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アシンメトリーの果てに・理髪編

・デビュー編のあらすじ

利喜弥のアシンメトリーヘアの前に立ちはだかる
バリカンを手にした教祖さんと対峙する_______!

利喜弥の運命やいかに…

・バリカンを握り、着手

「バリカン持ってこい」の時点で、
俺の髪に何かしら手を加えるのは確定だ。
まぁ、丁寧じゃない刈り上げをしたんだから
仕方ないといえば仕方ない。

みんなが見ている前で俺は両膝をつき、教祖さんが
バリカンを俺の刈り上げの部分から刃を
入れ始めた。まぁそこからだよな。うん。

「刈り上げが汚いからそこをいい感じに
教祖さん自ら整えてくれるのか…なるほど…」

とか思っていたら、ツーブロックの部分が
終わったら気付けば前髪の生え際から

ガー…ガリガリガリガリガリガリガリガリガリ…………


と、情け容赦なく刃が一定のリズムとスピードで
襟足まで頭の曲線に添って刈り取り始めた。

どうあがいても引っ込みのつかぬ事態になった。
ただ、教祖さん自ら断髪式を始めたし、
周りを取り囲むのはもちろん教祖さんが
言う事や為す事は絶対の信者の大人達。
子どもは俺だけ、静かな圧力を肌で感じて
抵抗することも出来ず淡々と丸刈りにされている。
夏、強い日光が照りつける田舎にある宗教の
総本山の敷地、屋外で。
異様な光景だったろう。

・フラッシュバックするシネマ


そこで父親がどんな反応をしているか、
どんな顔をしながら見ているかを首を上げて
動かして父の姿を探して確認したかった。
だが、「後ろやってるから動くな」などと
言われるから微動だに出来ない。
それからは心を殺してされるがままにした。
しかし、1年前に初めて観た映画のことを
思い出していた。

「es [エス]」だ。


かの有名なスタンフォード大学の、実際に行われた監獄実験を基に作られ、大きく物議を醸した
ドイツのサイコスリラー映画だ。
一般公募で集まった数十人の男達が被験者となり、
看守チームと囚人チームに分けられ、2週間の間に
大学内の模擬刑務所の中で、与えられた役割を
通して人間はどういった心理状態になるかを
観察するという。
主人公の新聞記者タレク/囚人番号77はネタとしての
興味と報酬4000マルクに惹かれ参加を決意する。

看守チームが執行する、肉体及び精神に対する
囚人への罰が次第にエスカレートしていき、
相手の気を逆撫でする行動を頻繁に取るタレクが
目をつけられ、監視カメラの死角に拉致され、
口にガムテープを貼られ、椅子に縛りつけられて
否応なしに看守達の罵詈雑言を浴びながら、

面白半分に丸刈りにされ、その上数人から

小便をかけられ、耐え難い苦痛と屈辱を

味わわされるシーンがある。


映画界でも有数の胸糞作品としての呼び声も高い。

…俺はそれを思い出していた。

タレクよりは生ぬるいシチュエーションとは言え、公衆の面前で不本意に抵抗する術もなく丸坊主にされるのは屈辱以外の何物でもない。


ましてや、異性の目を以前より強く気にし始め、
お洒落に本格的に気を遣い始めた16歳だ。
利喜弥はそんな少年だった。


きっとタレクよりはマシだ…と思いながら
耐えていたら程なくして断髪式は終わった。
さっきまでギャラリーに徹していたであろう
他の信者さんがせかせかと、落ちた俺の髪の毛を
掃いたりホースの水で溝に流していた。

…不幸中の幸いというか、幼少期からよく
似合うという理由で両親から坊主やらスポーツ刈りにされ、16年間ほとんど短髪で過ごしてきた。
なので、並みの少年よりはショックが少なかった
と思う。いやショックだけど。
アシンメトリーにして色気づきたかったんだし。

それからはある程度受け入れ、いじける事もなく
気長に伸びるのを待ち、それから好きに髪型を
楽しんだ。その代わり、もうその総本山には
行かなくなったと思う。

その出来事があってから、

その後行った記憶がほとんどない。


次の記事へつづく…

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