米国在住の日本人が「少し人生の自由時間を増やす」ためのメモ 3
第二章: ゴールまでのタイムラインと米国特有の制度を考える
はじめに
前回は主に日米の自分の手持ちの資産の総額と、それを把握する際の注意点をまとめました。それにより、今後の道のりを歩く際に使える手持ちの道具、言い換えれば自分の金銭的なストックは把握できたのですが、全ての人が持つ重要なもう一つの持ち物に「死までの残り時間」があります。これは正確に見積もるのがとても困難であると言う厄介な性質を持っていますが、上限は決まっているのである程度の見積もりは出せます。今回はフロー(資金の出入り、要するに生活費と収入)やポートフォリオの中身の検討をする前に、40-50代の人々の残り時間の検討と、その終わりまでのスケジュールを見てみたいと思います。人生の後半では主に法律で定められた各種の税的なイベントがあり、それを理解するのは現実的なプランを構築する上で重要な前提知識となります。しかもこれが二か国にわたる場合は複雑になりがちです。時間はあらゆる人にとって最も貴重なリソースでもあるので、その上限を理解し、そこに至るプロセスを理解することは以下の計画を策定をするうえで必ず役に立つはずです。
投資の計画
納税の計画
資産を使う計画
資産を渡す計画
注意
以下に個人の経済活動や税、投資に関連する内容もありますが、私は完全に経済や税回りの法律の素人であり何の資格もないため、それらに関してはあくまで参考程度でお願いします。できる限り書籍や信頼できる公的サイト、あるいは専門家との対話などからの情報をもとにしていますが、内容の正確性について私は一切の責任は持ちません。実際に決断を下す時には必ず税や法律の専門家、あるいはfee-onlyのFPと話すことを強くお勧めします。
人生の終わりまでのスケジュールを確認する
人より少し早めにフルタイム職を離れることを考えるのならば、まず「普通の引退」も含めた、全ての人にかかわる様々なイベントをタイムラインで確認する必要があります。我々在米邦人は、米国に住み続ける場合でも日本に移住するにしても、どうしても両国の法的・税的な事情が様々な決断を下すうえで関わってくるケースが多いです。それを考える時に便利な日米の事情をミックスした年表はあまり見ないので、簡単なものを作ってみました。序章で述べたように、本稿は40代後半から50歳くらいまでの方を念頭に書いていますので、その年代の人々の死までに関連する仕事とお金周りのイベントを列挙してみます。
※ (日)は日本関連のイベントを示し、寿命などは2024年時点での数字。
40代
40歳: (日)介護保険料納付開始
早期リタイアに伴うペナルティーを回避した引き出し対策としてRothラダーを考えている人はそれを意識したconversion戦略を開始する(後述)
44.5歳: 各種引退用口座に早期引き出しペナルティなしアクセスできるようになるまで15年を切る
このころから米国で死を迎えることを決めた人はLTC保険(私的な長期介護保険)について準備し始める(健康診断あり)。
早期セミリタイア組には投資のラストスパートの時期
49.5歳: 10年後に受け取り開始設定にする私的年金(DIAやFIA /w income riderなど)を引き出し時のペナルティの心配なく契約可能
いわゆるFIREと呼ばれるアグレッシブな引退戦略の終わり。これ以降は昔からある早期引退の範疇へ
50代
50歳: 米国で一部の公務員が職場の年金受給開始できる年齢
このころからレイオフされたのちに再就職がうまくいかず、自営業やパートタイムに移行、もしくは事実上の強制引退になる人がぼちぼち出始める
(日)親が高齢化し、徐々に相続を経験する人が増える
(日)親の介護問題で米国での生活を断念するケースも一定数発生する(介護離職と強制帰国)
55歳: 米国の「55歳ルール」利用可能(後述)
(日)いわゆる役職定年。仕事量の変化なしに収入の減少が発生
米国永住を決めた人はこの辺りまでにLTC保険に入らないと条件が悪くなり始める(健康状態による。不健康な人はもっと早い)
一部の公務員のペンション受給開始。早期リタイア組も増え始める
私的年金の購入を検討する人も増える
59.5歳: ペナルティなしで各種税優遇口座から引き出し可能
60代
60歳: (日)減額を受け入れた場合、日本の公的年金の早期受給が可能
米国でうまく立ち回った人々のリタイアが増え始める
一方、レイオフで不本意なままリタイアに突入というケースも頻発
QLAC(後述)なども必要に応じて検討する人が増える
