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【本編まとめ読み】『ナイキスTAS』2節「プロローグ後編 夢魔と夢想師」

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私がこの世界に、悪夢を見せるもの
――"夢魔"が存在していると知って半年が経ちました。
それは人の身体ではなく
"心に巣食うウィルス"のようなものなんだそうです。

夢魔による悪夢は病院で治療することはできず、
自然に治ることもありません。
毎日、何かに追いかけられたり、追い詰められたり……
同じような悪夢を見続けるんです。

カフェ夢うさぎは、夜の間は"眠りの園 夢うさぎ亭"と改め、
夢魔を祓い人々を悪夢から解放する仕事をしています。
そして今日も悪夢に苦しむ人が、夢うさぎ亭の門を叩きます。

夢月「いらっしゃいませ。予約されていた佐藤様ですね」

佐藤「はい……佐藤 アキラです。今日、ここに来るように言われたんですけど……」
夢月「招待を確認しています。眠りの園 夢うさぎ亭へようこそ」
佐藤「眠りの園……?」

佐藤「あの……ここって確か、最近人気のカフェ、ですよね……? 私は毎日見る悪夢を治したくて来たんですけど……」
夢月「えぇ。間違いなく今日、あなたはその悪夢から救われますよ。あなたに憑いた夢魔を俺達が祓うことによってね」

夢魔を祓って悪夢から解放される方法はたった1つだけ。
他人の夢の世界に入って直に夢魔を祓うことができる人達――

夢月くん、吏星さん、蓮夜さん。
"夢想師"と呼ばれる彼らの治療を受けることです。

佐藤「は……? 夢魔……? 私、そういうのはあまり信じてないんですが……」
吏星「安心しろ、別に妙な勧誘というわけではない。ただ、俺達はお前が悩まされ続けている悪夢を治療できる。その方法を持っている特別な人間だ。それだけ分かってもらえればいい」

佐藤「は、はぁ……」

蓮夜「……1つ確実に言えるのは、僕達が治療をしない限りあなたがその悪夢から解放される日は来ない。絶対にね」
佐藤「…………」

そら「……大丈夫ですか? 意味が分からないかもしれないですけど……ここにいる皆、あなたを救いたいという気持ちは一緒です」
佐藤「……お気遣いありがとうございます。ちょっとびっくりしてしまっただけです、すみません」

佐藤「それに……よく考えてみればむしろ、この方が納得できるかもしれません。本当に何をしても治すことができなかったので……」
そら「分かります……。私も……一緒でしたから」
佐藤「あなたも……?」

佐藤「……そうですか。だったら、私も懸けてみても良いかもしれませんね……。同じ境遇の人が近くにいるというのは心強い」
そら「そう言ってもらえるとありがたいです。3人とも、本当に優しい人達です。それだけは私が保証しますよ」

佐藤「分かりました。あなた達の治療を受けてみようと思います。先ほどは失礼なことを言ってしまい、申し訳ございませんでした。夢うさぎ亭の皆さんを信じます」
夢月「そうと決まったら、早速治療に取り掛かりましょう! どうぞ、こちらへ!」

吏星「……ありがとう天崎。いつもすまないな、辛い役回りをさせてしまって」


そら「いえ、こんなことでお役に立ててるなら全然」
蓮夜「夢想師の治療を受けた人が内部にいるというのは、それだけで絶対的な信用に繋がる。そらちゃんが来てから患者さんとのやり取りは、確実に楽になったよね」

そら「私はただ……知ってもらいたいだけなんです。夢月くん、吏星さん、蓮夜さんの3人が、本当に素敵な人達だってことを」
蓮夜「フフッ。ありがとう、そらちゃん」

そう。
半年前の私は正に、毎日見る悪夢に悩まされる患者の1人でした。夢想師の治療を受けられたからこそ、私は今こうしてここに立てています。
最初は信じがたい話ばかりで不安だらけだったけど……この3人だったから任せることができたと思います。

夢月「だから聞かせてほしいんだ。君のことをもっとたくさんさ」

夢月くんは、右も左も分からなかった当時の私を……ただひたむきに一生懸命、安心させてくれました。
何もかも嫌になって、普通に眠るのすら怖くなっていたのに、彼の優しさが、私を安らかな夢の世界に連れて行ってくれました。

