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じぶんよみ源氏物語 4 ~中流女性の意地~

手に入れたつもりが、すり抜ける

ダークな輝きに満ちた
第1帖「桐壺」の次は「帚木ははきぎ」の巻です。

「帚木」とは、
近づくと見えなくなる伝説の木のこと。
信濃国園原そのはらにあったとされます。

ここで出てくるのは「空蝉うつせみ」という女性。
手に入れたはずが、するりと抜けていく人。

光源氏が襲い掛かろうとする寸前に、
羽織っていた着物を蝉の殻のように残して、
逃げ去るのです。

「帚木」という巻名も、
光源氏と空蝉の和歌から来ています。

(光源氏)
帚木の心を知らで園原の
道にあやなく惑ひぬるかな

(訳)
近づくと見えなくなる帚木のような
あなたの心も知らないで、
園原の道にわけもなく迷ってしまいました。

(空蝉)
数ならぬ伏屋に生ふる名の憂さに
あるにもあらず消ゆる帚木

(訳)
とるに足らない貧しい伏屋の生まれと
言われることがいやなので、
そこにいることさえできない帚木
それが私なのです。


そう簡単には女性になびかないが、
萌えた人は何としてでも手に入れる性癖が
光源氏にはあります。

それに対して、
身分差の恋に激しく心が揺れる女性。
上の歌でも使われる
「憂さ」(「憂し」・いやだ)
に象徴される苦悩を、空蝉は抱えます。

平安文学では、よく見かけるシーンです。

雨夜の品定め

「帚木」巻のキーワードは「品」。

ある夏の雨の夜、
光源氏たち4人の男は、
恋愛談義を繰り広げます。

この時、
光源氏の心にあるのは、もちろん、藤壺。

すると、メンバーの1人、
左馬頭さまのかみが体験談を語ります。

「成り上がりの女性にも限界がある。
高貴な女性も世間知らずだ。
その点「中の品」の女性は悪くない」

受領といひて、
人の国のことにかかづらひ営みて、
(中略)
中の品のけしうはあらぬ
選り出でつべきころほひなり。

(訳)
受領と言って、
地方のことにかかかずらっている
(中略)
この中流階級でも悪くはない女性を
選び出せそうなご時勢ですよ。


光源氏は、ハッとさせられます。
自分が知らなかった階級の女性。


人生は偶然から成り立つ

翌日、左大臣家に行った光源氏は、
妻・葵の上の高貴な態度にうんざりします。

それで、「方違かたたがへ」を口実に、
紀伊守きのかみ(紀伊の国司)が
最近新築したという邸に赴くのです。

まさに受領階級の家です。

紀伊守の父は伊代介いよのすけ
この人が空蝉の主人で、
パパと娘くらいの歳の差があり、
有頂天になっていると聞きます。

このタイミングで、
空蝉も同じ邸にいたのです。

「方違へ」
《陰陽家の用語》自分のいく方向に天一神(なかがみ)などがいて方塞(かたふたがり)となる場合に、前夜に他に宿って、目的地への方角を変えてから行くこと。

岩波古語辞典

偶然のなせる業に、
光源氏はこうつぶやきます。

かの中の品にとり出でて言ひし、
このなみらならむかし

(訳)
あの時に言っていた中の品とは、
この程度の家なんだろうな

この夜、光源氏は、
衝動にまかせて空蝉を奪い取ります。

空蝉と紫式部

雨夜の品定めで、
左馬頭さまのかみは地方に関わる受領階級のことを、
見下した言い方をしました。

受領といひて、
人の国のことにかかづらひ営みて、

「地方のことなんかにかかずらってさ、」

くらいのニュアンスでしょうか。

ところが光源氏は、
見下すどころか、
中の品の女性に強い興味を抱き、
夢中にすらなります。

紫式部は、
当時にして、かなりの晩婚でした。
父は越前(福井県)の国司で、
若くして父に同伴しています。

つまり彼女自身が「中の品」だったのです。

しかも夫は
親子ほど歳の離れた男性。
ここも空蝉と重なり合います。

空蝉という女性の生き様は
次の巻で描かれるのですが、

ここでは、
光源氏が地方に赴く受領階級の女性を
見下さなかったことが大切だと思います。

平安時代は、律令制度によって、
中央集権体制が出来上がっていました。
中心は天皇。帝です。

その中で
地方に尽力する人を描いたのは、
紫式部の意志だと私は思います。

現実社会の紫式部は、
宮中の恐ろしい人間関係にさらされながらも、
地方で必死に生きる人たちのことを忘れず、
物語の大切な場面で登場させました。

ついには「中の品」の女性が
天皇の子である光源氏の心をつかんだ。

確かにプレイボーイな光源氏ですが、
ここで浮き彫りになるのは、
むしろ「中の品」としての空蝉の葛藤です。

光源氏と空蝉の意地の駆け引きは、
さらに次巻に続きます。

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