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【VFJ小松洋介 × ロート製薬 山田邦雄】若者が活躍できる新たなキャリア創出。ロート製薬が支援する理由と期待する未来とは

起業家志望・成長意欲の高い新卒・第二新卒へ、企業の経営ポストとして2年間の就業機会を提供する「VENTURE FOR JAPAN」。2022年に一般社団法人VENTURE FOR JAPANとしてスタートを切り、さまざまな企業と若手人材との縁を繋いでいる。その取り組みや理念に共感し、第一号の特別賛助会員となったのが、ロート製薬株式会社(以下、ロート製薬)だ。

ロート製薬は、なぜVENTURE FOR JAPANを支援しようと思ったのか。これまでの経緯や今後への期待などについて、VFJ代表の小松洋介とロート製薬の山田邦雄代表取締役会長が語る。

描く未来への共感から特別賛助会員として参画

――ロート製薬とVFJとの出会いは、何がキッカケだったのでしょうか?

小松 ロート製薬様には、私が活動をしていた東日本大震災の被災地である宮城県女川町の復興過程で、多大なるご支援を頂きながら、10年以上ずっと共に歩んで頂いてきました。震災初期でのご支援だけではなく、震災5年後に開始した『女川町内における予防医療事業』も一緒に立ち上げさせて頂きました。そのため、私個人はもちろん、女川町としても繋がりは強いですね。東日本大震災の年にお会いしてからのご縁なので、もう12年のお付き合いになります。

山田 当時は、自分たちに何ができるのかも分からないうちに現地へ赴き、すでに活動を開始している人たちと会ってとても刺激を受けました。それまでも、会社としてある程度の社会貢献に取り組んでいましたが、東北での経験を通じて社会課題への取り組みに本格的に目覚めた気がします。

通算すると何十人もの社員が現地に入って頑張ってくれました。震災で親を亡くした子どもたちを支援する「公益財団法人みちのく未来基金」もその中から生まれ、私も発起人として立ち上げに加わりましたが、本当に多くの企業や個人の皆さんが賛同してくださり、その力が結集してこそ支えられたものと思っています。お金ではない価値をもっと大切にしようという流れは、あれから世の中的にも理解が進んできたように感じます。パーパス経営が改めて問われるようになってきた中、社会問題に取り組む企業の姿勢が注目されているのでしょう。

ロート製薬株式会社 代表取締役会長 山田邦雄
1979年3月東京大学理学部物理学科卒業、1990年慶應ビジネススクールMBA取得。1980年4月ロート製薬入社。営業職、マーケティングなどを経て、1992年代表取締役専務に就任。1999年代表取締役社長、2009年から現職。

小松 12年前になりますが、あの頃の取り組みは先駆的でしたね。以後、ロート製薬の社員様には女川から戻ってからも副業でVFJを手伝ってくださっている方がいるなど、ロート製薬様とはご縁が長く続いています。復興の10年を終えてもなお、ロート製薬様と私たちが身近な関係であることを嬉しく感じています。

山田 本来は企業に勤める人間も、それぞれの地元に暮らす人として地域社会などと結びついていたのでしょう。しかし、少しずつ経済発展や会社優先になっていく中で、コミュニティが切り離されるような時代になっていましたが、それが今は少しずつ戻ってきている気がします。

 ――特別賛助会員への打診を受けたとき、どのような印象を受けましたか?

山田 これまでの日本では偏差値に従って大学へ進学し、3年頃から就職活動に走り回り、決まったらしばらく遊んで4月から社会に入るというパターンが長く続いていました。しかし、それでは経験の幅が広がりにくいですよね。まだ副業できない会社もある中、それでは社会と触れ合う期間が短いのではないかと思っていたんです。そんなときVFJの取り組みについて聞き、人生は長いわけですし、感受性の高い若い頃に社会との関わりを多く持てるのは、とても良いことだと共感しました。

