みせとものときろく ヴィンテージ時計編『江口洋品店・江口時計店』
ヴィンテージ時計編のご紹介
"もの"の背景を作り手・伝え手の目線で届ける。
「みせとものときろく」
ヴィンテージ時計編 第2回です!
第二回は日本国内では珍しく、本格的な時計工房を併設する「江口時計店」さんです。
ヴィンテージ時計業界を先頭で引っ張る江口さんの深い部分までお聞きすることができました。是非お楽しみください。
江口洋品店・江口時計店 基本情報
Shop name : 江口洋品店・江口時計店
Owner name : 江口氏
Category : VITNAGE WATCH・VINTAGE GARMENT
Adress : 東京都武蔵野市吉祥寺本町1-34-11本橋ビル1F
Buissiness Hours : 11:00~19:00 定休日、火曜日
Instagram : https://www.instagram.com/eguchistore_official/
Web : https://eguchi-store.jp/
Chapter1 原点
神谷: 江口さんの原点を教えていただけますか?
江口: 祖父がベンツやポルシェの左ハンドルを、右ハンドルに変える仕事をしていました。その後、父も板金工場を受け継いで私が小さい頃からヴィンテージカーのレストアをしていた記憶があります。
祖父は世代的に骨董品が好きで、竹の釣り竿など様々なものを所有していました。仕事をしながら遊んでいるような、好きなことを仕事にしている姿が印象に残っています。
父親の時代は旧車ブームで、古い車を世界から買い付けてレストアするというのが流行っていました。
例えばアルファロメオのジュリアや、ジャガーのMk.1やMk.2が身近にあって、かっこいいと思う感覚が子供心にありました。
新しい車と古い車って違うんですよ。
古い車に乗せられたときに、伝わってくる振動が好きでした(笑)
そんな私も18歳から20台近く車は乗り継いでいます。
機械”もの”がもともと好きなのは祖父・父の影響ですね。
Chapter2 創業
神谷:お父様の会社を継ぐという選択肢もあったかと思いますが、結果的にご自身でビジネスを始めることとなった経緯を教えてください。
江口: 父は会社を畳みました。私は高校卒業後にシルバー職人になるべく道具を集め、シルバー細工をしていました。”もの”を作ることが好きだったんです。
古着も好きですね。ごちゃ混ぜの山から自分の好きなものを探す感覚が楽しかったですし、何より当時は今と比べて安かったです。
23歳で古着屋を起業して買い付けと販売を行っていました。探すことは楽しかったのですが、30歳を過ぎた頃から安く仕入をして、そのまま高く売るというビジネスに飽きてしまっていました。簡単すぎると言うか、作り手には拘りがあるけど、二次流通の自分達には拘りが無かったからだと思います。
神谷:古着から時計に転身されたのですね。時計との出会いから自身の生業にするストーリーを教えていただけますか?
江口: 初めてのヴィンテージ時計を手に入れたのは19歳の頃でした。それはロレックスのオイスターデイト Ref.6694(※1)だったんです。当時は確か日本円で5万円くらいだったかな?
19歳の頃、父の紹介で、半年ほど知り合いの社長の元で働いていました。マレーシアに連れて行ったもらったときに見つけたのが、ジャンクのロレックス6694でした。
帰国した後、青山学院大学の近くにあった時計店で修理してもらいました。
それ以降、新品の時計を見てもあまり響かなくなりました。オメガのスピードマスターやセイコーのジウジアーロは買いましたね。古いものって手元に来た時点で雰囲気があって良いなと、もちろん刷り込みはありますけど。笑
それで10年ほど古着をやって、ある程度貯金がたまったので、もっとハマれることをしたいと思い、シルバー細工の道具をを全て友人に譲りました。
その代わりに気になっていた時計の工具を揃えました。
そして、手元にあった時計をバラしてみたんです。
分解してみて分かりましたね。これは直せないと。
時計をちゃんと動かすことは普通の人ができることではないんです。
100万円の”もの”を購入いただくことに対して、販売する側がその”もの”をわかっていないとダメなんです。
店をオープンするまでの約3年間は、同じメーカーの同一年代同一個体を買うというのを繰り返していました。ロレックスの同じモデルを20本買ったりとか。その間に時計をばらすこともやっていましたが、組み上げてもちゃんと動かないこともあって。
そこで自前で修理工房を構える時計屋を2016年に創業しました。
神谷: 協力してくれる方はどのように集めたのですか?
