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ページスリーガールはいずこへ

イギリスに来たばかりのころ、なんとなく感じていたのが、喫茶店がないということだった。上島珈琲店とか椿屋とかルノワールみたいなまず席に座って、ウェイトレスが注文を取って、コーヒーが出てくるそしてケーキなどを食べられるような喫茶店がとにかくなかった。

まだスターバックスが出てきたころの話で、それがすごいおしゃれだったころの話である。(日本よりかなり遅かったと思う。)おしゃれな街に一件くらいコーヒーや紅茶を出して、キャロットケーキやビクトリアスポンジ、レモンドリズルといったいかにもイギリスなケーキを出す店などがあったが、今みたいにどこでもという感じではなかった。

彼氏彼女の待ち合わせはどこでするんだよ、という話であったが、パブと言われることが多かったような気がするし、まあ、正直待ち合わせする前にどんどん仲良くなって一緒に住むようになったりする、もしくはお互いの家を行き来するようになるので、待ち合わせは外でしない。外国の男と女は日本と違ったスピードで恋愛するらしいと、なんとなく悟ったのはだいぶあとになってだが。

その代わりと言っちゃなんだが、「キャブカフェ」とか「グリーシースプーン」と言われるカフェというのはたくさんあったような気がする。まだウーバー前で、ミニキャブとかブラックキャブ(日本だとロンドンタクシーというのかな。)とか、ビルダー(工事関係従事者)や庭師、トラック運転手みたいな「汚いブーツをはいた人達」が通うようなカフェはとにかくたくさんあった。

朝開くのは結構早くて朝はフルイングリッシュの朝食を出し、昼はベーコンキャベツ、ローストラム、ラザニア、パスタとミートボール、ソーセージアンドマッシュ、ベークドポテトにビーンズなどをかけたものやサンドイッチなどを出し、夕方もそのままビジネスを続け、ラムカレーなどを出す店もある。朝と昼だけやって4時頃店を閉めるところもあった。(こういうお店は朝6時くらいから開いていることが多い。)旦那さんが厨房にいて、奥さんがウェイトレスのところが多かったような気がする。もちろん、厨房も何人かいて、だいたい移民の人が多かったし、ウェイトレスはいなくてごっついウェイターが出てくる店も多かった。

お店自体はとにかくあぶらっこくて(だからグリーシースプーン、脂っこいスプーン)、ベーコンやらケチャップやらの匂いが混ざっていて、だいたいロンドンだと「マジック」「ハートFM」(耳当たりのいいポップスばっかりしかかけない。30分に一回ニュースと交通情報を挟む。たまーに有名人がDJやっているがだいたい女の人か男の人一人で回している感じ。あまりしゃべらない。)がかかっていて、みんなもくもくとごはんを食べ、紅茶(こういうときの紅茶はだいたいテトリーかPGチップス)かコーヒー(ほとんどインスタント)を飲んでいなくなる。

女性の一人客はほぼいない。たまにいても独居のおばあさん、結構年行ったおばさん、もしくは男性が連れてきていてという感じ。男の世界である。

で、そういうところのテーブルに置いてある新聞は大体、ザ サンであった。(ようやく本題まで来たよ。)場合によってはレーシングポスト(競馬の予想新聞)もしくはデイリーエクスプレス、デイリーメール(超超右翼新聞、ロイヤルファミリー大好き、移民いなくなれ、イギリス万歳、ブレクジット大歓迎!大好きなネタは第二次世界大戦の退役軍人の手柄話、王室ゴシップなど)デイリースター(ゴシップしか載っていない。)あたりが多く、時々それに毎日地下鉄や国鉄の駅、大きなバス停で配布している無料のメトロが混ざっているといったところか。地方だとエコーというグループの地方の話が主になっている新聞がおいてあることが多い。(「リバプールエコー」「ドーセットエコー」など都市の名前が頭についている。)一般に新聞配達という制度がロンドンはないので、配達されている新聞は置いていない。

とにかくタブロイドと呼ばれる大衆紙が主だが、その中でもザサンは別格のえぐみというか、別格でなんだか突き抜けていた。で、だいたいカフェのどこでも置いてあったし、パブでも置いてあった。