小松 最初にVFJの事業概要と特別賛助会員ご参画のご説明へお伺いするときは、どのようにお伝えするかすごく考えました。でも、実際に山田会長へご説明させて頂くと、すぐにご理解頂くことができました。ロート製薬様にご参画いただいたことは相当なインパクトで、なぜVFJの取り組みを支援するのか他の企業様等の周囲からも注目されています。震災の際もそうでしたが、ロート製薬様はこれからの社会にとってあるべき新しい未来を見られており、私たちの描く未来にご共感いただいたのかなと感じています。

一般社団法人VENTURE FOR JAPAN 代表 小松洋介

山田 震災から10年ほどの期間で、社会との関わりを考えなければいけないと言った思いが自然と浮かんでいました。日本の少子化、働き手不足はこれからいよいよ本格的に始まってきます。その時代を支える事のできる人材をどう育てれば良いのか。育てるといえばおこがましいですが、活躍してもらえるように社会の構造を変えていかないと、世の中は回りません。これは、時代が求めていることのような気がします。

若者がエネルギーを開放できる社会を実現する

――これから、VFJと共に実現したいことを教えてください

山田 色んな可能性があると思います。例えば、日本人の人口はどうしても減ってしまうので、外国籍の方にも社会のシステムの再構築に参画してもらう。短期の出稼ぎではなく、日本で生活基盤を持ち、日本の新しい時代を作っていくような仕事をしたいと思ってもらえるような人が増えたら素晴らしいですよね。たとえ世界の人々の100人に1人、いや1000人に1人しかいなくても、それで結構な数になりますから。

小松 数は多くありませんが、VFJに挑戦したいという留学生の方も実際にいらっしゃっています。例えば中国からの留学生で、いずれは中国と日本との架け橋になる事業で起業したいという方もいらっしゃいました。

山田 昨今は各地で紛争が起きており、ここ5年ほどは分断の方向で世界が動いてしまっています。しかし、日本はもともと宗教的なハードルも比較的低く、許容し融合する文化でもありますので、日本こそは分断ではなく共生の方向に進むことができるのではないでしょうか。もちろん、日本の力だけで世界の方向が変えられるわけではないかもしれません。それでも、独自の方向に行くことは日本の役割なのだと思います。ですから、あえて日本という文化の中で挑戦してくれる人が、今後もっと増えてくれたら良いですね。

一方、大量消費の時代が終わってサステナブルや地球環境などへの関心が高まっている中、日本は出遅れている部分が否めません。私たちも循環型農業などに取り組んでいますが、人々が家庭を持って子どもを育てるという人口的な面でも、なんとかサステナブルな社会を実現していけないかと考えているんです。もちろん、政府にも法整備を含めた役割はあるでしょう。しかし、民間企業は自由なところがありますし、自らの意思で行動を起こせるわけです。ある程度の経済力だってありますから、果たせることはあると思います。実際、みちのく未来基金もそういう発想で、政府などからは一切の資金提供を受けず、民間企業でどこまでできるかというチャレンジでした。こういう状況だからこそ、私たち民間企業が頑張らなければいけないと思うんです。

今回、VFJを通じて求人募集をさせてもらっているグループ会社のやえやまファームロート・F・沖縄などでも、そこに縁を持った人が関係人口として人が増え、産業が興るという流れになれば良いなと思っています。

小松 まさに、そういった企業へ人材を送りながら、一緒にサステナブルな社会を作る取り組みができれば嬉しいです。

――社会が大きく変化する中、企業もまた新たな変化と行動が必要なのですね。

山田 そして結局のところは人材です。いくら資金や環境、チャンスがあっても、人がいなければ何も始まりません。人材が活躍できる範囲を、もっと広げることが大切です。

一方で、まだ人材を労働力としか見ていない企業も少なくありません。しかし、現在の若者はSDGsネイティブと呼ばれるように、社会課題へ強い関心を持つ人が多いですよね。それではミスマッチが起こって当然ですし、人材が集まらず結果的に企業が成り立たなくなるのではないでしょうか。

小松 働き方や企業が大きく変わらなければいけない時代ですね。一緒に人材の流動性を生み出し、サステナブルや社会の在り方などを考えつつ社会・自然との共生を実現していけたらと思います。