(日)iDeCoの引き出しが可能。年金形式か一時金化の選択
62歳: ソーシャルセキュリティの早期受給申請可能(およそ30%の減額)
メディケアなどの公的保険について学習を始める
65歳: 米国における一般的なリタイア年齢
メディケア加入可(公的医療保険加入の権利が手に入る)
(日)公的年金の満額受給資格を得られる(年金納付義務の終わり)
(日)定年。それにより失職する人も増える
67歳: 米国のfull retirement age (FRA) 。減額無しでSSを受給可能
70代
70歳: SSの毎月の受取額を最大化したい人の推奨引退年齢
73歳: アメリカ人男性の平均寿命 RMD開始 (2024年現在)
日本人男性の健康寿命
75歳: (日)毎月の公的年金を最大化したい人の推奨受給開始年齢。年金額が少ない、かつ自己資金が足りない場合の事実上の最速引退年齢。
日本人女性の健康寿命
(日米ともに)ここまで生き延びることができた幸運な人は、これまでに準備した資金や保険を用いて自分自身の介護の対策を立てる
77歳: アメリカ人女性の平均寿命
80歳以降
81歳: 日本人男性の平均寿命
87歳: 日本人女性の平均寿命
95歳: ファイナンシャルプランニングにおける長生きリスクを検討するときに使う一般的な死亡年齢(「普通より長生きしてしまった」という事故に対処するためにプランニングで使う数字。確実に短命になるであろう健康問題がある人はもっと短くても良い)
終わりを考慮に入れたゴール設定
死までの道のりは以上になります。こうして眺めると、改めて言うまでもなく人の一生、特に人生の後半は短いというのが私の感想です。「昔の人に比べて最近の老人は若い」という言説もよく見ますが、現実の平均寿命や健康寿命などを考慮に入れたり、外からは見えない内臓の状況なども考慮に入れると、フィジカル的エリートな高齢者が社会的には目立つというのは多分にあると思います。健康上の問題でなかなか外には出歩けない、床に伏している、そもそも既に死んでしまったという人々が社会的に可視化されることは残念ながらあまりないですから。知的能力に大きな個人差があるように、体調・体力についても年齢とともに残酷なまでの差が付きます。我々の親世代の方々を観察してみるとそれがよくわかります。そういった事実に基づいて、冷静に、かつ客観的に自分の持ち時間を評価する必要があります。私もギャンブルは嫌いではない(個別株投資もやっていますので)ですが、70代以降も完全に心身の健康を保ち、それまでと同じようにアクティブに過ごせるだろうと想定するのはかなり分の悪い賭けに見えます。身体的自由の完全な喪失というのはやや悲観的過ぎると思いますが、海外旅行などの体力を必要とする行動に一定の制限がかかると仮定するのはそれなりに妥当な予想だと思います。外れ値を除いた普通の人にとって、元気な100歳というのは基本的にあり得ない(リタイアメントプランニングの文脈では一種の事故という扱い)という点は考慮して計画を立てるのが安全でしょう。従って「90歳くらいまで海外旅行は50代の今と同じように問題なく行けるだろう」といった非現実的な計画を立てるのは著しく成功確率を下げるのでご注意を。
個人的な感想ですが、日本の外から見ると日本人はお金に関しては必要以上に悲観的な一方、「人生100年時代」という言葉が独り歩きしているように、寿命(と健康)に関しては過度に楽観的に見えます。どんなに健康的な生活をしていても若くして死ぬ人は一定の数居いますし、基本的に人間は感情に振り回され、愚行(例えば飲酒、運動不足など)を重ねる生き物です。私も例にもれずそういった愚行とは適度に付き合っておりますが、我々全員の中にあるそういう部分を受け入れて、寿命や健康に関しても過度な楽観論や悲観論とは距離を置き、常に健康的な生き方などできないかもしれないが、それは誰のせいでもない自然な人間の姿だ、とある意味諦める事が重要だと思います(そういう諦観を皆が共有することで、健康的でないライフスタイルを強く非難するような文化も若干弱まると思いますし。極端なことを言えば、小説「<harmony/>」のような世界は生きづらいでしょうから)。結局のところ全ては確率の問題なので、人生の残り時間についてもある程度保守的に、かつ悲観過ぎずといったバランスの取れた想定が必要なのは、時間とお金が多くの場合トレードオフの関係になっているからです。どちらも極論に振れるとプランの精度と成功確率が下がります。そこに注意しながら自分のゴールを設定します。
