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テコンダー朴/白正男(作)山戸大輔(画)★★★


 キワモノ漫画好きな同僚Sくんが買ってきた漫画を借りて読んだ。人権派格闘技漫画、と銘打たれている。はて、一体なんだろう?
 これまで、この手の本や漫画を手に取ることはあまりなかった。私は韓国も中国も別に好きでも嫌いでもない。好き嫌いの感情を国レベル、民族レベルに向けることにあまり意味はない思っている。どんな国にも色んな人が住んでいて、結局、人それぞれだ。
 で、この作品だが、とにかく唸らされる。唸るといっても、感動して、とか感嘆してとか、ではない。

 超ざっくり説明すると、父の仇である覇王(格闘技団体トップであり、日本の政財界を牛耳ってる)を討つべく日本にやってきた主人公が、テコンドーを武器に、覇王主催の格闘技大会に出場し、最後に覇王を倒す、というもの。

 驚愕ポイントをいくつか挙げてみたい。

 主人公によると…
○日本人=劣等民族、韓国人=世界最高民族。
○在日韓国人の登場人物のほぼ全員が日本人に抑圧され搾取され虐げられている。
○中国や日本の文化は、そのほとんど全て(空手、柔道、剣道、相撲、能、仏教など)が韓国起源。
○沖縄は古来より朝鮮の領土。
○金日成はテコンドー史上最強と言われ、一人、素手で日本軍の一個大隊を撃滅したというエピソードがある。息子の正日もまたテコンドーの奥義を極めている。

 他にも…
○日本人の登場人物全員が悪の権化。差別主義者、腹黒い人間しか出てこない。
○主人公が独島Tシャツを着ている。
○主人公が使うテコンドーの奥義の技の名前が「重根」「奉昌」「日成」「主体」とかである(例えば重根は伊藤博文を暗殺した安重根にちなんだ技。奉昌というのは昭和天皇の暗殺未遂事件の犯人の名前にちなんだ技で、重根とともに実際にある技なのだそう。投げつけた手榴弾が2個だったことにちなんで、両手二発の打突を加える)。そして主人公の必殺技、最終奥義は「統一」である。ちなみに覇王の最終奥義は「大東亜共栄拳」という大技だ。

 もちろんここでは韓国、朝鮮がヒーローで、悪の化身の日本や日本人はひたすらけっちょんけっちょんに貶されている。

 なのに不思議と読んでて全く腹が立たない。設定やストーリーが荒唐無稽すぎるし、ギャグなのかシリアスなのかわからない微妙な絵柄も、妙に笑いを誘う。
 そして奇妙なことに、作者がどっちの味方なのか、読んでるうちにだんだんわからなくなる。
 これは果たして単純に日本くたばれ韓国朝鮮マンセー、の漫画なのだろうか。作者はそんな素直なキモチで書いているのだろうか。いや、むしろ逆ではないか。つまり、いわゆる誉め殺しというやつでは?…いやいや、ひょっとしてこれは双方をおちょくっている、と読むのが正しいのか。つまり、日韓双方のヘイトを繰り広げている人たちどちらをも同時に茶化して笑い飛ばそうとしているのかも。
 とにかく笑える。ナショナリズムを全くかき立てられない。爽やかな笑顔を浮かべ、劣等民族チョッパリ(日本人の蔑称)殲滅!!と宣言する主人公。世界最高民族の誇りにかけて頑張って、と応援したくなる。

 不謹慎、というのは表現やアートのネタとしては扱いが難しく、中途半端にやると炎上したり、思わぬ反発を食らったりしてろくなことがない。だけどこの漫画くらい振り切っていると、もう清々しい。爽快感がある。

 とにかく、主人公のキャラ設定が素晴らしい。
 日本のみならず、中国やタイなど、他の国のことも徹頭徹尾見下している主人公(北朝鮮にはシンパシーを感じている)。日本人による差別を徹底糾弾するその彼が、自分自身の差別意識に対して驚くほど無自覚である、というのがいい。

 日本の軍人、政治家や実業家もパロディ化されてたくさん出てくる。
 例えば、東郷兵八という空手家の必殺奥義(?)は「真珠湾」で、これは油断している敵の背後から、トラトラトラ、と叫びながらパンチを浴びせまくるという何とも卑怯な技だ。
 自由民政党総裁の阿倍野普ニは覇王の命令で内閣総理大臣に就任するのだが、覇王の命令で世界193ヵ国との国交断絶と核保有を無理やり宣言させられて、心労で倒れてしまう。口癖は「日本を、取り戻す」。いやはやシュール。

 読めば読むほど、差別や偏見というものはギャグのネタでしかない、ということがわかる。それは作者の意図とはズレた読み方なのかもしれない…と思わせといて、実は作者の本意かもしれない。いや、このあたり一筋縄ではいかない。ちなみにこの作品、韓国の国会で取り上げられて批判されたそうで。

 帯の「実にけしからん漫画である」というキャッチーなコピーを書いてるのは、あのヘイトスピーチで有名な在特会元会長の桜井誠氏。

 いや、穿ちすぎなのだろうか。やっぱり単なるおバカな反日漫画なのか。うーん、結局わからない。底が浅そうで実は深そうで、でも本当に本当はすごく浅すぎて深く見えるのかも。とりあえずこの作品は毒強めなギャグ漫画として、笑って読んどくのがいいんだろうね。というか、これ読んで怒ったら負けな気がする。

 何となく池乃めだかのギャグを思い出す。相手からボッコボコにやられた後、立ち上がって「今日はこの位にしといたるわ」と言い放つ、あれだ。

 表現の不自由展観たときよりも、ある意味、この漫画の方が衝撃だった。

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