【新日本プロレス】1998年⑨スコット・ノートンのIWGP初戴冠

【G1クライマックススペシャル】9.10〜9.23

この年のG1スペシャルは「WCWタッグ王座挑戦者決定リーグ戦」として、3チームずつ2ブロック、計6チームでWCWで行われる世界タッグ王座への挑戦者を決めるリーグ戦が行われました。
それと並行して、最終戦では蝶野の持つIWGPヘビー級王座に、同じnWoのスコット・ノートンが挑戦することが決まっておりその前哨戦(というか、同じコーナーにいながら、仲間割れとも言い切れない空気感を漂わせていました)

これに関してはシリーズ中からちょっと微妙な雰囲気で、まず「WCWタッグ王座挑戦者」を決めるリーグ戦ですがいつ挑戦するのかが確定していない上に、年末近くにもSGタッグリーグが控えており「いまタッグリーグをするの?」という空気でした。
そして、ノートンがかねてより王座挑戦に意欲を見せていたことで実現するタイトルマッチですが、前述の通り二人は同じユニット同士。その前に大きな因縁があったわけでもないのに、シリーズ中に小競り合いをしたりして無理に因縁を作ろうとしているような変な感じになっていました。

そこに追い打ちをかけるように、なんとシリーズ中に蝶野の古傷である首が悪化。まさかの最終戦5日前に欠場を余儀なくされてしまいます。
そのまま、IWGPヘビー級王座は無念の返上。最終戦は「IWGPヘビー級王座決定戦」として行われることが決まります。
1枠は当然、本来の挑戦者であったスコット・ノートンが入るわけですが、もう1枠をどうするかが決まらないまま時が過ぎて行きます。
そして9.21大阪。最終戦の横浜アリーナ大会まであと2日と迫るこの日にようやく事態が動きます。

この日のメインイベントは、リーグ戦の決勝。橋本、山崎組というG1ファイナリストタッグに、健介、永田組が当たったのですが、ここで海外遠征から帰ってきたばかりだった永田が、山崎からギブアップ勝ちを奪う大金星で会場が沸き返ります。

そこでマイクを握った永田は
『9月23日、IWGP!俺が挑戦する!』と、空位になったIWGP王座を狙いに行くことをアピール。
この時点では、まだ蝶野が王座返上したことを知らない人も多かったので、場内騒然としましたが、バックステージでも長州が「(永田がIWGPに挑むのは)遅かれ早かれだから。頼むぞ」と、永田への期待を寄せる…というか、この状況で話題を作れるのはもう「帰国直後の永田がIWGPに電撃挑戦」しかなかったかもしれません。

かくして9.23横浜アリーナでIWGP王座決定戦を戦った永田。
試合時間は10分無いくらいの短時間でしたが、永田の気迫とノートンの頑丈さが名勝負を作ります。
ハイライトは、永田の延髄斬り三連発を受けきってからノートンがラリアットで永田をふっとばすシーン。元々『最強ガイジン』と呼ばれながらも大事な場面で勝ちきれなかったノートンですが、この日は終盤には落ち着きすら感じさせるような見事な試合運び。パワーボムの体勢に入ったときの絶望感は「これは、当分勝てる選手は出てこなさそうだな…」と思わされました。

一応テーマはnWo対本隊なので、結末としてはバッドエンドなわけですが、バックステージでのノートンは「長い旅の、ようやく1つのゴールにたどり着いた」と感情を隠すこと無く吐露。まだ若いうちに新日本プロレスで奮闘し続けたノートンが、日本人ファンの心を掴んだ瞬間でした。
敗れた永田も今後に大きな期待を持てる好勝負で、結果的にどちらの評価も上がったので、もしかすると三銃士+健介の4強以降、初めてその下の世代にバトンが渡る空気を感じた試合だったかもしれません。

そして10月、総帥・蝶野が不在のなか行われる「nwoタイフーン」で、武藤敬司が「革命」を掲げ行動を起こすわけですが、それはまた次回。

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