以上の事を考慮に入れると、短期的に死につながる深刻な健康問題が50歳時点でない場合、そこから仕事や趣味、旅行などにアクティブに使える時間はベストケースで20~25年ほどと見積もるのが適切でしょう。その後は、体に一定の障害が出つつも、インドアな趣味などに使える時間が延びる可能性「も」ある、と想定してプランニングするのが現実的だと思います。なお、75を超えると「脳が言う事を聞いてくれなくなる」リスクが無視するには大きすぎるレベルで襲い掛かってくるので、そこも賭けの要素です。
先に述べたスケジュールを確認すると、米国内で早期引退する場合、平均的な引退者よりも、年齢によって以下のようなコストの増加に対処する必要があります。ここでは話の単純化のために完全に引退する(= earned incomeがない状態)を想定します。
50歳引退
15年分の医療保険料
10年分の生活費に充てるペナルティなしでアクセスできる資金
5年分の生活費 (60歳以降65歳まで)
ソーシャルセキュリティーの減額分の補填
55歳引退
10年分の医療保険料
5年分の生活費に充てるペナルティなしでアクセスできる資金
5年分の生活費 (同上)
(SSのクレジットが35年に満たなければ)SS減額の補填
60歳引退
5年分の医療保険料
5年分の生活費 (同上)
これらはあくまで65という一般的な引退年齢までにかかるコストです。その後、医療保険料と公的年金支給額の分、自分の資産から賄う毎月の固定費は減少しますが、言うまでもなくその後の死までの時間を問題なく乗り切れる資産は別途必要です。したがって、当り前ですが50前半で引退するのが最も困難です。10年を超える医療保険の自腹での支払いに、IRAや401kといった引退用口座へのアクセスが制限される状態で10年近い生活費をねん出する必要があり、更に米国での就労期間が35年に満たない場合は、それによる将来のソーシャルセキュリティー支給額の減少に対する自己資金による長期的な補填も必要です。ただし退職後に現在の生活を維持する絶対的な金額が足りない場合は働く期間を延ばして投資に励むほかないですが、問題が資金の各種口座への配置によって引き起こされる59歳半以前の資金へのアクセスのならば、あらかじめ行動しておくことでいくつかの解決法があります。先の年表でも触れていますが、それには以下のようなものがあります。
The Rule of 55
Roth Conversion Ladder
72(q) / SEPP
これらについては後の章で詳しく見ていきます。
金融資産の相対的価値の逓減
これも40を過ぎた方なら実感として理解できると思うのですが、お金の価値は一定ではありません。若い頃のバックパッカーとしての経験が、50や60でのお金のかかった旅行よりも楽しい記憶として残ってたりする、というあれです。残念ながらほとんどすべての経験の相対的価値が時間とともに下がっていくのが一般的であるため、同じ金額の効率を最大化するためにはお金を使うタイミングと額は必ずセットで考える必要があります。米国のFPは退職者に対して退職後を三つのフェーズに分けてアドバイスするのが教科書的な態度のようですが、言うまでもなく、最後のフェーズでは当人にとってお金の価値は大半が失われます。そのステージでは、主に生命の維持と苦痛の除去にお金を使うことになりますので、ほぼ選択の余地はなくなります。ですから、FPの行うシミュレーションでは引退初期に(相対的な価値が高いので)多めにお金を使い、ある年齢以上では生活費を徐々に減らすことを織り込んで計算します。問題は米国で死ぬ場合、晩年に莫大なお金がかかるイベント(介護。これも後述するが備えがないと日本に比べて遥かに厳しいことになる)が発生しがちという点ですが。
こういったFPのアドバイスでは65-75歳あたりを"go-go years"としてアクティブに過ごせる可能性があるものとして計画しますが、早期(セミ)リタイアなら、そこに早く退職した5-10年分の時間が追加され、不幸にして早く死んだ場合でもそれなりの自由時間を満喫できる可能性があります。更に、まだ集中力や体力が残ってるケースも多い50代では、本業以外に興味のある事を持つ人は、そのプロジェクトにより早期に、生産的に取り組める可能性が増大します。これらのトレードオフを理解したうえでライフスタイルの変更の時期を考えることになります。つまり、額面としてのお金の価値と、時間を加味した主観的な価値を両方見つつ計画を考える必要があります。もともと自分たちで使うつもりで貯めたものなのに、今はベッドの上でその残高をスマホで見ることしかできない…というのは悲しいですから、その確率をできるだけ下げるための作業という事も出来るでしょう。言うまでもないですが、フルタイムの仕事を続ける期間を延ばせば、その分だけそういった状況に陥る可能性は高まります。これもトレードオフです。
