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ケズレヴ・ケース〜スピンオフ〜

正篇 は、こちら

エミリア・カートライト責任編集
 美少女専艦こおでりあ。 -Episode:0-

「お疲れさまでした、艦長。今年は如何でしたか?」
「如何も何も、毎年、代わり映えはせんよ」
「まぁ、そう云うモノですからね、あの手の集まりは……」
「私は、元来、あぁ云う宴席の場と云うのはただでさえ苦手なタチなのだ。それでもウチの群司令部主催のヤツはまだマシな方だがな」
「そうなのですか? 小官はこの光宙艦群以外を知りませんので、どこも同じなのかと……」
「群司令の器量次第だな、ウチの群司令はその点では文句のつけようがない。それは確かだ。だが…部下を気遣うにしても…な」
「仰る意味が、小官には判りかねます。部下を気遣うのは上官の義務なのでは……」
「無論、そうだ。だがそれがために群司令が採用されたアレだ……。Break Go!とか云うパーティールール……」
「無礼講のことですか? 」
「そう。それだ……」
「ですが、あれのお陰で誰に気兼ねすることなく、存分に愉しめると一般航務員たちにもウケが良いようですが」
「それは常識を知り、常日頃は礼節を弁えるものの言葉だ。ウチの光宙艦群にはいるだろう? そうではないのが……」
「あぁ、艦長の奥さまのことですか?」
「まだ、妻ではない!」
「まだ?」
「あ、いや、聞き流せ、ただの言葉のあやだ」
「ご命令とあれば……。しかし、確かにそうですな、奥さま、いえ、群旗艦艦長にとってはある種の免罪符を熨斗つきで差し出されるようなものでしょうし……」
「あれではお目付役の鬼の副長も手の出しようがなかろうよ……」
「確かに……。小官などは、本艦での直交代のお陰で宴会場へ出向く日時が群旗艦艦長とはシフトがずれておりますから……。ある意味、これは艦長に感謝すべきことなのかもしれません」
「いや、いつでも替わるぞ? 何なら当直二日分を私が引き受けるから、次は貴官が行ってくれないか?」
「……。当直二日分ですか……。いや、やめておきましょう。群旗艦艦長のみならず、各艦の伝説級のお歴々との宴席は、今の小官には少し荷が重すぎます……」
「そうか? ……ところで貴官は先ほどからずっと何を熱心に読んでいるのだ?」
「あぁ、これは失礼しました。艦長がお帰りになられたので、つい直勤務の引き継ぎもないまま、ズルズルと非番のつもりになっておりました」
「いや、まぁ。緊急時ならともかく、平時にまでガミガミ云うほど、私は綱紀粛正などとうるさいタイプではないよ。特に引き継ぐことも…ここに書いてある以上のことはなかったのだろう?」
「いえ、本当に失礼しました。小官としたことが……」
「うん、まぁ、確かに貴官にしては珍しい。だが、咎め立てする程のことでもないがな……。それでそれは一体何なのだ? 見たところ、何かの小冊子のようだが……」
「あぁ、そうですね。艦長はこちら側ではありませんからね。ご存知ないのも致し方ないかと……」
「? 何か、気の毒がっている風なもの云いだな? 却って、気になるではないか」
「はぁ、そう捉えられたのであれば、それは小官の不徳の致すところ、と云うヤツですね。まぁ、隠し立てするようなシロモノでもありませんから」
「絵本…ではないな…。いや、待て、この手の表紙の本は昔、どこかで観た記憶があるぞ? あ、あれは彼女の部屋の本棚……」
「は?」
「い、いや! 何でもない……。こちらの話しだ……。で? これはいったい何なのだ?」
「”薄い本”です」
「うん。それは見れば判る。多分、三〇、いや二〇頁もなかろう?」
「あ、いえ。見てくれの話ではなく、こういった類の本の総称が”薄い本”でして……。頁数が何百頁であろうとも、”薄い本”は”薄い本”なのです」
「???ますます判らんな??? 少し見せて貰っても構わないかね?」
「小官は構いませんが……。むしろ、艦長の方が構われるかも…です。読んでも怒らないでくださいよ? ……と云うのが、小官の偽らざる今の心境ではありますが……」