江口: 僕が何かをやりたいときに手を挙げてくれる人が現れてくれます。人とか物が集まってこうしてお店ができている。本当に感謝です。
面白かったのが、古着とは違って時計屋は一人では完結しないということです。古着は買ってきて売るだけ。ですが、古い時計はそもそも市場が小さいので、1万本あっても売りたいものは数本しかない。だから自分一人では仕入れるには限界があって繋がりの中からアンティークウォッチを譲ってもらったり必要があります。
修理に関しても、一人ができるものは本数が限られています。
修理をしてストックリストに上げる人、接客する人。時計屋というのは、チームで初めて完成するビジネスモデルだと考えています。
時計に限らず車もですが、機械物は取り扱いが難しいからこそ自分たちで出来たときは面白いんです。
Chapter3 強みと特徴
江口時計店の強み。それは確実な真贋と、ストイックなまでの氏の信念である。
江口:僕、日本では殆ど時計を買った事が無くて。海外の小さくて家内事業的な、オーナーと技術者が一緒にやっている様なお店のスタイルが好きなので、中身の事を解って居るか、修理もしてくれるかどうかを吟味しながらお店を選んでいます。
そもそも中身が分からないのに時計屋とかできないでしょと思っていました。
自分が好きなジャンルは機械を作るのに長けていたメーカーで、機械に憧れがあります。なので外(ケース)と内(機械)の整合性を検証するということをやり続けています。
神谷:やはりご自身のおじいさまとお父様が営んでいた車と時計が感覚的に近いんですね。車は命を預かるもの。時計もしっかりと動かないとダメ。売ってから関係がスタートという感覚ですね。
江口:そうですね。それがわかっているのになぜ修理工房がないのか疑問なんです。日本人は頭が良すぎるんですよね(だから分けて儲けようとする)。なので別の道を歩んでいます。
高橋:確かに日本国内で修理工房を構える店はほとんどないですよね。修理工房があるとないとではお客様目線で安心感が違います。
江口:はい。例えば、家具メーカーも同じで作ったものは誰かが責任を取らなければいけないわけです。
メーカー・お店からすれば、販売して終わりかもしれない。だけど購入した人が使って壊れたときに困ってしまう。使うことまで責任を取らないといけないんです。
製造と販売を切り離すと確かに儲けることができます。
販売から修理までトータルで面倒を見ているメーカーは例えばエルメスとかですよね。何がその違いを生んでいるか。覚悟です。
何かを成し遂げるのであれば美味いところも、不味いところも両方味わないと本質は見えないんです。美味しいと不味いのちょうど良い塩梅をいつも考えています。
神谷:見えているところ以上に覚悟があるのですね。やってきて達成したなと思うことと、達成していないなと思うことを教えてください。
江口:達成したことは、誰から見ても時計屋になったことですね。達成できていないことは、時計が壊れてしまったときにどこに相談すればいいかというのをまだ伝えきれていないことです。出会った時計はすべて直して返してあげたいです。
神谷:時計を扱うビジネスとして確信を突いているなと素人ながらに感じますし、こういったお店が増えていく事を一人の消費者として切に願います。江口さんがお弟子さんを取って、そのお弟子さんが暖簾分けをするようなことは考えていらっしゃらないのでしょうか?
江口:私のやっていることを拡げるのは難しいと思っています。修理で儲けるのは正直厳しい。
例えば、弟子を取ってその子が大阪で店を出店したとしても、うちの店が3万円で修理をする内容を、その子は1-2万円でしか修理を受け付けることはできないわけです。
新しくできたお店にうちと同じ金額を払う人はいません。そうなると結果的にマイナスからスタートです。マイナスも込みで商売するには相当に強いハートを持っていないといけません。
うちは修理工房から全てを抱えているため、普通の時計屋が30万円で売るものが35万円になってしまいます。普通に考えたら、成り立たないですよね。
購入していただけなければどんなお店も潰れてしまいます。でも潰れていないから良いんです。
日本で一番高い店だねといわれることもあります(笑)
「値段で勝負はしていない」ということは常にスタッフに伝えています。
修理や販売のどこかを切り落としたら暖簾分けとは言えません。
本当にハートが強くないとやっていけない世界なんです。
俯瞰してみたときに、目の前に100万円と50万円があるとして、何もしなければ100万円ゲットできるけど、何かすると50万円しか手に入らない。その時に何かをして50万円を手にした方がかっこいいじゃないですか。
そういうことすると皆が見てくれますし、勝負をした時に結果が違います。
神谷 孤高の道ですね。
江口 ハートですね。メンバーを抱えているので投げ出すことはできないんですよ。やると決めたことはメンバーと一緒に話し合いしてやります。
もちろん私も人と違うことをやるのは怖いです。
でも、悩んでいるお客様に対して絶対にその時計を直したほうが良いとは言いませんし、自分たちの売り上げのために絶対売りましょうとかはありません。メーカーではないので、そもそもノルマを設ける必要はないんです。
売れなきゃ潰れるだけです。
神谷:販売されている方と技術者のマネージメントはどうされているのですか?
江口:やっぱり守る側(修理)と売る側は違います。
守る側は90年代の新しめの機械が良いというのですが、売る側は古いものがかっこいいので売りたいわけです。
好きなところ、盛り上がっているところも違います。喧嘩も普通にありますし、難しいところもあるのですが、これが面白い。
売る側にも責任が伴いますが、直す側はより責任がかかります。
そこをバランスよくやるのが時計の仕事ですね。
神谷:仕入れは江口さんご本人がされているのですか?