納税計画の重要性
前出のスケジュールを見ていただければわかりますが、年齢ごとに重要な税関連のイベントが発生します。米国の引退用税優遇口座は、お金を使うのが早すぎても遅すぎても不利になるような仕組みに設計されています。もともと引退後の生活を支えるために使い切るという目的で制度設計されているのでそれで問題ないのですが、例外的な使い方をしてもペナルティという形で減額されるのみなので、それを受け入れることができれば問題ないですし、そもそもそういったペナルティを回避するための例外規定も数多く設定されています。
仕事量を自分の希望で調整できるくらいの経済状況に到達したときは、退職用口座・課税口座、あるいは不動産もそれなりの金額であろうと思います。たとえ子供に相続させる気がない場合でも、適切な口座に適切な時期に入金し、適切な時期に引き出せるように計画しないと、思ってたより手残りが少なくて晩年に困った、などという事も最悪のケースでは発生します。米国の引退用口座は、基本的に入金した時点でそれがどう課税されるかが決まりますので、何となく入金しそこで投資すれば、売却時に困ることになります。後年(Roth Conversionなどを通じて)一定の納税額コントロールは出来ますが、これらは30代、40代からの行動が徐々に積みあがっていきますので、ここを最適化したい人は早い時期に専門家のアドバイスを求めるのがよいと思います。
お恥ずかしい話ですが、納税計画は私自身のファイナンシャルプランニングで最も失敗している点です。私が投資を始めたのは20代ですが、多くの若者と同じく、引退などというものははるか遠い世界の話故に当時の私に引退用口座の活用知識など何もなく、考え無しに「いつでも好きな時に引き出せるから」という安易な理由で課税口座で取引をはじめました。しかしそれぞれの引退用税優遇口座の特性をよく研究すれば、税金を払わず(もしくはコントロールできる範囲の少額で)に、早期に引き出すことも可能です。特にまだ30-40代の場合、税を最適化して長期の税負担を減らすのは投資で資産を増やすのと同じかそれ以上の効果を生みますので、ここはコストをかけても専門家の意見を聞くという投資が、長期ではペイする可能性が高いです(※)。
※ 一度限りの料金を支払って税などのプランニングをしてもらうのは良いですが、資産全体の管理を任せるタイプの依頼は正当化が難しいレベルで長期にわたって高額の手数料(資産全体に対するパーセントで課金されるので、大きければ大きいほど多額の手数料が生じる)がかかりますので、そこは極めて慎重になるべきだと思います。税の最適化は難しいですが、一般的な金額(米国ですと、遺産税などがかからない$10M程度まで)の投資自体は、二つから四つくらいのファンドを買うだけでも十分最適化が可能です。さらに言えば、それ以上でも投資自体が趣味でなければ、節税面だけアドバイスを受ければ十分だと思います。
また、皆さんも毎年tax returnを行っているのでご存じでしょうが、米国はlong termのキャピタルゲインに関してはかなり寛容で、年収によっては少なくとも連邦税に関してはゼロにすることも可能です。
以下は年金暮らしになって収入が大きく減った場合の例ですが、運よく課税口座内でテンバガーを当てたとしても、long-termならば売却の額と時期を間違えなければ、税金がゼロになる可能性はあります。ここが分離課税で一律の日本とは異なるところです。特に収入が大きく、引退用口座に入りきらなかった分を課税口座で運用している人にとってはクリティカルな知識になります。
これは課税口座での売却という税金をトリガーするイベントですが、たとえ大半の資金が401k / IRAにあったとしても、以下で述べる課税のタイミングやルールを理解しなければ長期では大きな差が出ます。そこで今後の人生における課税イベントを把握したり、不要なペナルティを避けるために、まず米国特有のいくつかの仕組みを見ていきます。
各ステージでのイベントと米国特有のしくみ