「ますます気になるな……。あぁ、済まんな……。どれ、ん? な!何だ!この表紙は!!!???」
「この本の主役ですが……。何か?」
「あぁ…。その何だ……。少し自意識過剰と誤解されても困るのだが……。これはもしかして私か?」
「もしかしなくても艦長です」
「そ、そうか……。だが……す、少し美形すぎやしないか???」
「ご謙遜を……。無論、絵師の内なる心のフィルターを通したお姿ではありますが……。さすがは公団で三番目の"美系艦長"と謳われているだけあります。副長の小官から申し上げるのも些か僭越と云うか身内贔屓かとは思いますが……。なかなかに、いつもの艦長のシュッとした格好良い感じが出ていると思います」
「そ、そうかね?」
「はい。萌えます」
「ん? なにが燃えるって?」
「お気になさらずに、さ、どうぞ遠慮なさらずに中身も。はい、是非とも艦長自らの手で頁をおめくりください」
「……? ん? “楽園銀河-総受け本-”……。私は何かウケるようなことでもしたか?」
「あぁ……。これは何ですか? 何かのご褒美ですか? よもや小官の目の前で、艦長自らがこの”薄い本”の頁を辿る日が来ようとは……。もう、このシチュだけで何杯でもおかわり出来ます。あ、ささ、小官のことなどお気になさらずに、どうぞ先へお進みください……」
「ん……。んんん!!!???」
「くうう。その食い入るように自身の写し絵を見つめ、時として顔を近づけて、絵の細部に宿る紙とインクの甘やかな匂いを存分に鼻腔へと吸い込むさま……。小官は、今ほどこの艦の副長に着任して本当に良かったと心底思えたことはありませんでした、と、何やら感慨深いものが胸の奥から込み上げてまいります」
「……あぁ、副長。その頬を紅潮させて、感情を昂らせている時に申し訳ないのだが……」
「はい……。トイレですか? ティッシュですか? 催されましたか? 小官のでよければ、使われますか?」
「何をだ? いや、ティッシュよりはファスナー付きの袋だ……。今の私は、この胸の奥から込み上げてくる酸っぱいものの方をどうにかしたくなって来ている」
「おや? お気に召しませんでしたか?」
「副長、私は今、心底、残念がる人間の表情と云うものを生まれて初めて見た気がするよ。あ、いや、無論、人には様々な性癖があることは承知しているし、理解したいとも思っている。そして、そこに”違”と叫ぶつもりもない。ないのだが、逆に、どうもこの”薄い本”とやらは私の共感対象、いや、性癖には向いていないようだ……」
「そうですか……。先任次席…いえ、新任の群副司令などは、自分ごときのヘタレ責めとお粗末なモノでは、彼は物足りないだろうに…とある意味、喜んでおられましたが……」
「そうか……。この私がモデルと云う主役が、文字通り、何やら悩ましげな視線と生物学的な部位を絡ませている彼は群副司令だったか……」
「……だけではありませんがね。絡ませているどころか、一部は繋がってますし。あとお相手は今の群副司令だけじゃありませんから。何せ、”総受け”なので」
「副長……」
「はい? 何でしょうか? 艦長……」
「そろそろ、ツッコンでも構わんかね?」
「え? 艦長は受けですよ? 突っ込まれてナンボのキャラと云うのは確定事項です、お約束ですよ?」
「うん……。そう云う物理的に突っ込むと云う意味ではなくてだな……」
「あ、その判ってないのにツッコミ入れたら逆に”何か”を突っ込まれた的な! うん。ベタではありますが良さげですね。なるほど、次の新作のネタに使わせていただいても構いませんでしょうか?」
「次? 次の新作と云ったか? 貴官は???」
「はい。申し上げました。実は締め切りが迫ってまして……。それで、つい、ブリッジで読み耽ってしまった次第で」
「次があるのか? この本は?」
「次と云うか、前もあります。と云うか、需要があるシリーズですから……」
「需要……」
「実際、副司令などは先任の次席幕僚時代からなんだかんだ云って、新作が出る度に、小官たちのサークルに顔を出されて同じ本を四冊は買って行かれますし」
「同じ本を四冊……」