ただし、英語の勉強と言って中身を見ても「?」となること間違いなしの新聞である。正直独特の言い回しだし、新聞沙汰になるネタもある程度文化的バックグラウンドを知らないといけないので、初心者には向かない新聞だった。というか、英語の勉強したいから「ザサン」を読んだほうがいいのかしらというと「あんなの読むな」と言われるくらい、悪名高いというか、日本語を勉強したいという外人にいきなり「東スポ」をすすめるような新聞だった。

ザサンを見て最初に驚いたのがページスリーガールである。これは新聞の3ページ目に毎日日替わりでしろーとさんのヌードが堂々と出ている。時々有名人の写真も出ている。だいたいトップレス(パンツははいている。)が多く、題材もそこまで官能的ではないのだが、とにかく朝っぱらからおっぱい見せているのである。だいたいビキニの水着で上がトップレスになっているとか、そういうパターンが多くて、ポーズは普通、で、キャプションがついている。「アンジェラ バークシャー出身 19歳、未だにテディベアと寝ているの。」みたいな感じでこれもそこまで露骨でないというか、たわいのないものが多い。

「今日は垂れてるな」「今日のはあと10年したらものすごい太りそうだな」「今日のは普通」「今日のは小さい、ファッションモデル志向の女だな」とか心の中で思いながらおっさんやお兄さんたちはそこでごはんを食べて、タクシーに戻ったり、仕事に戻ったりする。別に朝からその女性に対して卑猥なコメントをするわけでもまじまじ眺めるわけでもなく、さらっと見て心の中でそんなことを思って、新聞を見ている。その辺は紳士なのであるが、だいたい紳士の国の新聞だったら朝っぱらからそんなオネエチャンを新聞に載せないだろう、と思うことが多かった。

日本のスポーツ新聞のようにモロな感じのページに写真やらイラストが堂々というわけではない。ただ、単に裸のお姉さんがいるという感じ。例えばクリスマスシーズンなら赤と緑のビキニ来てサンタ帽をかぶっている程度の他愛ない感じである。一応ザサンはナチュラルのポリシー(これだけ言われると何が何だかわからない。)を貫いており、豊胸手術を施したモデルは掲載しないことになっているらしい。

このページスリーガールを足掛かりに芸能界に入ったり、モデル業にまい進したり、ある程度のステイタスを得られる名誉のある仕事なので、やりたがる人は多いと聞いた。確かに有名人と結婚したり、サッカー選手のゴシップの相手に上がって来たりと、イギリスのタブロイド文化には欠かせない人達であることは確かだった。

ザサンはそういう意味では、イギリスの文化を担い、そして作ってきた新聞なのだと思う。

大体一面2面はそのときの話題のもの、そして、政治と経済の欄がちょっとあり、あとはだいたい地方ネタ、真ん中は10ページ近く全部サッカーの記事(試合の結果から、2部リーグや3部リーグの記事まである。)そして、生活ネタ、ペットネタの欄になり、そのあとちょっとした艶笑ネタのページに行って競馬のページになり、ラグビーやクリケットネタ、そしてまたサッカーのページで締めるというのがパターンか。生活ネタは一応女性向けのページがあり、毎日内容が違う。「月曜はコスメ、木曜はインテリア」みたいな感じ。艶笑ネタは「dear deidre」というDeidreというおばさんにする人生相談のページがあり、「彼女の家に行くとお母さんが下着姿で料理して見せつけてくるのはどうしてですか」みたいなしょうもない相談を毎日ウン十年やっているのである。で、もちろん相談されているDeidreさんは「そんなの妄想です。」みたいな毒舌で返すというオチがついている。真剣な恋愛相談などに、たまにすごい真剣にこたえていてびっくりするが、だいたいぶった切って終わりである。

ペットネタもだいたい「雨の中、外で飼い主の買い物を待っている犬をかわいそうに思ったスーパーの警備員が犬に傘をずっとさしてあげてた」とかそういう話が多い。

「たわいもない」話が多く、それにちょっとエッチな味付けもしくはおばかな味付けをしている、というのが多いような気がする。他でえぐみがある分、他でバランスを取っているんのかもしれないが。

