と同じように、心電図等の計測結果を表示する機械がセットされ、酸素計測機が指に取り付けられました。私の酸素濃度が低いのに気付いてくれた看護師さんが、
「苦しいでしょう。」
 と、鼻に酸素チューブを取り付けてくれました。すると、今まで息がしにくくて、苦しかったのが、一気に楽になって嬉しかったです。
 コロナの部屋にいた時、看護師さんに「機械ですから、あくまでも目安です。すぐ元に戻ります。」と、言われたことをその看護師さんに話すと、
 「コロナ部屋は、忙しく手が足りないからでしょう。」
と、言われました。感染するので、看護師さんの数も限定されているのかもしれません。自分もいつ感染するかしれない恐れと戦いながら患者を世話するのは大変です。でも、患者は看護師さんしか頼れる人がいません。忙しくても、患者の様子を見て、対応をしてほしいです。
 大部屋に移って早々、年配の女性の患者さんを車椅子に乗せる時間だと言って、看護師さんが部屋に来ました。その患者さんがベッドから立ち上がった途端、おむつから大量の便が流れ出て、床に広がりました。看護師さんの「わああー! どうしよう⁉︎」と叫ぶ声が聞こえ、その処理や対応にあたふたする事件が起きました。
 こんな事件、コロナ部屋ではあり得ないことです。賑やかな所に来たな、と思いました。看護師さんには気の毒ですが、笑いたいような気持ちが込み上げてきました。まさに人間の世界です。心がほぐれました。 そこへ、私をこの部屋に運んできた看護師さんがやってきて、「ここでは世話できないので、部屋をナースステーション近くの個室に変えます。」
 と、言われ、再び別の部屋へ移動になりました。急に静かになりました。でも、出入り口のドアは開かれ、カーテンが引かれただけだったので、廊下から笑い声や足音がよく聞こえました。ドアを閉じられると、また死にそうになった時、誰にも気づいてもらえない気がして、怖くてたまらなくなるので、絶対に出入り口のドアは閉めないでほしい、とお願いしました。

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