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とてつもなく愚鈍で醜悪な主人公の物語


以前、「とてつもなく愚鈍で醜悪な主人公の物語ー井上ひさし著・吉里吉里人ー」と題して、とあるライティングコンテストに応募したことがあった。

ある日TwitterのDM に、主催者から参加しませんか?とお誘いがあったためだった。

テーマの「影響を受けた人物・出来事」と聞いて、正直「無理だな」と思った。こういうテーマはいいことを書かないと難しそうだし、それに、影響を受けたあとの結果も書けないと面白みがない。無理だ。そんな人生じゃない。だってマイ・ウェイで生きてる。

でもせっかくお声かけ頂いたしと思ってなんとかひねり出してみた。結果は想定通り。入賞者の方々の作品タイトルには「海外」や「師匠」とか壮大そうな、感動しそうなタイトルがズラリ。

「そらそうだ」

それに比べてよくこんなの出したなという代物。コンプライアンス的に完全にアウトな気がする。でも自分的には一生懸命書いたので、そろそろほとぼりも冷めたので皆さんにも披露したいと思います。怒らないでご覧ください🙇‍♀️

私と井上ひさし作品の出会いは中学校の国語の教科書「握手」だ。当時はテストの対象だったので、純粋には作品として親しめなかったが、しっかり心に焼き付いていた。私の読書の選書の基準は往々にして教科書で触れた作品や、図書館で目にした作品だ。そのために、話題の図書、新作にはとことん疎い。

大学時代に友人から「今、何を読んでいるのか」と問われて、「平岩弓枝の西遊記。」と答えたときに、「図書館に行って作者の「ひ」の場所へ行ったら、選ぶのは東野圭吾でしょう?どうしてその人なの?」と聞かれたことがあった。その時までお恥ずかしい話、かの有名な小説家東野圭吾氏を知らなかったのだ!私にとっては平岩弓枝先生の方がホットだった。その後友人から村上春樹作品をいくつか借りたが、1冊とて最後まで読むことができなかった。私には難解で、読み進めることができなかった。読解力が必要な選ばれし読者のための作品なのだと思う。

さらに余談だが、主人と結婚する前、まだ恋人同士だった頃、お互いに好きな本を紹介しあったことがあった。その当時主人は東野圭吾作品を紹介してくれて、やっと初めて読んだ。私が紹介したのは「吉里吉里人」だった。晴れて結婚し、同じ家で住むことになったとき、主人の荷物から「吉里吉里人」の上・中巻を発見した。勧められて読み始めたが、読了できなかったのだろう。下巻にすごく面白いシーンがあるので残念!

私は井上ひさし氏のことはほとんど知らず、知っていることは「握手」で書かれているような中高生時代のことと、ひょっこりひょうたん島のことだけだった。ある時に、娘さんの綴った井上氏の家庭内暴力について知ってからは、堂々とはこの名作「吉里吉里人」の話をすることも、人に勧めることもできなくなったが。

今回のテーマ「影響を受けた人物・出来事」について考える時、思いついたのは「吉里吉里人」のことだった。それでも、前述の理由でこの作品を主題にして書くことについては随分悩んだ。他のことも考えたが、どれも「影響を受けた」と言えるまでになく、とても1,500字以上の文章にすることはできなかった。

この作品との出会い、さらに言うと、本作の主人公「古橋健二(ふるはしけんじ)」との出会いが「影響を受けた出来事・人物」だ。「吉里吉里人」と言えば、日本語、特に地域の「お国言葉(東北弁)」の良さを知らしめたユートピア作品として比類のないと評される作品であるが、この作品の素晴らしさを今更私が「最高です!」といいたいのではない。「そうですね。」で終わってしまう(しかし、今私と同年代、それ以下の年代の方で、この作品を読んだ人は少ないかもしれない。少なくとも私の周りにはいないので、ここでご紹介するのも意味があるかもしれない。)。

作中に記録者として登場する作者から仕方なく主人公として選ばれた「古橋」という男は、うだつの上がらない50歳の三文小説家で、この人の作る文章がとにかく酷い。作中で、即興で詩を読むよう依頼されるが、その詩の酷いことといったら。一読者でありながら腹がたつ程だ。さらにその容姿は、「酒焼けで鼻先が赤鰯色を呈している。背は低く、猪首で、額の生え際が後退しかけ、頬はたるみかけ、歯は欠けかけ、皮膚のあちこちに斑点が湧きかけ、常にびっくりしたように大きく丸く見開かれている眼は老眼になりかけ、駅のそばの月賦デパートで見つけた吊しの夏上衣の下で腹が迫出しかけ、中年の見本のような男である。」と作中で表現されている、なんとも全てが中途半端な中年男性なのだ。こんな主人公の作品に感情移入し、没入できますか?と皆さんに問いたい。

今まで読んできた作品には、いつも魅力的な主人公が登場する。少し間抜けなところや、ずるい部分があるかもしれないがそれも人間味として好感が持てるという類のもので、ここまで主人公に対し、嫌悪すら感じ、生理的にも受け付け難いような人物であるのは、本作が初めてであった。

この吉里吉里国では、本来「国家権力」とは程遠い存在の人々、例えば少年のイサム安部が警官だったりする。現実世界では弱い立場の人たちが強い力を持ち、通常良識があり、力を持つ者としての役割を担うことが多い「中年男性」が一番愚かな者として存在している。

愚鈍な主人公と言えば、漫画「ドラえもん」の、のび太くんや「天才バカボン」のバカボンとバカボンのパパが有名かと思うが、彼らは小学生であったり、中年男性のパパでさえキャラクターとして可愛げもある。それに引き換え古橋氏には何もいいところがない。本当にない。そんな中年男性を主人公にして物語が展開することに衝撃を受けた。

ここまで無茶苦茶な主人公を据え置いて、話を展開させ、さらには誰もが認める「名作」たるということが、衝撃でなくてなんと言えよう。読書当時は、自分が書く側に周るなどとはゆめゆめ思っていなかったが、今、自分が日々文章(日記のような雑記のようなとにかく私的なもの)を書くようになって、より一層「吉里吉里人」と古橋健二の凄さに慄いている。

いつか自分も無茶苦茶で馬鹿げたことをダラダラと羅列して面白い読み物を書いてみたい。憧れの存在だというお話でした。


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