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「真の働き方改革とは?」“NHK クローズアップ現代(6月26日放送)で、伝えきれなかったこと”

 6月26日放送のクローズアップ現代「サラリーマンが会社を買う!個人 M&A で逆転人生 ?」というテーマに、出演させて頂きました。ここでは放送時間の都合上、十分にお話できなかったことを補完させて頂きます。

人生百年時代に突入し、「働くこと」の人生における位置づけが変わりつつあります。かつての人生 50 年の延長にあった時代では、60 前後で引退して、悠々自適のリタイア生活 という生き方が理想とされていました。しかし近年ではリタイア後の人生に望む考え方は日本では大きく変わり、多くの人達が働き続けたいと考え始めています (ドイツでは 60 代引退 志向が強い一方で、日本では就労意欲が高いという結果が示されています)。また最近、金 融庁の「定年退職後に必要なお金が 2000 万円不足している」という試算が世間を騒がせています。働きたいと考える人々の増加と、働かざるをえない状況、この2つの状況変化により「 働く」ことの人生の位置付けが変わりつつあります。

日本は平均寿命だけでなく、健康寿命(平均寿命から日常的・継続的な医療・介護に依存して生きる期間を除いた期間)も70歳を超えており、多くの人々が定年退職後に就労を選択肢にすることが可能になりました。一方で、働きがいのある職場があるかというと簡単には見つからないのが現状です。それでは「自ら企業して、そういった場を創ってしまえば良いのではないか?」ということで、退職前にアントレプレナー講習を行うようなケースもあります。しかしながら企業内での貢献のみを求められてきた人達に、退職前に 「起業せよ」と突然言われても簡単ではありません。では「いつから始めれば良いのか?」ということですが、今後は入社時からこのような教育を行うことが重要になります。アントレプレナー教育は、単に独立して起業するためだけのものではなく、新しい価値を創造するという視点も持ったものです。チーム内における新規事業の立ち上げや、社内ベンチャーの 立ち上げなど、組織への貢献にも重要です。新たな価値の創出は、 AIによっても代替が困難な部分ですので、これからのAI 社会においても重要な能力になります。

また能力主義への移行、終身雇用の終焉ということも視野に入れる必要があります。番組で提示した人生モデルのようにかつての日本の多くの企業は終身雇用制度の中で、能力の高い人もそうでない人も、一定の給与と待遇が保証され(50 過ぎから急速に選抜される)、雇用される多くの期間のモチベーションを引き出すよ うな仕組みを採用していました。ただこのモデルの象徴であったトヨタですら社長が「終身雇用を守っていくのは難しい」と発言するなど、多くの企業ではこの前提が崩れています。また既に能力主義への移行の中で、多くの人がもっと早い段階から会社内昇進のピラミッドから外れる中で働いています。ただ社内のピラミッドから外れたとしても、その時点での会社の方針に 適さなかっただけで、必ずしもその人の能力が低いわけでありません。人生100 年という期間を考えた場合には、副業を行いながら早い段階で次のステップに移行した方が、生きがいのある人生を送ることができるかもしれません。また会社の歯車となり労働を捧げることだけが人生ではありません。本収入そのものを減らしても、週の何日かを趣味や社会貢献の活動に向けることも、異なる魅力を持った生き方であるといえます。このような背景から、副業や兼業をみとめ、多様な働き方や生き方を創出する、という政策が先日公表された「骨太の方針 2019」 でも提示されています。

では「 “個人 M&A”が新しい生き方の受け皿となるのか?」ということが 6 月 26 日放送のクローズアップ現代のテーマでした。番組では、片岡ディレクターのパッションもあり、前向きな面も示されています。一方で後半部分で難しい点にも触れられたように、現状としてはそんなに簡単ではない、という点にも留意が必要です。M&A案件として優良なのであれば銀行や投資家など、専門家が手をつけます。また株式投資であれば早いタイミングで損切りができますが、事業の場合には簡単に手を引くことができません。投資という視点でみると、未公開株投資という観点からもリスクを考えた方が良いでしょう。今後、個人M&A のマッチングの枠組みが安定するまでは、退職金詐欺と呼べるような、悪質な仲介業者が発生する可能性もあります。

一方で社会や地域に意義のある事業を受け継ぐことはそれ自体に価値があります。個人 M&Aについては、利回り優先の投資案件として考えるよりも、“事業承継”として考えた方がバトンを渡す側、渡される側の双方にとっても良い影響があると考えています。事業が優良であっても規模が小さいために投資家が手をつけることができないものもあるでしょう。また既存のアプローチでは頭打ちでも、異なる強みを組み合わせることで新たな可能性が拓ける、という事業もあるかもしれません。ただその時にも、“事業承継に挑戦する本人やチームの能力が求められる条件とマッチするか?”など、様々な条件の確認が必要です。今後”事業承継”を人生の転機における良い選択肢するためには、社会の中での一部の人達の成功体験だけでなく、様々な立場から積み上げられる課題も含めてデータとして共有することが必要になります。

人生 100 年時代の中で、1 つの組織のみに人生を捧げるという生き方は変わりつつあります。 これまでは資本主義の仕組みの中で、経済合理性にいかに貢献するかという点から我々の人生が設計され、残りを余生として過ごすという生き方が主流を占めました。これからは「いかにその人らしく生きるか?自分の大切なライフスタイル、生きがいは何か?」という1人1人の人生がまず先にあり、その上で社会のどのような価値に貢献するのか、という順序で考えて、生き方を選ぶことが必要になります。

真の働き方改革とは、働き方だけでなく、生き方そのものを考えるところから始まるかもしれません。社会における新しい価値の創出や維持という観点から、起業や事業承継が、人生における有用な選択肢になれば良いと思います。その一方で、今所属している組織の中でも、できることもあります。人生の新しい時間軸で、自分が何を大切にして生きていたいか?、社会のどのような価値に貢献したいのかを、私も考えてみたいと思います。

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