「はい。布教用、保管用、観賞用、実用の四冊です。これも大きなお友だちのお約束ですね」
「……私は今、何か自分で立ち入ってはいけないエリアに片足を突っ込んでしまったのか?」
「そんな大袈裟な話ではなかろうかと。だいいち、小官などからすれば、むしろ、艦長に、ここ迄、免疫がなかったことの方が意外でした」
「むぅ。世の中にはまだまだ私の知らない世界があるのだな……。それに比べれば、ケズレヴでの一件など些細なことのように思えて来た」
「まぁ、こうして無事に帰還光路につけましたし……。その意味でも、今度の新刊は盛大にやろうと云う話になりまして」
「あぁ、そうだった。この本は、その新作だか新刊だか知らんが、この本は普通に流通しているものなのか?」
「まさか」
「そうか」
「はい。こんなの商業誌でやったらエラいコトですよ、大問題ですよ、生活安全課が来ちゃいますよ」
「おい、待て……」
「まぁ、うちはトップがトップなので、警務隊とは話しがついてますけどね」
「それ、群司令部的に風紀上はどうなんだ?」
「あれ? 本当にご存知ないのですか?」
「何をだ? ん? 奥付? いや知らん……。一番最後の頁だと???」
「はい、ウチの責任編集者は群旗艦艦長ですので」
「あぁ、そうか。保安司令部分遣隊の事実上の統括責任者か……」
「ウチは、あ、こっちの船の方のウチと云う意味ですが……。ウチみたいな哨戒艦クラスだと警務隊も群旗艦分駐所のさらに分所で、そもそも常駐員がいませんからね」
「幸いにして、あそこの世話になるような事態も起こってはいないし、私が艦長である限りは起こさせもせんがな」
「はい。印刷と製本はウチが担当ですから。お陰さまで警務隊に踏み込まれる下手を打たずに済んでおります」
「待て、待て……。副長、この本はもしかして非合法的な何かなのか?」
「非合法…ではありませんが、まぁ、多少、グレイゾーンに懸かることも稀に……と云いますか……」
「副長……」
「いや、でもご安心を……。何かあっても、全て群旗艦艦長が責任を以って……」
「そうなのか?」
「はい。こう、ギュッとなかったことに……」
「副長……」
「はい。ですから、艦長もこの話のやばそうなトコは見なかった、訊かなかったと云う感じで……」
「……この本は艦長の権限でしばらく預かる……」
「はぁ……。あ、使うんですね?」
「済まん、意味が判らん……。私は辞書は使ったことはあるが、他の本で”使う”と云う用例は知らん」
「ほほぉ、艦長は辞書ですか、あれですか? 思春期の頃にそっと特定の単語を調べては、赤ペンでラインを引いて…的な??? イマドキだと逆にマニアックですね」
「あぁ。副長、そう云えば、この手の本は同じものを何冊かまとめて買うとか云ってたな?」
「はい、保存用、布教用、観賞用、実用ですか? あ、これは、小官の実用分ではないですから、安心してくださっても」
「そうか……。副長……」
「はい、艦長。何でしょうか?」
「直当番、ご苦労だった。少々遅くなったが、現時刻を以って艦の指揮は本官が引き継ぐ。次の非直明けまで待機せよ」
「は。現時刻を以って、直当番を艦長へ引き継ぎ、小官は非直に入ります。お疲れさまでした」
「だがその前に、自室から残りの本を全部持って来て、ここへ置いて行け……」
「え? さすがは公団で三番目にタフですね、まとめ読みして使われるんですか?」
「違う! 没収して全て無期限施錠保管だっ!」
「えぇぇぇぇぇぇ……」
「くれぐれも群旗艦艦長には泣きつくなよ? 今回ばかりは無駄な抵抗だからな?」
「えぇぇぇぇぇぇ……。あ、そう云うプレイですか? 艦長×艦長のWコンボですか??? あ、でも群旗艦艦長との絡みなら、ほら、こっちの頁に……」
「副長、妄想が逞しいな? え?」
「”もうそう”だけに藪を突きすぎたようでございます」
オアトガヨロシイヨウデ...(・_・ )=C(o;_ _)o…..ベンキョウサセテイタダキマシタ...

-2021.12.19 update-

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