私も30歳くらいのころは引退や年金制度などというものは、はるか遠いことだと感じていましたのでまじめに勉強することはありませんでした。しかしちょうど40代が終わった今、だんだんと加速する体感時間の流れに危機感を覚えておりますので、このような記事を書いて、税や法律の専門家と効率よくコミュニケーションをとるためにも自分の知識を再確認する、という行為をしています。実際に調べ始めると、何となく言葉は知っていたけれどよく理解できていなかった概念などもあり、特に税と保険周りはきちんと理解しないと影響が大きいので以下で簡単にまとめます。
引退資金用口座の種別について理解する
これに関しては皆さんもう実際に使っている方がほとんどだと思いますので、その種類や機能については深くは触れませんが、大切なのは引退の時期やスタイル、収入によって最適な資金配分は人それぞれ大きく異なる、という点です。「Rothは入金すれば引き出し時に税金がかからないのでそれがベスト」とか「まずは何でもいいから所得税を減らすために全額Pre-tax口座に入金するのがいい」など、極端に単純化して話す人も居ますが、そんなに単純な話ではありません。例えば、年配のアメリカ人が「まずpre-tax」と言いがちなのは以下のような理由があります。
過去、特に20世紀中頃は、アメリカの所得税率は現在よりも格段に高く設定されていました。例えば1950年代には高所得者の最高税率が90%を超える時期もありました。この印象が尾を引いているケースも多いです。所得税が高い環境下では、所得を将来に先送りして税負担を軽減することが特に重要でした。そのため、前払い税制の退職口座でその時点で節税をすることが人気を集めました。しかし現在の環境はかなり異なります。近年の税率は、過去に比べてかなり低くなっています(上のリンク参照)。最高税率も、過去のそれと比較してかなり低い水準にあります。また、現在では将来の税率がどう変動するか予測が難しいため、pre-taxの退職口座とRoth口座のバランスを取る戦略が推奨されることが増えています。例えば、日本に引っ越す予定のある人が、住宅購入資金や介護施設入居のために大きな一時金が必要な時、pre-taxのものを一気に売却すれば大きな課税(所得税)イベントとなりますが、Rothならば問題なく無税で引き出せるといった具合に、引退後の予定やどういったお金の使い方をするのか(例えば、大型RVを購入して全米を旅をするとかは、これも大きな一時金がかかるイベントです)によって最適化のシナリオは変化します。少なくともこれらのすべてを自分で考えるのは私には無理なので、ここは素直に専門家の力を借りるべきだと考えています。しかし基本的な仕組みがわかっていないと、その専門家が明らかにおかしいことを言っていても気づけないですし、理解を深めることで専門家に対する質問の質を上げ、効率よくコミュニケーションをとることができます。ですから、自分で全てを計画しない場合でも、必ず基礎知識は必要です。
RMD (Required Minimum Distribution)
RMD(必要最低分配額)は、米国の退職用口座における、一定の年齢に達した際にアカウントから一定額を引き出さないと税的なペナルティがあるという規則です。これは日本人には全く馴染みのない概念かつ、失敗すれば相続や自分が利用できる金額にも大きく影響が出ますので少し詳しく見ていきます。RMDは、Traditional IRA 、401(k)、およびその他の税延長退職口座に適用されますが、Roth IRAはRMDの規則から除外されています。RMDの基本的な仕組みは以下の通りです:
開始年齢: RMDは、2020年のSECURE法の導入以前は70歳半から必要でしたが、現在は73歳からとなっています。2023年にはSECURE2.0方が導入され、予定では2033に開始年齢が75歳に引き上げられます
基本的な計算方法: RMDの額は、特定の年末の退職口座の残高とIRSの生命保険表を使用して計算されます。この表は、口座所有者の予想される寿命を基にしたものです。
複数のアカウントを持つ人: 複数の退職口座を持っている場合、それぞれのアカウントタイプごとにRMDを計算し、引き出す必要があります。例えば、複数のTraditional IRAを持っている場合、それぞれのアカウントでRMDを計算し、合計した額をいずれかのIRAから引き出すことができます。
税金: RMDの金額は通常、通常の所得税率で課税されます。
遅延と罰金: RMDを適切な期限までに引き出さない場合、引き出し忘れた額の50%が罰金として課される可能性があります。
このペナルティがなかなかに重く、さすがに無視するのは得策ではないです。
なぜRMDが必要なのか?