江口:はい。昔から譲ってくれといわれているのですがまだやめられません。
昔から、パソコン一台で世界を飛び回って仕事をするということに憧れがありました。
仕入した後に海潜ったり遊んだりしています。
真贋の道には終わりはありません。これだというものに出会ったときの高揚感が一番楽しいです。
トレジャーハンターの血が騒ぐと言うか。失敗も含めて全てが楽しい。
大損こいたときは逆にスタッフが心配しますよ。笑
なので、私はトライアンドエラー担当ですね。笑
神谷:仕入れを経験する中で江口さんご自身の変化などもありますか?
江口:当然ありますよ。
仕入れも古いものが好きだと思って買い漁りますが、その中で新しい"もの"や時計以外の"もの"に出会ったりして影響を受けることもあります。
仕入れとは関係ないところでも、車をセダンから四駆に乗り換えたりすると好きな時計が変わったりしますしね。
持ち物は人となりを表します。
それはお客様に対するスタンスも同じです。
うちに来てくれたからには「これを着けたら絶対にモテる」ではなく、「自分の価値観に自信が持てる」ようになる。そういう店でありたいと思っています。
Chapter4 今後の目標
神谷:今後の展望を教えてください。
江口:今年の年末に渋谷の松濤に販売店舗を移動し、吉祥寺は修理工房のみにする予定です。それが日本でやる最終形態です。
10年目を良い感じに迎えたいと考えています。
神谷:日本でやる最終形態とおっしゃっていましたが、海外での出店も視野に入れているのでしょうか?
江口:海外からの仕入れプラットフォームを構築しています。
世界中の古い"もの"を持っている人といま以上に出会って、その"もの"を日本に持って帰ってくることをお店を気にせずできる環境というのが、考えている完成形ですね。
神谷:最終的には、時計以外の古い"もの"も含めてプラットフォームを構築されるということですか?
江口:そうですね。日本の形はこれで完成です。洋服の修理も始めますので、そちらも松濤に持ってきていただくという形になります。
羽田空港から直接タクシーで来られるお客様もいらっしゃいます。そういった方の時給は数万円だと思うので、それだったら僕たちが家賃を払って松濤にいる方がお客様に優しいのではないかと考えました。
高橋:羽田空港ということは海外からもいらっしゃるのでしょうか?
江口:そうですね。この形態(工房を併設していること)からなのか、時計屋とはどうあるべきかを世界に示すことができている証拠だと思います。
それ以上の魅力がないと、このインターネットが普及した世界で、直接海外に行くというのは考えられないと思います。なので、その魅力というのを伝えることができているのではないかと考えています。
神谷:お客様から掛けられてうれしかった言葉はありますか?
江口:やはり、盗難事件(※3)の時の出来事ですね。
事件の翌日くらいにロレックスが20本入った箱が届いたりとか、お客さんが直接警察に働きかけてくれたりとかしていただけたんです。
更に、パソコンに全国から溢れんばかりの応援メッセージが届いたんですよ。
それを見て自分達がやる存在の意味を知ることができました。それを味わったことで感覚的に研ぎ澄まされました。言葉の力は大きいです。
こうやって取材を受けて話しているときも、いろんな人の言葉を聞いて、自分に迷いがない状態でいることができているからだと思います。
Chapter5 オーナー江口様を象徴する”もの”
Chapter6 これから来るお客様へのメッセージ
Extra 江口氏のおすすめ商品
江口氏のおすすめは、意外にもIWC(インターナショナルウォッチカンパニー)である。
IWCはアメリカ人がスイスで創業した時計メーカー
オールドインターを代表する手巻きのCal.89や、自動巻きのCal.85系は仕上げも良く、精度もピカイチ。あらゆる時計評論家が評価する。
江口氏によると、IWCは三大雲上時計(※3)を持つユーザーをターゲットにした二本目・三本目用の時計として売り出しをしていた。確かに良質な外装と機械、普遍的なデザインの本メーカーは普段使いにはぴったりである。
編集後記(メンバー高橋)
取材の後、江口さん行きつけのお店でごちそうしていただけるという機会に恵まれました。時計屋をやるには、中の機械を知ったうえで、その時計の魅力を理解し人に薦めなくてはならない、というお話は時計屋であることの本質を突いていました。
この話を聞いて自身の時計生活を思い返すと、なるほど確かにあまりムーブメントに注目することはありませんでした。
そもそも、時計に求める要素というのは、人によって違います。デザイン性を求める人、ステータス性を求める人、実用性を求める人、仕上げの丁寧さを求める人。私はデザイン性に重きを振っていました。しかし、時計屋をやるにはそれでは不十分。時計マスターになるしかないのです。
ということもあり、最近はムーブメントの仕上げや機構に注目しています。幸いなことに周りには先達がたくさんいらっしゃいます。私の時計旅はまだ始まったばかりです。
この場を借りて取材を受けてくださった江口様に再度御礼を申し上げます。本当にありがとうございました!
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