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思いがけないプレゼント

 病院の面会時間は一日に15分まで。歩行器をゆっくりと押しながら面会ホールへとやってきた6年ぶりに見る母は、もともと153センチと小柄なのに、さらに小さくなっていた。

「えらい、ちいさなってしもて」

 と握った手も顔も皺だらけで、最後に会った時の記憶が、こんなふうに塗り替えられるのは寂しい。出来ることなら、またね!と手を振ったあの時に戻れたら、少しは老いた様子も見慣れているんだろう。
 でもきっと、母の方だって、久しぶりに見る娘のことを、なんとまぁ、すっかりオバハンになってしまってと思っている。それでもやっぱり「はるちゃん!」と呼ぶ。子どもの頃と同じ声で……。

 (声は同じなのに、響き具合がちゃうねんな……)

 なんとなく、そんなことを考えながら、持ってきた着替えと一緒に、こっそりと小さなタッパーに入れておいたドライイチジクを手渡した。果物が大好きな母に、スペインから持ち帰ったものだった。
 
「見つからんように食べや」

 というと、先日は、父がお見舞いにケーキを持ってきてくれたというのに看護婦さんに見つかってしまい、一番上のイチゴしか食べられなかったのだと言う。

「果物がいっぱい乗った大きなケーキやってん」という結婚して初めてプレゼントされたケーキは、口に入ることなく処分されてしまったようだけれど、ちゃんと頭の中で消化されて、海馬に蓄積されているのだろう。思い出の時々取り出して、一口だけ食べてまた、そっと仕舞うのかもしれない。
 
 後で父に聞くと、1つ2000円以上もする高価なケーキものだったらしくて、「勿体ない!」と思わず叫んでしまった。きっと、ショートケーキなんてもんではなく、ちゃんとした小ぶりのラウンドケーキだったのだろう。
 目が見えない父がフルーツたっぷりのケーキを買ったことにも驚いたけれど、86歳のじいさんが、87歳のばあさんにケーキをプレゼントする様子を、障子の穴からそっと覗いて見たかった。

 ◇◇


「おまちどうさん!おうどん、一丁!」

 勝手がわからない母の台所で、ありきたりの材料を搔き集めて父に月見うどんを作った。主人の居ない冷蔵庫には、期限の切れたヨーグルトやら、日が経って酸っぱくなった漬物、母が大好きなレトルトのクラムチャウダーが、食べてもらえずに鎮座していた。

「お蕎麦とおうどん、どっちが好き?」
「そうやなぁ、お蕎麦かなぁ」
「そうか。じゃぁ、今度はお蕎麦にするね」
「おぅ」

 会話だけ読むと、まるで同棲を始めたカップルのよう。
けれど、思えば、こうして父に料理をしてあげたことが今までにあっただろうか。
 うどんか蕎麦か、という食べ物の好みだけでなく、考え方や生き方について、父と面と向かって話す機会がなかった。いや、機会がなかったのではなく、意図的に持つことがなかった。
 なぜなら、母の存在があったから。何かにつけて、パイプ役として父と私を繋いでくれていたのは母だった。

 とろろ昆布が不味いと愚痴りながらも、音をたてながら美味しそうにうどんをすする父が、とっても近くにいる。どんぶりに浮かぶ卵が割れないように注意しながら、丸ごと口の中にすすり入れた。

 母の入院により、急にお一人様生活となった目の悪い父は、ちゃんと食べてたと言う割には、よくよく聞いてみると、すぐに食べられる「その辺のもん」で飢えを凌いでいたらしい。インスタント焼きそばの作り方を覚えたと自慢していた。お湯を捨てるのにコツがいるらしい。

 
 西洋占星術によると、太陽が牡羊座に入る3月の春分の日を境に新しい12サークルがスタートする。
 占いに興味のある人ならこの数年、何度も耳にした「風の時代」に今年11月をもって移行を完了する。このため、去年の春ごろからずっと、自分を取り巻くすべてのものの断捨離をするように私のセッションの中でもお伝えしていた。

 もう少し、細かく言うと、この時代の移り変わりに大きく作用している冥王星のメインテーマが『破壊と再生』で、つまり、今まで当然のようにそこにあったものがゼロになり、また、ゼロから新たなものが生み出されたりしていく。
 時代そのものが変わるのだから、極端な話、自分が何もしなくても強制的に流れそのものが変わってしまう。同時に、今までうまくいかなかったことも、やり方によっては望む方向へ進んでいく可能性があるということになる。

 そう考えると、2024年春の予定を始まる前に強制終了することにはなったものの、32年間も母国を離れて暮らす私が、こうやって両親と一緒に過ごせる機会をもらえたのは、大切な人との関係性を見直すためのプレゼントなのだろう。
 


 母が入院してから2週間。予定よりも早くなりそうだと病院にいる母から連絡が入った。

 
 

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