RMDは、個人が退職口座をただの貯蓄手段として使用するのを防ぎ、実際に退職資金として利用することを促進するために設計されています。また、税の先送りの恩恵を受けてきた資金に対して、最終的に税金を徴収するためのメカニズムともなっています。つまり、一度も税金を払わずに収入や利益を得ることは基本的にあり得ないという事です。また、そのほかにもRMDに関してはいくつか注意点があります。
RMD額は毎年変動する可能性があります。これは口座残高と寿命期待値の変化によって左右されます。また、開始年齢も平均寿命によって調整を受けるため、先に触れたSECURE 2.0法のようなアップデートで今後はさらに遅くなる可能性もあります。
計画的な引き出し: この大きなペナルティを考慮し、pre-taxの口座に多額の資金がある人は、税負担を適切に管理し、所得を最適化するためにRMDをいつどのように引き出すかを計画することが必ず必要です。そうでなければ、投資をして口座内では増えたが、結局税金が増えたのでもっと早く使うべきだった、という事すら発生します。
RMDはpre-taxで投資をしている(おそらくほぼすべての)米国在住者にとって重要な仕組みである一方、人生計画やその人の置かれている様々な状況で複雑に変化するため、最適化には税の専門家の協力を得るのがよいでしょう。Pre-taxで所得税をとにかく減らせばそれで万事OK、という単純な話にはならない理由がここにもあります。
55歳ルール(The Rule of 55)
RMDは一定以上長生きした時に、ある口座にため込みすぎた場合対処するべきことですが、この55歳ルールは逆に退職の最初期、もしくはアーリーリタイアに関係する仕組みです。これは、アメリカの退職制度において、特定の条件下で55歳以上の個人が早期に退職し、退職プラン(特に401k)から罰金なしで資金を引き出すことを可能にする規定です。通常、401kやその他の税適格退職プランから資金を59歳半未満で引き出す場合、所得税に加えて10%の早期引き出しペナルティが課されます。しかし55歳ルールにより、特定の条件を満たすと、この罰金が免除されます。
55歳ルールの主な条件
年齢: その人が55歳以上であることが必要です
雇用の終了: このルールを適用するためには、その人が55歳になる年かそれ以降に雇用が終了している必要があります。これは解雇でも自主退職でもOKです。
プラン特有の規定: 引き出しが許可されているのは、その雇用に関連する401(k)プランに限られます。以前の雇用者のプランやIRAからの引き出しは、このルールの対象外です。
税金: 55歳ルールによる引き出しは早期引き出しのペナルティを免除されますが、所得税の対象になります
このように、55歳ルールは現在の職場の401(k)に大きめの資産がある人には早期リタイアを支える一定の資金へのアクセスを提供しますが万能ではありません。あらかじめアーリーリタイアを目標にしている場合は、他の手法(課税口座での投資や次回以降に議論するRoth Conversion Ladderなど)を組み合わせる必要があるでしょう。
LTC保険
いわゆる長期介護保険です。米国は日本のような介護保険制度はないので、かなりのコストを自己負担する必要があります。それを補うための私的な保険がLTC保険です。突き抜けた資産額によって自力で払いきって死ぬことも可能ですが、日本に比べると驚くべきコストがかかるというのはあらかじめ理解したうえでプランニングをした方がよさそうです。(ちなみに下記は全米平均なので、CA州などははるかに高額です)
介護が必要になった時点で、現在価値で数百万ドルの資産があれば、それを使い切ることにより保険無しでも乗り切れる可能性はあります。10年以上介護施設で寝たきりというケースは日本ほど多くない(米国はそこまで無理やり高齢者を延命する文化はない)ので、夫婦で$5Mなどという金額がかかるのはおそらく稀です。終末期に一人当たり$1M~$2Mといった金額を介護費に払える人はそこそこの数居るでしょうが、子供にいくらかのお金を残したいと思っているならば、保険でそれをある程度圧縮するのも一つの考えです。
「アメリカは医療費が高い」というのは我々米国在住者ほぼ全員が共有できている知識でしょうが、それが保険でカバーできるとしても、介護に関してはそれでは解決策にならないために別途準備する必要がある、というのも忘れがちなポイントです。50を過ぎて基本的に米国に残ることを決めている人は、掛け金は年何千ドルというオーダーで、一万ドルを超えるようなことは基本的に無い(はず)なので、米国で死ぬ場合には必須と言ってよいかもしれません。
まとめ
今回は死までの一般的なスケジュールと、その間に起こる各種税的なイベント、それらを考慮に入れたタイミングの計画性の重要さを見てみました。後半で触れた米国独特の仕組みはどれもなじみがなく複雑ですので、のちにさらに掘り下げようとは思っていますが、こういった複雑な問題に対処するためには、全部自分で解決しないケースでも、専門家の話を理解する・良い質問をするためにすら基礎知識が必要だとご理解いただけたのではないでしょうか。
(第四回に続く)
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