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ニューヨークのネズミと勘違い乾燥肌 

〈約2000文字あります〉


JFK空港に降りて、大きく息を吸うと冷たい空気とともに懐かしい匂いが鼻をくすぐる。

匂いは脳の中でいちばん記憶と密接に関わっている気がする。

海外に到着して、飛行機のタラップを降りたときの(今はそのまま通路で空港施設という場合が多いが)国ごとの独自の匂い。あの瞬間が醍醐味だって旅人も多いだろう。

3年ぶりのニューヨークは何も変わらなかった。雨で湿った冬の香り。真っ白の息がフワッと浮かぶ。

マンハッタンが見えてきた。

どうだと言わんばかりの摩天楼。この偉そうな態度がたまらない。これを見るたび心を鷲掴みされる。

マンハッタンに入ると途端に車が混み出す。激しいクラクションの鳴らしあい。これも相変わらずで嬉しい。

今回、私は半年ほど滞在予定なのでアパートを借りる。ネット情報が充実していないから、コンドミニアムに滞在しながら現地不動産屋をまわるつもりだった。

が、翌日からマンハッタンは30年ぶりの大雪に見舞われる。

容赦無く降り積もる重たい雪。ほんの5分程度歩くのにもひと苦労。風が強過ぎるのか、傘が軟弱過ぎるのか、原型をとどめない折れ方でなんの意味も成してない傘らしき物体を必死で支えながら、四方八方から吹きつける雪に目を細める。

転ばぬよう気をつけながら、かつ危険人物の餌食にならないよう周囲3メートルくらい、常に神経を張り巡らしながら歩く。

これはめっちゃしんどい。おかげで時差など関係なく毎日疲れてバタンキューだ。

そんな悪天候とクリスマスシーズンも重なり、思ったよりアパート探しに時間がかかったので、コンドミニアムホテルを出て、日本人女性の部屋を10日ほど、サブレットすることにした。

サブレットとは、ニューヨークではよく皆が使う手で、家賃を浮かせるために、例えば実家へ帰省してる間や旅行の間、それがたった1週間でも10日でもまた貸しするのだ。いまの民泊に近いかも知れない。

情報は日本語冊子や日本食スーパー掲示板で探す。

ちょうど10日ほど日本へ帰る女子学生の部屋を借りることになった。カギをもらいに行くとスーツケースを引っ張りながら出てきた彼女(大家)が別れ際サラッと言う。

「あ、あのね、この部屋ネズミがいるみたいなの」

ふぇい嘘やろ〜と思ったが、さっそく翌早朝ベッドの足元を素早く走るネズミの後ろ姿が見えた。部屋の中でネズミが走るてっ。初めの体験だ。すぐさま捕獲作戦を開始。

ネズミ取りトレーをいくつか買ってきて、わざわざクリームチーズを置いてやった。どうだネズミよ、この匂いにキミは耐えられないだろ。

私は毎日ネズミ取りに精を出した。しかしネズミにはただただ馬鹿にされ続けた。

トレイのチーズだけを見事にゲットされたり、部屋の四隅で足止めしてやろうと、貼り付けたガムテープの上に、糞を置き土産されたり。

「昨日今日ニューヨークに来たようなおまんさんにオレ様が捕まえられるかぁってんだよ、カッカッカ」 

ネズミの高笑いが聞こえてきそうな数日が過ぎたころ、自分のアパートが決まった。


その冬は厳冬でアパートに越してまもなく、こんどは東海岸一帯が45年ぶりの大雪に。バスも地下鉄も止まり非常事態宣言が出された。

3年前、数日遊びに来たときも10年ぶりの大雪だ。今回は45年ぶり。とうぜんのように私はNYの友達から「雪女」と呼ばれる。

それにしてもニューヨークの古いアパートはヒーターの調節が効かない。気温がマイナス10℃のときの設定しか無いのかってくらい、いつもマックスで熱風が吹き出す。

だから部屋は常に南国。半袖でも暑い。

空気乾燥してる地域なのに部屋はもっと乾燥。唇でなく、頬がひび割れそうなほどカサカサである。

ある朝、長く住んでる友達が電話で、飲むビタミンEオイルを潰して顔に塗ると良いよと教えてくれた。さっそく近所の薬局で買ってきたビタミンEを顔に塗りたくった。

その日の夕方、ピザを買いに行くついでに大きめドラッグストアの化粧品コーナーへ立ち寄った。やはり、ちゃんとした保湿クリームも買おうと思ったのだ。

「ハーイ! 今日は何が欲しいの?」

ドレッドヘアの可愛い女性店員が話しかけてくる。

私は、いま肌の乾燥でひどく困ってる。強めの保湿クリームが欲しい。

そう説明したら、

「ノーっ! 嘘でしょ! あなたはめちゃくちゃオイリー肌よ!アハハハ」

めっちゃ笑うではないか。

アホなこと言うな美容部員のくせにどこ見てんのよ。これだけ肌も痒いってのに。

「いえいえ、私は本当に乾燥肌なんです。ドライなの。ベリードライです」

訴えてたが

「カッモーン、アハハハ。あなた面白いわね、あなたの肌はねノットドライよ。めっさオイリー。ほら! 今もテカテカじゃないの」

と、手鏡を私に見せた。

そこには

朝のビタミンEオイルが、まったく吸収されておらず、たんなる油として浮きまくっている、ものすごいオイリー肌の東洋人が

映っていた。

終わり。

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