夢月「――佐藤さん。眠ってくれたよ。すごく仕事のことでストレスを溜めていたみたい。なのに、周りにも分かってもらえなくて。"仕事一筋なせいで家庭を省みてない"って責められて……。誰にも何も本当のことが言えなくて、辛かったって」

夢月「俺、もう涙が止まらなくなっちゃって……」

この人柄が悪夢に苦しんでいる人にさえ、良い夢を見せられる。
"患者を絶対に安心させられる"というのは、夢想師としてすごい才能なんだそうです。

吏星「よくやった早乙女。あとは任せろ。」
夢月「う、うん……」

吏星「困った時はいつでも来てくれればいい。安心しろ。お前はもう、独りじゃない」

吏星さんは夢の世界で心細かった私をたくさんの話をして勇気付けてくれました。
私のことを全て理解しようと努力してくれる彼の実直さが、
夢魔に立ち向かう勇気をくれました。

夢月「あ、そう言えば部屋に置いてあった熊のぬいぐるみ……すごい大事そうに抱えて眠ったよ。あれはなに?」
吏星「……調査の結果、佐藤 アキラは幼くして母親を亡くしているのが分かった。熊のぬいぐるみが数少ない母親との思い出らしい」

吏星「オリジナルは独立を機に強がりで捨ててしまったようだが……今回はそれと全く同じタイプのものを用意して配置した。心が弱った時は、そういうものが恋しくなるものだろう。少しでも心の支えになればと思ってな」

夢月「そうなんだ……そうだったんだ……」

吏星さんは、患者さんが夢の中に入って行きやすいよう、治療室の環境をその人に最も合った状態に彩る仕事もしているんです。
本人曰く"人付き合いが苦手だから、物理的に安堵してもらうしかない"そうなのですが……。

本当はとっても相手のことをよく考えている人だと知った私は、もっと彼の本心が色んな人に伝わってほしい……と思っています。

蓮夜「この様子だと、今日も僕の出番はないっぽいかな」

吏星「佐藤 アキラに憑いた夢魔はごく一般的なものである可能性が高い。紫吹の出番はないだろう。安心して待っていろ」

蓮夜「まだドキドキしてる? それは今見た夢に? それとも僕自身に……かな?」

蓮夜さんは私の心を救うために誰よりも全力で戦ってくれました。私に憑いたネズミの夢魔は、祓うのがとても難しい種類だったみたいで……彼がいてくれなかったら今頃どうなっていたか分かりません。

蓮夜「はいはい。本音を言えば、もう少し出番があっても良いと思ってるけどなぁ」
吏星「いや永遠にない方がいい」

蓮夜さんは、吏星さんでは対応できない夢魔が出てきた時だけ夢想師として仕事をします。
実は吏星さんは……蓮夜さんを患者さんの前に、できるだけ出したくないみたいなんです。

その理由は……蓮夜さんの治療中の振る舞いにあるんですが……

蓮夜「君は……どうだい?」

何がどう駄目なのかは……私の口からはちょっと……言えません……。

3人から受けた治療は、とても優しくて、温かくて、愛に溢れていて……。今の私にとって、何よりも掛け替えのない大切な思い出です。

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蓮夜「……見て、そらちゃん。夢月ちゃんまだ泣いてる」
そら「本当ですね(優しいな、夢月くんは……)」
蓮夜「……何だかこうしていると、そらちゃんを治療した日のことを思い出すなぁ」

蓮夜「あの日も夢月ちゃん、酷く辛そうな顔して出てきてさ。そらちゃんが夢魔に憑かれてたのに気付けなかったのが、相当ショックだったみたい」
そら「そうだったんですね……」
蓮夜「あれからもう半年も経つんだね。今でも覚えてる? 自分の夢の世界で起きたこと」

そら「はい、もちろん。鮮明に」
蓮夜「……そう。やっぱり強いね君は」
そら「そんなこと、ありません」
蓮夜「ううん。そんなことあるから言ってるんだよ」

蓮夜「……実際、夢の世界とは言え、夢魔なんて化け物を見て毅然としていられる人はそう多くない。だから多くの人はその記憶を保たない。取るに足らない"夢"として処理し、忘れていく」

蓮夜「きっとあの佐藤って人も、明日になれば今日あったことなんて全て忘れてしまうと思うよ」
そら「…………」
蓮夜「でも君は覚えていた。あの日起きたことを全てね。本当のところ、それは不幸なことだと言っていい」
そら「…………」

