アンラッキーな話 : ザ・フライト・ゴゥズ・ノゥウェアー


まず第一に、大前提として僕は”旅行”というやつがすこし苦手だ。ここに関してはかなりマイノリティな自覚があるが、なじみのない土地にいって観光したり、新しい発見をして胸をときめかせたり、友人とワクワクしながら遠出をする計画を練るという一連の行為すべてにそこそこしか価値を見出せないでいる。
念のため断っておくが、断じて楽しくないわけじゃないし、旅行好きで旅行を趣味にしている友人たちの価値観を否定するものではない。行けば、そこそこ、人並みに、和をみださない程度に、ふつうに、いたってマジメに、楽しむくらいのわずかな協調性と感受性は僕にだってある。
※ちなみに、苦手なのはプライベートな旅行だけで、仕事でひとりで海外に行くのはまったく苦でなく、なんなら自分から行かせてほしいというくらいの感覚でいるから実に不思議だ。自分でもこの差はよくわからない。目的意識の違いなのだろうか。

そんなわけで、僕はごく最近でこそ、(海外出張に年数回いかなければいけない環境になって仕事目的の) 飛行機にはよく乗るようになったものの、学生時代や就職したてのときなんか、ぜんぜん旅行になんかいったことがなかったのだ。ましてや飛行機なんてほぼほぼ乗ったことがなく、搭乗手続きもパスポートもなんのことかよくわかっていないようなおのぼりさん状態だった。

これはアンラッキー、というより、無知のままだと人は時に不条理を受ける、というような典型的な話だ。



the flights goes nowhere.

いまから8年ほど前の2012年頃、僕は見慣れない空港の景色にどぎまぎしながら、生まれてからほぼ初めてになる飛行機のフライトを体験すべく、博多行きの飛行機の搭乗手続きを済ませていた。
大学時代にお世話になった先輩の結婚披露宴が九州であり、そこに参列するためだ。
(と言っても、チケットの手配もホテルの手配も、行程に必要な手続きはすべて友人がやってくれたので、僕はそれに従ってチケットを受け取り、みんなの真似をしてひっついて行くだけだったのだが)

奇しくも、僕にとっては高校時代に九州修学旅行で飛行機に詰め込まれて移動して以来、久方ぶりのフライトとなる。ふつう多くの人は大学の夏休みとか、卒業旅行で沖縄とか、海外旅行にいったりして飛行機には何回も乗っているものだと思うが、僕の場合は上述のとおりのマイノリティ傾向のおかげで、その経験がなかった。


これまでの自分の人生を鑑みて自分でもびっくりするほどこの旅行の出だしは好調だった。
なにしろ、なんの問題もなくスムーズに、チケットも持ち物も一切なくさぬまま、搭乗口ゲートを通過し、飛行機に乗りこめたのだから。

なんなく楽しい飛行機の旅が始まった…





か、のように思えたが、やはり
そうはいかなかった。




……僕の席が、無いぞ?

いや、正確には僕の席と思われるシートにはどれもすでに満杯に人が座っていて、遠くからだんだん近づいていく段階ですでに、どう見ても僕が座るはずのシート付近には空きがないのだ。

近くまできて良く見ても、やはり僕の座る場所はなさそうだった。
僕は少し取り乱し、搭乗チケットに印字されている席番号(たしかC27とかだったと思う)と各席に書いてあるラベルの間を いったりきたりいったりきたり、交互に注視した。

よくよくチェックしてみると、どうやら僕の席のはずのC27に、ヒョウ柄のストールに革のブーツヒールを履いた、パンクルックスの20代後半から30前後のお姉さんが既に気怠そうに足を組んで座っていた、という事のようだった。

飛行機に何回も乗ったことのある今の僕であればCAに言って席を確認したり、強気に声をかけて間違ってるからどいてくれ、と言うなどと星の数ほど事態を好転させるカードを持ちあわせているのだが、なにしろこのときはほぼヴァージンフライトだったため、目の前の気怠そうなちょっと怖い女が間違えているのか、僕が飛行機のシステムとか宇宙の大原則とかを間違えているのかどうか、判断する根拠をいっさい持ち合わせていなかった。

そこで、僕はわざとらしく女に聞こえるように独り言を言って気付いてもらおうとした。

大っぴらに強気でどいてくれ、というともし僕が間違っていた場合目も当てられない事態になるが、この方法なら、僕が間違えていたとしても独り言をぼやいていたにすぎないので、そこまでキレられることはない。
それに、女が無意識で間違っていた場合、それに気付いてどいてくれるのではないか、という寸法だ。
自信のなさと、泣き寝入りを回避したいという感情の情けない折衷案だったが、我ながらこれは名案だな、と思った。

