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【短編小説】偶然(あの選択をしたから (2))



夏が終わるとすぐに寒い冬になる。情緒ある四季にめぐまれている美しいこの国は、最近急を曲がるように季節が変わるようになった。
だがこの日は珍しく良く晴れた日本の秋晴れらしい日だった。

Kは自分のバンドを解散させた。というか自然にフェイドアウトさせた。
信頼し実力も認めていたドラマーが辞めたという理由もある。
その後いろいろドラマーを見つけセッションしたのだが、これからという時に有名ミュージシャン、それも世界でも有名なバンドに引き抜かれていく。
そのつど「今度あのバンドから誘われているからできない」と言われ
「OK、仕方がないな」というフレーズを何の感情もなく返していった。
「物事がうまく進まないことも含めてオレには音楽の世界には縁がないんだろう。いや多分そんなことも全て含めて才能がないのかもしれないな」
音楽の世界には天才呼ばれるような人が本当にたくさんいる。実際にそういう人を間近で見てきてこの世界でやっていくには限界を感じてしまったのかもしれない。
天才じゃなきゃやっていけない世界というものが存在する。限界を感じたらもう辞めた方がいい。
Kにはあるアイドル歌手のバックミュージシャンをやらないか、というオファーもあったがすでに情熱が覚めてしまっていた。
「オレはエリック・クラプトンになってツアーで世界中を周るつもりだったんだよ」
Kは公園のベンチでメンソールのタバコを吸いながらそう思った。
「別の道を行こうかな?」
足元を鳩が飛び去って行った。こんな時はよく晴れた空を見上げながら何かを決意した方がいいのかもしれない。そんな内容の歌詞の曲があったのを思い出した。
「おいおい、あまりにも出来すぎた場面じゃないか?ドラマの主人公じゃあるまいし」
陽気がいいだけで何かいいことが起きるような気がする。Kは思わず苦笑いしベンチを立ち上がった。

広い池があって美術館や博物館もあるこの公園が好きで何かにつけて散歩に来る。
「最近はゆっくり絵を観るような余裕もなかったな」
Kはある現代美術家の展覧会が開催されている美術館になんとなく入った。
冬の平日のせいか館内は人も少なく広いスペースの中でゆっくり鑑賞できそうだ。
そしてそこにあった圧倒的な作品群にKは打ちのめされた。およそ一人で創ったとは思えないエネルギーに満ちた作品がそこにあったんだ。
コラージュを駆使したクールな作品、貝殻や砂を組み合わせたミクストメディア、
音と映像をコラージュしたパンキッシュな作品。血が逆流する興奮の中でKはひとつひとつ丁寧に観て回った。館内は静かだったが時折聞こえる映像の不思議な音楽が耳に心地よい。時間の感覚は無くなった。
観たことのない世界、聴いたことのない音、経験したことのない空間。
いや観たことも聴いたことも経験したこともあるのかもしれない。長い時間身体のどこかで眠っていた感覚が一気に呼び起こされたようだ。何か大きな存在の力に背中を押されたようだ。
その余韻を身体の中に響かせながらKは美術館を出て再び道を歩き出した。
余韻はいつまでも鳴り続けた。いつまでも、いつまでも。

何かにつけてこれは必然だとか運命だとか怪しいチープなことを言いながら来るはずのない白馬の王子様を待ち続けている奴はたくさんいるが、左右のフックを喰らわせたあと右アッパーカットでとどめをさしその場に沈めてやればいい。はっきり言おう。「おまえには王子様などやってこない。絶対にやって来ないんだ。
偶然たどり着いた湖の中に石を投げ込まなければ波は立たないし広がってもいかないんだ。」自分で選択をしなきゃいけないんだよ。
Kが当初の夢を諦め、何かを求めて公園に辿りつき美術館に入ってその圧倒的な作品群に感動したのも全て偶然だ。全く予想のつかない偶然、即興音楽のような偶然。そして偶然の選択をしたんだ。
偶然は予想されていないからこそ面白い。ある時を境に全く予想もしなかったことが現実に起こる。

日が傾き始めてきた交差点をみながらKはコーヒーを飲みながら考えていた。あの時音楽活動をやめるという選択をしなかったら、あの時公園に行くという選択をしなかったら、あの時美術館に入るという選択をしなかったら今どうなっていたんだろう。今とは全く違う人生を送っていたに違いない。
Kは美術館を出た後、物をデザインする職業につき、その後結婚して子供が生まれ育てていくという選択をした。子供ができたことでKの人生はリセットした。そしてこの業界で他人から信頼される地位についた。
全てが順調だったわけではない。その後妻が病気で亡くなったり、そのせいで子供のことと仕事のことで他のことなど全く考える余裕がない時が長く続いた。
だが世間的に不幸と呼ばれる出来事を経験しても今となっては全てあれでよかったんだと思える。なぜなら今こうして銀座の交差点を眺めながらゆっくりとコーヒーを飲んでいるから。
交差点を歩く人たちの影が長く伸びた。ある人は忙しそうに、またある人はゆっくりと買い物を楽しむ彼らがどんな人生を送ってきたのかわからないが、ここで彼らの歩く姿を見ているのも嬉しい偶然だ。節目節目であの選択したからこそだ。
Kは彼らが愛おしくなってきた感情を笑いながら心の中で呟いた。
「OK、縁があったらまたいつか何処かで」
最後のコーヒーを飲み干しゆっくりと立ち上がった。

#あの選択をしたから





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