蓮夜「なのに君は、その後も僕達のところに来て、こうやって自分の意思でこの店を手伝ってる。そんなこと普通に考えたらありえない」

蓮夜「それだけそらちゃん自身が、強く前を向ける人だったってことなんだ」
そら「……本当にそうなんでしょうか。私はただ……あの日あったことを覚えていたかっただけ――絶対になかったことになんかしたくなかっただけ。そう強く願っただけなんです」

蓮夜「……そっか。絶対になかったことにしたくなかった、か……」
そら「はい……」
蓮夜「……そっか、そうだよね。嬉しいな」
そら「はい」

蓮夜「君も……女の子だもんね」
そら「はい……ってあ!?」

蓮夜「そんなにも僕の――」
そら「ち、違います! そういうことじゃありません!」
蓮夜「えーそうなの? そらちゃん、いっつも本気で否定するんだから。傷付くなぁ」

そら「す、すみません。って、それは蓮夜さんが……!」
蓮夜「フフッ、冗談だよ。いつも可愛い反応ありがとう」
そら「もう……」

蓮夜「……今の君は、どんな夢の形をしているんだろう。あの時とはもう全然違っているのかもしれないね」
そら「……そうかもしれません。少なくとも今の生活は、楽しいですから」

蓮夜「……ありがとう。またいつか見せてほしいな、今の君の心の中をさ」
そら「そ、それは……」
夢月「なになに? 何の話?」
そら「む、夢月くん! 別に何でもないよ」

そら「……どう、落ち着いた?」
夢月「うん、何とか。……俺、なんかいつも泣いてばっかだ。そらには、情けないところばっか見せちゃってる気がするな」

そら「……そんなことないよ。誰かのために泣けるって、私は素敵なことだと思う」
夢月「そう……かな? でもそらに言われると、なんかそんな気がしてくるかも。ヘヘッ! ありがとな!」

そら「うん!」
蓮夜「…………」
夢月「なんだよ、蓮夜?」
蓮夜「何でもないよ。単純だなって思っただけ」

吏星「待たせたな。滞りなく終わったぞ」
夢月「お! お疲れ吏星!」
蓮夜「やっぱり僕の出番はなし?」
吏星「憑いていたのはありふれた四足獣型の夢魔だった。取るに足らん」

夢月「佐藤さんは?」
吏星「今はよく眠っている。しばらくあのままにしておいてやった方が良いだろう」

蓮夜「そっか、残念。今日も待ち損だったなぁ」
吏星「治療が上手く行ったのに何が残念だ。口を慎め紫吹」
蓮夜「はーい」
吏星「それに……今日の患者はやつれた勤め人だぞ。お前の趣味じゃないだろう」
蓮夜「え、それはどうかな?」

蓮夜「僕は性別や年齢で人を差別したりはしないからなぁ。つまりは……まぁそういうこと」
そら「え!?」
吏星「なんだと……!?」
蓮夜「あ~なになに2人とも? 今どんな想像したの?」

蓮夜「ねぇ? ちょっと?」
吏星「うっ……」
そら「それは……」
蓮夜「ねぇ、教えてよ? ど・ん・な・こ・と?」

吏星「……天崎、ここはお前が教えてやれ」
そら「えぇ!? どんなパスですか!?」

夢月「よく分かんないけど……蓮夜は絶対に夢魔を討ち漏らさないじゃん?誰が相手でも完璧に治療できちゃうから、すげーなっていつも思ってるよ」

蓮夜「……むt」
そら「そ、そう! そんな感じです!」
蓮夜「……ふーん。まぁ今日のところは夢月ちゃんに免じてそういうことにしておくよ」
そら「ホッ……。ちなみに今のもいつもの冗談ですよね?」
蓮夜「それはご想像にお任せするよ。ねー吏星」
吏星「俺は何も言わん」
そら「アハハハ……」

こうやってお昼はカフェで街のみんなを元気にして、夜は悪夢に苦しむ人たちを助けていく。夢うさぎはこうして2足の草鞋を履き替えて日夜誰かの幸せのために頑張っています。

こんな人達のそばにいられて、助けになることができて、私は夢魔に憑かれた自分を忘れるくらい、今とっても幸せです。

でも……夢魔を祓うというのはそんな生易しい話ばかりじゃない。心を侵されるというのは、こんな単純な話ばかりではない。

そのことを私は……この時まだ知りませんでした。

Nightmare Kiss...
- The Awakened Story-
episode03へ続く

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