さっそく僕は、

「あれーぇ?C27、のはずなんだけどなぁー、席が無いぞぉー?おかしいなぁー。

と、まるでアニメ名探偵コナンで、コナンくんが謎解きをするときの導入部分ばりのわざとらしさで女に掛け合ってみた。

女はこれに反応し、チラっとこっちを一瞥し、脚の軸足を挑戦的に組み替えたあと、はぁ、とこちらに聞こえるように、大きなため息をついた。

僕はこの瞬間、「作戦が成功した」と思った。この女が自分自身の間違いに気付いて、イラつきながら席をどいてくれるヴィジョンがたしかに見えたからだ。また、尊敬する先輩の幸せな結婚式での笑顔や、飲みの終わりに九州で食べる水炊きを囲むような幸せな未来もヴィジョンとして一緒に脳裏に見えた。

だが、女がとった行動は僕が見たヴィジョンとは180万度ちがうものだった。女はカバンの中から外からは外耳の形がまったくわからなくなるようなデカさのおどろおどろしいヘッドフォンを出し、自分の頭をすっぽりと覆うと、何事もなかったかのように目を閉じて、寝たふりをしだしてしまった。(たまに飛行機にデフォルトで添付されているパッキングされたイヤフォンでは満足できなくて、わざわざ大きなヘッドフォンとかを持ち歩くヤツって、いるよなぁ。コイツらってホントに音の違いのなんたるか、とかわかってんのかな?)

この後何度見てもどう見ても絶対に自分の番号がこの女の座っているシートだということを確認した後、僕は愚かにも


僕が知らないだけで、飛行機は新幹線でいうところの指定席とかではなく、セミ指定席のようなシステムを取っているのかな?気持ちはほぼ指定席だけど、場合によっては急に自由席みたいな?なんか早い者勝ち?みたいな?

のように謎の理論で自分を納得させてしまった。

そのときちょうど、予定していた全搭乗者の機内搭乗が完了し、ドアーが閉じられることを知らせるアナウンスが流れた。

焦りを感じながら、ふと遠くに目をやると、ここから1、2列ほど離れた席に、ひとつだけ、ぽっかりと空いているシートがあった。セミ指定席システムなのだから仕方ないな、などと今にして思えば的外れなことを思いながら結局そこに座ってフライトしたのだが、残念ながら、ここにもここで問題があった。

空席だったところの、一つとなりの席にはマーベルのアメコミ・XMENシリーズのジャガーノート(参考リンク)さながらのような巨漢の男性が鎮座していた。
今までの僕の人生ではアメコミの世界かWWEのリング上でしか見かけたことのないデザインセンスの肩幅と筋肉を持った男性が、これまた怪訝そうにこれからのフライトにそなえ、狸寝入りをしていたのだ。

かなり遠慮して縮こまって座っていてくれてはいたのだが、それでも主張のはげしい肩の筋肉はシートからIKEAのホットドッグのソーセージくらいはみ出てしまっており、隣の席は通常個人が座れるシートの0.8倍程度しかスペースが無くなっていたのだ。

かくして、博多までの数時間、僕は申し訳なさとやるせなさの同居したような不思議な感情のまま肩を縮こませて、窮屈な思いをしながら最高のヴァージンフライトを楽しむことになった。

後になってよく考えれば、おそらくはワガママなパンクルックのあの女が、狭いシートが納得いかなくて勝手に近くにあった空席に乗り換えたのだろうと思う。
本来の搭乗者の僕が来たとき敢えて横柄な態度をとって、どかなくていいように抵抗してみせたというわけだ。彼女の作戦勝ちだな。
たまたま僕が世間知らずなビビりだったことに感謝してほしい。


フライト経験豊富な今の僕が同じ状況になったらリモコンの「CAコールボタン」を迷わず押して、CAさんに言いつけてどかしてもらっちゃうもんね。
ついでに、「CAパンチボタン」、「CAレーザービームボタン」、「CAストマック・クローボタン」、「CAラリアット」とかも全部押して、おまえなんか、あっという間にぼこぼこにしてやるんだからねッ!


とにもかくにも、この一連の出来事でこんなことじゃ僕は飛行機なんてまともに乗れやしないし、どこにも行けやしないな、やっぱり飛行機をつかった旅行なんてこりごりだな、と再認識したのだった。

………他の話はまた別の機会に。

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