山田 若い人は本能的にわかっている部分があり、だからこそ、一昔前のような働き方はしたくないという人も増えました。そういう感性や考えが、今後は必要なのだと思います。私たちのような古い世代は、とにかく邪魔しないこと。そういう若者のパッションが実を結ぶよう、手伝うことはできるはずです。主役が今の20代や30代になれたら、それが本来の姿なのでしょう。もちろんベンチャーを立ち上げて自ら取り組むようなケースもあると思いますが、既存の組織や企業こそ中から変えていかなければいけません。そうすれば、日本も本当に変わっていけるのだと思います。

――確かに、上の世代が邪魔していたのでは、若者だって声を上げたり行動したりしにくいですよね。

山田 これまでは、そうは言っても生活はわりあい豊かだし社会もなんとか回ってきたので、今後も何とかなるのではないかと思っている人も多いと思いますが、本当に危機的な状況になってきました。でも、これから本当の試練が訪れるのだとすれば、今こそ若い層の出番なのだと思います。

小松 女川でも震災という大きな危機が起きて、女川町内では上の世代による「若者応援」で復興を歩んできました。これこそ、危機の中で変えていくための重要なメッセージだと思ったんです。応援してくれる上の世代がいることは、若者たちは行動を起こすために大切なのだと感じています。

国境を越えた人材と熱い若者の発掘に、想像を超えるアイデアを期待

――今後、VFJに期待することは何ですか?

山田 どう発展するのか分からないからこそ、「こうなってほしい」というより、思いもつかないようなことを考えてほしいというのが期待ですね。グローバルな人材がもっと日本に入り、さまざまなアイデアや価値観、才能ある人たちが活躍できる。日本は広いように思えるかもしれませんが、世界はもっと広いわけです。アジアの若い起業家のエネルギーはもの凄いものがあるので、気を抜いていたら日本だけが置いて行かれてしまいます。古い価値観を払拭し、むしろ志が高くて共通の価値観があれば、国境を問わず一緒にやっていこうという空気が生まれると思うんです。

アジア圏から日本に訪れる若者は国の命運を背負っているという社会意識も高いし、そもそも留学という道を自ら切り開いて来ています。日本の若い人たちも、やはり自助努力がなくてはいけません。自分を磨くことがなければ、革命を起こすための力をつかないでしょう。可能性があるからこそ、自らを成長させることが必要です。日本の教育では生み出せないような人材を、国境を越えて生み出して欲しい。そのためには、きっと想定外の何かが必要だと思うので、その何かをVFJに期待しています。

小松 期待にお応えできるよう頑張ります。グローバル以外に、今は大学生や第二新卒が多いですが、高専や工業高校、商業高校等の実業高校の卒業生などにも注目しています。先日、全国の実業高校によるビジネスプランコンテストの決勝大会の審査員をしてきたのですが、とてもレベルが高くて驚きました。10代のうちに技術力を高めて、あわよくばベンチャーを興そうという人も日本には少なくないので、そうした動きを加速させたいと思っています。上を見て挑戦したいという若者を、もっと広く応援できるよう力をつけていきたいです。

――最後に、VFJに挑戦する若者、そして地方企業へメッセージをお願いします。

山田 国をあてにするようなメンタリティは、もう捨て去らなければいけません。日本人は守られることに慣れてしまっています。チャレンジできる環境という面でも、やはり日本は恵まれているんですよね。世界に目を向ければ、明日を生きるだけでも大変な国や地域がある。それなのに、ちょっとした困難で「もうだめだ」「将来が暗い」なんて言っていたら、日本人は笑われてしまいますよ。それこそ恥ずかしいし、心が貧しいと思います。

これまで私たちはそういう時代を過ごし、理由もなく日本は凄いのだと勘違いしていました。人材を育てるということの本当の意味、社会課題に向き合う重要性、あるいは地方の暮らしや街づくりといった事柄から目をそらしてきたんです。しかし、もう文句や弱音を言っている場合ではありません。チャンスに恵まれて支援してもらえる環境があるのだから、あとは自信を持って行動するだけ。各個人がそれぞれの才能やポテンシャルを発揮したら、本当に活躍できる人材が日本にはたくさん出てくるはずです。熱い気持ちを持った若者が、もっと増えてくれることを願っています。