【新日本プロレス】1997年② 長州引退発表と全国ドームツアー

ヘビー級はテーマが乱立。ジュニアは後世語り継がれる名勝負が誕生

4月ドームの終了後、ヘビー本線はnWoが本隊を圧倒。ところが主役の橋本は小川へのリベンジに向けてシリーズ全戦を欠場。主役不在の中進むシリーズに不穏な空気を隠せません。
相変わらず猪木は小川育成に傾倒し、ヤングライオンの藤田和之も猪木サイドに帯同。少しずつ「坂口ー長州ライン」に風穴を開けようとしていたのでしょうか…。

①STRONGSTYLE EVOLUTION in 大阪ドーム

この年の目玉である『全国ドームツアー』のこけら落としとなる大阪ドーム大会。
(こけら落としは4月ドームか・・・?)
この日はとにかく橋本vs小川のリベンジ戦。
宣伝の面で言えば、本当にこれ一本で勝負していたと言っても過言ではありません。
(下手すれば、それ以外のカードを先に把握していた人はほとんどいなかったのでは・・・?)

そのくらい、言ってしまえば偏った戦略でチケットをさばいていました。
それが、オーナーである猪木の意向だったのか、坂口の采配によるものなのかは定かではありません。

ただ、蓋を開けてみるとメイン以外でも見せ場はいくつもありました。

・大谷、金本のジュニア新世代軍が、みちのくの大ヒールユニット『海援隊DX』と合体
・遠征中だった石澤常光がマスクマン『ケンドー・カ・シン』として帰国
・「nWo対新日本&WCW」として行われた蝶野・ホール・ナッシュvs武藤・リック・スコットの大型カードの終了後、蝶野が武藤を勧誘する姿勢を見せるも、武藤は無視して退場(前月、ムタは握手してたけど…とかなり注目される流れ)
・小島、中西の『ブルパワーズ』が長州、健介組からIWGPタッグタイトルを奪取!純粋な第三世代以降だけのタッグでの奪取はこれが初。何故かドラゴンスリーパーでギブアップを奪った小島。後に長州も「なんでギブアップしたのか俺にもわからないですよ」という迷言。

と、こんな具合。
特にIWGPタッグと、武藤へのnWo勧誘は、この年の動きに大きな影響を与える出来事でした。いや、改めて武藤&スタイナーブラザーズvs蝶野&アウトサイダースって、豪華すぎない?w

そして肝心な橋本vs小川。
まず、橋本がテーマ曲を「闘魂伝承」から「爆勝宣言」に戻し、猪木との決別をアピール。
試合は、10分程度の時間ながら「打撃で追い込む橋本」「土壇場で見せるSTOの脅威」「またもスリーパーで悪夢の再現か」「ロープに救われた橋本が新技・燕返しからの顔面キックで戦慄KO」という、語弊を承知でいうが『パッケージ』として完璧な試合展開。
今にして思えば、そういう意味でも小川の適応力がとんでもなかった、といえる試合。
一方橋本も、ここまで殺気立った試合ができたのは94年の天龍戦以来ではないだろうか。
高田戦も最高の名勝負と名高いが、やはり橋本は悲壮感漂うくらい追い詰められている時のほうが観客の心を打つ試合ができるなぁ、という印象。
ともかく、これで橋本は小川へのリベンジ成功とともに、IWGPヘビー級王座5度目の防衛に成功。
そして、小川戦に一段落ついたことで、ようやく対nWoに本腰を入れることになります。

②ベスト・オブ・ザ・スーパージュニアⅣ

この年のスーパージュニアは、常連外国人だったペガサス、ブラック・タイガーがどちらも不参加。インディからの参戦と初出場の外国人で固まっており、正直話題が多かったわけではありませんでした。
ですが、この大会以後のベスト・オブ〜の紹介映像には必ずこの大会の決勝戦の映像が使われます。
恐らく、それはベスト・オブ〜の歴史が続く限りずっと続くでしょう。
この年の決勝戦はそのくらい劇的なものでした。

まず、Aブロックはリーグ最終戦でライガーを破った金本浩二が決勝進出をきめ、Bブロックは同じく最終戦で大谷を破った、サムライが決勝に進出します。

こうして現世代の代表・サムライと、新世代の代表・金本の世代闘争の決定版が日本武道館で行われる事になりました。

試合は…もう映像で見て頂くのが一番良いとは思いますが、序盤の一進一退の攻防から、金本が突如暴走してマスク剥ぎ。更に雪崩式リバースフランケン・雪崩式キャプチュードと危険技を連発。
それを耐え凌いだサムライが、大覚醒して、金本にかけれらた以上に危険な畳み掛け(パワーボム2連発、雪崩式リバースDDT、リバースフェイスバスター)、最後は垂直落下式リバースDDT(名前で書くだけでも危なそう!)で3カウント。
当初、勢い的にも金本を応援する声のほうが多かったのですが、このサムライの奮闘に会場は大サムライコール。
サムライにとってのベストバウトだったことは言うまでもありませんが、恐らく歴代ベスト・オブ・ザ・スーパージュニアの中でも最も観客が熱狂した試合だったと言えるでしょう。
ただ、この勢いが1年持たないのがもったいないというか、サムライらしいというか… 笑

そして、この頃のベスト・オブ〜の悲しいところとして…この試合がメインイベントではないんですね。
この後、IWGPタッグ、IWGPヘビーと試合が続くまさかの『セミ前』でした。

これを「長州によるジュニア軽視」と批判する声も多数ありましたし、実際にそう批判している選手もいましたが、長州からすると「日本武道館での興行として失敗できない」という気持ちが強かったのでしょう。
そもそも当時は、ライガーや金本が『生涯一ジュニア戦士』と宣言していることが異質だというくらい、ジュニアヘビーという階級がヘビーへの通過点であることは共通認識だった時代なので、これも仕方ないのかなぁと思います(あの大谷晋二郎でさえ、最終目標がヘビー級王座であることは当時から公言していたので)
興行の成功を願って良いカードを用意するのも正解。一方、それに対して『俺らの試合を軽視するな!』という怒りを持って試合をすることも正解。だと思います。

さて、そんなIWGPタッグは小島、中西が蝶野、NWOスティング組に勝利。直接フォールではないとはいえど、第三世代コンビが三銃士の一角を切り崩したのは非常に大きな出来事の一つです。

そして…IWGPヘビー級選手権は、橋本vs武藤の黄金カード。
しかし、この時の武藤はnWo問題の真っ只中。
まして、ムタはアメリカで既にnWoと接触しているとの噂が流れる中での橋本との対戦。
試合自体よりも、その後どんな行動を取るのかの方に注目が集まっていました。
試合は橋本が勝利。
その後、インタビューに受け答えした後、武藤がnWo選手側の控室に入っていくところがカメラを捉えましたが…そこに言及する人はだれもいませんでした。

そしてこの時期、更に衝撃の報道が紙面を飾ることに…
それが『長州、来年の1.4で引退』というものでした。

これによって新日本プロレスは「本隊とnWoの抗争」「ジュニア世代闘争」に加えて「長州の引退ロード」も加わり、混迷を極めることに…





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