サッカー選手や政治家のゴシップなどには容赦がなく、かなりえぐいところまで裏取ってやってくる。マンチェスターユナイテッドの英雄、で、庶民的で謙虚な性格で、ちょっとセクシーな野性味もあって、プレーは正確という90年代からの人気絶大のスーパースター、ライアンギグス(ベッカムの前のベッカムみたいな感じ。彼からもうちょっとチャラさを抜いて真摯な感じにしたてるとギグスなのか。)が、ミスウェールズのモデル、及び弟の嫁と不倫して、それをすっぱ抜かれたときはひどかったというか、すごかった。その嫁がギグスの子を妊娠して支払った中絶代の金額(意外としょぼかった。)とかミスウェールズとどんな逢瀬をしていたかなど、植毛済みで、そのお値段はxxxポンドなどと、いろいろ書かれているのを見て「そりゃギグスも悪いけど、何もここまで書かなくても」と気の毒に思ったくらいひどかった。(まあ正直今までのイメージが良すぎなのもあるし、サッカー一筋真面目な人と見えたが、実はいろんな女性と人生楽しみたいがあんまり金離れがよくなかったようなので、その辺もあり、落差を強調する記事になってしまったのかもしれない。)

やるときの暴走加減もまたそれもそれでイギリスなのかもしれない。イギリス人は意外に一回突っ走ると止まらないというか、極限まで行ってしまう人達なので、そうなのかな、と思うときがある。ただし、スタンスとしては「人として許せない」「倫理的にどうなのか」「奥さんかわいそう」ではなく、「オネエチャンと楽しみたくてこんな見栄はってたんだね、ばっかだねえ」というスタンス。その辺がちょっと日本とは違うような気がする。楽しむためのネタという感じはする。だけど、ネタの内容は日本よりえぐいなと思うこともしばしばである。(ただし、ライアンギグスはそのあともオネエちゃんがらみの事件を定期的に起こし続けて、しばしば新聞沙汰になっている。)

リバプール地方ではザサンはほとんど販売されていない。取次店も取り扱いをしない。1989年にサッカーのリバプールFCとノッティンガムフォレストとの試合でヒルズボロというサッカー場で群衆事故が起き、100名以上の人が亡くなった事件があった。その際、ザサンはあることないこと書きまくった。リバプールのサポーターのふるまいがどれだけひどかったかを警察が嘘ついて発表したのを更に輪をかけてひどい報道をしたのが原因でリバプールFCのサポーターの不興を買い、不買運動に拡大した。

前に何名かのリバプール出身者に会って、この新聞の話になったとき「その話は知らない」「サンは見たことないからわからない」「サンはロンドン来てはじめて見た。」などと言われ「?」となっていたが、ある時他に同席した人が私にだいたいのあらましを説明してくれて、そうなんですね、となった。ただし、人によっては「取次があって売ってるところもあったよ」「僕のところはあったけど、ないところが多かったような気がする」などとこの辺は結構ばらけている。

とにかく、よくも悪くもSNSが普及してネット社会になる前はいろいろな話題を振りまき、人々の生活の中にいやおうなくあった新聞であった。

前にパブで飲んでいたときに仲間に「イギリスに来て何にびっくりした?」と聞かれて「ページスリーガールにびびった」みたいなことを言ったら、最近、トップレスではなくなり、ブラジャーつけたり、ビキニを着たり、男物のシャツを羽織って胸が見えなくなったり、と昔ほど露骨におっぱい出さなくなったよと言われた。ネットなどに行けば過去のアーカイブとして見られるかもしれないけど、よくわからないねとのこと。ページスリーという扱いではなく、定期的にお姉さんは出てくるけど、時々は「映画の中で売春婦の役になり、下着姿になった女優xx」とか「プロモーションビデオでセクシーないでたちの歌手xx」みたいな人の写真も多く、前ほど素人は出てこないと言っていた。

確かにザサンではなく、別のタブロイドにはまだトップレスのページスリーガールはいるが、マイナータブロイドが多く、サンほどの影響力はない。

ま、ああいうのが普通に存在していたのがどうかって話だよね、という話で、普通に本当にあったのかおかしかった。それでも彼女たちは日常生活にいたのである。キャブカフェやらパブやら床屋の待合室やらに。ページスリーを足掛かりにタレントやスターになった女性たちも今や結構いい歳になってしまい、本当に過去の話になったなね、といいのか悪いのかは別にして、そういう子たちがいたねえ、とこの話になるとみんなしみじみしてしまうのであった。



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