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アシンメトリーの果てに・その後 編

理髪編のあらすじ

治外法権の宗教総本山で、周囲の信者の目に
晒されながら教祖さんの手によって丸坊主に
された利喜弥。回想巨編、遂に終幕________!


・時が流れて…

俺が21歳のときに両親が熟年離婚し、
4年後、俺が25歳のある日父が連絡を寄越した。
飯でも食いに行かないかと。
まぁ親の離婚云々の折には色々あったけど、
既に全ての終わりを見て落ち着いたし、
俺自身は父は嫌いではないから快諾した。

・何を語る?

当日、時間に合わせて駅まで迎えに行った。
親同士が離婚してからたぶん初めて父に会う。
いざ会えばやはり親子、あんまりテンションは
変わらない。丁度よい距離感を保つ感じ。

駅周辺エリアには俺の方が詳しいので、以前から
飲食店の同業付き合いをさせて頂いている
仲良し夫婦が切り盛りするあたたかい雰囲気の
串揚げ屋さんに入った。ここが丁度よく感じた。

俺はレモン酎ハイか何かを飲んで、父は麦焼酎の
烏龍茶割りか何かを飲んでいた。
界隈でもうまいと評判の店とあり、酒も効きはじめ少しカタかった俺たちの雰囲気はすぐに
柔和なものに戻った。

色々話した。
父に新しく彼女が出来たらしいが早々に別れ、
諦めたように話す父曰く「女はよう分からん」。
その話が終わればやはり宗教の話を持ち出し、
俺もさすがにうんざりして「またか…」と。
せっかく親父と息子水入らずで初めて酒を
飲みに来たんだ。こんな話をしたい訳じゃない。
だが何を話そう?

・アレについて

そうだった、アレについて訊いてみたかったんだ。
9年前の夏、

教祖さんが俺を丸坊主にしているのを
見ているあの瞬間の父の心境について。

ズバリ訊いてみた。

「高1の時さぁ、教祖さんにふざけた髪型や
言われて坊主にされたやん。うん、まぁ無理矢理
そういうの始まったやん?」

「あの時アレ見ててどう思ったん?」

さぁ、どう出る?
こりゃあ正直、父にとっては来るとは予想だに
しない質問だったであろう。
この件に関しては俺と教祖さんとの事件であり、
父が何ら関係している訳ではない。
だがその俺という息子をもつ父からは、
以降何の言及もない。帰りの車の中でも。
それを訊かぬことには俺の事件は終わらない。
さぁ聞かせてくれ。

カウンター席に座った俺と父。
ふと右をちらと向いて父の顔を見ると真正面にある厨房奥の銀色の壁を見るように遠い目をしている。
俺は煙草に火をつけてみた。間が持たないから。

やがて約9年間も閉ざした口が開いた。

「あの時か、あの時なぁ…」

「よく、覚えてないねん」


えっ。

「何かなぁ、うん…あの時…なぁ、

   よう覚えてないねんなぁ…」


嘘やん…
そんな事ある?

あのー…俺の見立てが正しければやで?



逃げた。このオッサンは逃げた。
覚えてないって言って逃げた。


俺は何も出来ず、かといってものも言えず、
自分が飲む酎ハイのグラスにつく結露を見て、
他の客の串を揚げる俺の真ん前にいる
店主の顔を見て、煙を歯と唇のすきまから吐いて、
たんたん、たん、と灰皿に煙草を当て伏し目がちに

「そっか」

としか絞り出せなかった。

メンタルのキャンバスに多くの色がついた。
怒り、呆れ、諦め、悲しみ、疑念、軽蔑。

煙草をねじり消して立て続けにまた
新しいラッキーストライクに火をつけることで
同時にそのキャンバスを燃やして捨てた。
また、軌道を変えるために口角の上がる話をして、
俺が会計をして二人で店を出た。

それはそれとして、無理くり気を取り直して
せっかくなので2軒ほどバーではしご酒をして、
父が最終電車で帰るまで初めてのサシ飲みを
楽しんだ。串揚げ屋を出た後の話もあるので
それはまたの機会に。



・覚えてないって絶対嘘やん

……やんね?絶対嘘ついてるよね。
良きにつけ悪きにつけ、自分の息子が他人によって
丸刈りにされる様を忘れるって多分無理よね。
まして自分が信仰する宗教の教祖さん自ら
手を下している様を。
てかバリカン持ってくる前のくだりから
ずっと見てたよね?そこに居たよね?
あと、信者は坊主にしなければならないルールとか
ないからね。異例中の異例。

本人の同意なく髪を切ったり刈ったりする行為は
傷害罪とされるらしいけどもうそんなことは
問題じゃないよ。
アンタというシャバい父親の問題。

あのさ、法話を聞いてるとき誰よりもメモ帳に
書き殴ってるのアンタだったじゃん。
日常的にそうしてるアンタが教祖さんの
一挙手一投足を忘れるって相当じゃないの。
我が息子と教祖さんとの間に起きた出来事だよ?

欲を言えば介入してほしかった。
「次来るときまでにはキチンとさせますので!」
「せめて自分がやらせてもらいます!」とか。
その宗教施設の中では絶対的に教祖さんが偉くて
信者はそれに従うのみなんだけど。分かるけどね。
俺がコンクリの地面に四つん這いになって
屈辱を味わってる間、どうしようもなく
突っ立って見てただけじゃないの?
俺は物理的にアンタの様子は見られなかったけど。
自分の息子のことなのに我関せず?

それをいざどう思ってたか訊いたら
「覚えてません」だと。
…メモってなかったの?持ってたでしょ。
いつでもポケットに忍ばせてたの知ってるよ。
普段のメモの使いどころってソコじゃね?
忘れない為の、覚えてないという状態に
陥らない為のメモじゃないの?違う?


・その後のその後


……まぁ思い出したら腹が立ってくるアレに
今なってる訳ですけど、前述の通り、
串揚げ屋さんを出た後のくだりでちょっといい話が
あったのでまた書きます。

“ちょっといい話があったけど別件で

俺が強めの説教をかました話”


があるので、またいずれ書きます。ではでは。

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