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台風一家


私の故郷は海峡に突き出した
小さな岬。

台風のメッカである。


岬の自然は美しく、朝に夕に雅な姿を見せてくれるが、
台風が直撃すると恐ろしい程の牙を剥く。


私が一番怖かったのは風である。

木造の小さな家が吹き飛んでしまう恐怖に怯えながら、
母と2人、暗闇で台風が過ぎ去るのをひらすら待ち続ける長い夜。


「おとーさんが居てくれたら
心強いのに」

と、思わなかったと言えば
嘘になる。


災害が起こると父は必ず家を留守にした。
消防士だったからである。

しかし物心ついた時から、
災害時の父不在は当たり前の事。


召集の電話がかかると、大急ぎで出掛けて行く後ろ姿を見送る度に、


母と2人で留守を守らざるを得ない不安よりも、人命救助に立ち向かう父を、学齢を重ねる毎に、誇りに思う気持ちの方が勝って行ったように記憶している。


母の父への尊敬が、もの言わずとも小さな私に伝わっていたのだろう。


漸く、怖い夜が明けテレビを付けると、

「台風一家の今朝」

と、明るく響くアナウンサーの声。


「台風一家?
台風って、号がついてるけど家族なん?」


恥ずかしながら長らく
「一家」だと思っていた私である。




あれから半世紀が過ぎた。



科学は発達し便利な時代になったが、そこから生じる新たな問題が人類を悩まし、年々台風の被害が大きくなって来た。



長く停滞し、ダブルで被害をもたらせた台風6号、7号。

嵐が過ぎ去った今朝の空を見上げると、あの頃と何も変わらず美しい。

懐かしき故郷。
若き父と母。

台風一過に思い出が蘇る。











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