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12月30日のサンタと着ぐるみ猫

幼少の頃、着ぐるみのキャラクターが怖かった。人生で初めて見た着ぐるみが「ゲゲゲの鬼太郎」だったからだと思う。祖母に連れられて見に行った着ぐるみショーがそれだった。

正確に言うとショーは怖くて見ずに帰った。ショーの会場に近づくにつれ聞こえてくるあのおどろおどろしいオープニングテーマソング。そして、前方20メートル先に見えるゲゲゲの鬼太郎ご一行様。私の足はストップする。「おばあちゃん、こわいよぉ~。帰る。」

そんな私が将来着ぐるみを着ることになるとは、人生わからないものである。

学生時代、試食販売のバイトを何度かしたことがある。派遣会社に登録をして、いろいろなスーパーへ行く。

「いらっしゃいませ~。いかがですか~。こちら新発売の○○です。どうぞ食べてみてください。」っていうあれだ。

「千葉県のスーパーなんだけど行ってくれる?」と連絡が入った。当時住んでいた吉祥寺から千葉のそのスーパーまではかなり遠かったが、私はその仕事を引き受けた。

スーパーに到着すると、もう一人私と同じくらいの年齢の女性も来ていた。仕事の説明が始まる。

「『おっとっと』ってお菓子、あるでしょう?あのお菓子の企画でね、お菓子を買ってくれたお客さんに応募してもらって、当たった人にクリスマスプレゼントとして、おっとっと猫とサンタさんと一緒に写真を撮ってプレゼントっていうのがあって、この前やったの。でもさ、写真がうまく撮れてなくて、今日はもう一度撮り直しなの。君たち二人でサンタと猫になってくれる?車でお客さんの所に行くから、決まったらこれに着替えて。」

聞いてない!聞いてない!なんでサンタ?なんで猫?なんで着ぐるみ?

でも若き貧乏学生はバイト代がほしかったので、渋々引き受けることにした。というか、それしか選択肢がなかった。

もう一人のバイトさんとじゃんけんをした。私はじゃんけんに負けた。サンタは帽子をかぶったり髭をつけるけれども、そこそこ顔を晒すことになる。猫はその心配がないけれども、引くほど顔のパーツが大きい。彼女は悩みに悩んで、サンタを選んだ。

もう、どうにでもなれ!-やけくそ気味の私。

「子どもの夢を壊さないように、着ぐるみの頭は子どもの見えないところで外してね」の声に送られて私たちは出発した。

前にも一度、サンタと着ぐるみの猫は訪問していただけあって、子供たちから大歓迎を受ける。

「わー、サンタさんだっ!また来た!プレゼントちょうだい。」サンタさんは、もちろん人気者だ。当時、おっとっと猫はCMによく登場していたから、こちらも人気者のはず。私はディズニーランドで働くキャストばりに可愛い仕草で子どもたちに近づいていく。

「お!おっとっと猫だ!!」と言うが早いかぼこぼこにされる。なんで?しっぽをつかまれる。お尻を蹴られる。バシバシ叩かれる。ちょっ、なんで?

写真を撮る間だけ、平和だった。

「じゃあねー」サンタさんといっしょに手をブンブン振って、乗ってきた車に向かう。その日は12月30日だというのに、記録的な暑さで着ぐるみの中で私はシャワーでも浴びたかのような汗をかいていた。

早く頭だけでも外して、私に戻りたい!!

子どもたちが着ぐるみのお尻と背中をバシバシ叩きながらついてくる。
着ぐるみの中の私は心の中で絶叫する。

こらぁ!ついて来るなーーーー!私は一刻も早くこの頭とさようならしたいんだっっ!!
(是非、巻き舌でお読みください)

仕事を全うするために、車に乗ってからもすぐには頭を外さなかった。がんばった私。でも、サンタさんと同じ時給なのは納得いかなかった。サンタさんも、汗だくになって肩で息する私を見て同情してくれた。

スーパーに戻ると、「じゃ、頭、預かるね。あ、胴体もここで脱いでくれる?足だけあとで返してね」と足先を除いてほぼ私に戻された。

更衣室に向かうため、従業員用のエレベーターの前で待つ。扉が開くと、パート帰りのおばさまたちがいらっしゃった。

「ぷっ」

本当は爆笑したかったのだろうけど、我慢してくれたようだった。汗で色が完全に変わってしまったTシャツにジーンズ、モコモコの猫足の私に気をつかってくれたのかもしれない。

疲労感を引きずりながら家路についた。

大変なバイトだったけど、いいネタにはなった。

「ねーねー、変わったバイトってしたことある?」



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