中学校教師 #54 教師として生まれ変わる
令和5年の4月から中学校で勤務しています。
いずれは小学校に戻ることを考え、この経験を記録に残そうと思います。
異動の経緯や考えは下記参照
詳細どころか、導入すら書けないのですが、これまでに経験したことないレベルの問題に直面し、苦しい1週間を過ごしました。
子どもたちとの関わり方、学年主任として担任たちとの関わり方、管理職との関わり方、さまざまなことに悩み、悩み、ひたすら悩みました。
結論、週末を迎えた今。
これまでの反省点が見え、今後の見通しも持つことができたため、少しスッキリしてきました。
私は学級担任ではない
これまで、14年間学級担任をしていました。
私のスタイルは、子どもたちと積極的にコミュニケーションをとり、進んで関わりながら学級経営をするものでした。
これは中学校に異動してからも変わらないものでした。
学年主任として迎える今回の問題。
学級担任だった頃のように、進んで動いて、担任や管理職に途中経過を報告して、次の方策を考え、また動く…
おそらく、担任は助かったという気持ちが大きかったと思います。
しかし、これでは学年は育たない。
学級担任は何ができたのか?
学年主任は何をするべきだったのか?
学年主任として、担任に示すべきこと、やってほしいと伝えるべきことは何だったのか?
この部分について、ブレていた自分が見えました。
その上で、そのブレを受け止めきれず、管理職の先生に甘えていた部分が悔しくてたまりません。
学級担任の仕事が好きです。
本音は、今年も学級担任をしたかったです。
しかしできなかった。
だから、学級担任の立場になって、こう動いてもらったらありがたいだろうなと想像したことを自分で実行していました。
このままの私ではいけません。
私は変わります。
子どもの期待に応える
4月4日、新任式の後、学年部や担任の発表が行われました。
そこで、1番最初に名前を呼ばれたのは3年主任である私です。
子どもたちからは歓声があがりました。
本当に嬉しい瞬間でした。
あの歓声はなんだったのか。
きっと、私に期待しているのだと思います。
では、子どもたちは私に何を期待しているのか。
きっと、心を込めて子どもたちに関わる私の姿に期待していたのだと思います。
今回の件、私はそのように動いたのでしょうか。
100%の状態で、子どもの期待に応える動きだったのかと問われると、自信がありません。
それは、完璧な対応をすることではなく、自信を持って子どもたちの期待に応えるような動きをすることが重要だと思います。その上で、力が足りない部分について、管理職の先生に助けてもらう。
反省ばかりです。
でも、その方向はきちんと自分自身に向いています。
だから、きっと教師としての私は変わることができると信じています。
ピンチはチャンス。
きっと成長できるはず。
図太く生きる
困難な状況でした。
時間があれば、今回のことを考えていました。
相手に伝わる言葉を探す私。
反発されても筋を通す言葉を探す私。
ずっと考え続けました。
しかし、考えても考えても良い結論は導くことができません。
担任の先生方も、管理職も、私の結論を待ってくれました。
頭が痛くなるほど考えました。
そんな状況でも、お腹は空くし、ご飯を食べることができます。
夜は眠たくなるし、布団に入れば眠ることができます。(いつもより短い睡眠でしたが)
困難な状況に陥った時、食事や睡眠も困難な状況になってしまう人がいることは知っています。幸い、私にはまだ図太い部分が残っているようです。
今回の件で、改めて自分のことを見つめ直すことができました。
終わったことを変えることはできない。
これからは変えることができる。
そう信じて、日々邁進していく気持ちが高まりました。
この記事を読んでいる方、
学校現場で起こる困難な状況に巻き込まれているかもしれません。
きっと大丈夫。
前に進みましょう。
【「えがお」を大切に 焦らず、誠実に、前向きに】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?