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最後のミッシングピース、指宿の本枯鰹節の生産現場を訪ねて


僕らにとって最後のミッシングピースだった。

ついに鰹節の生産現場の見学にやってきたのだ。取引している鰹節屋さんとは付き合って10数年、なかなかタイミングが合わず実現できなかったのだが、実はドライエイジを始めてからずっと立ち寄りたかったのはこの鰹節の最前線だった。今回は何度かコラボもさせていただているかつお節の伝道師ことかつお食堂店主のかつおちゃんこと永松真依さんのご紹介により鹿児島の薩摩半島南端にある指宿鰹節を訪問できることになった。今回お世話になったのは代表理事もされている山川水産の坂井弘明さん、彼に鰹節の生産のすべてを見せていただくことになった。

原料となるカツオ、そのほとんどがソロモン諸島やツバルなどの赤道海域で漁獲される遠洋ものだ。入漁するには一日100万円がかかる、酷いときは二週間もかつおの群れに出会えないこともある。昨今はマグロの漁獲制限も加わって、ツナ缶の主原料がカツオとなった。中国での消費も拡大し、缶詰されることで遠くアフリカなどにも届く商品となり消費量も国際的に爆発しているカツオの争奪戦となっているとのことだ。ここでも資源の管理問題が発生していることは間違いない。近海ものの一本釣りのカツオは本当に希少なロットとなる。

鰹節の生産工程は気が遠くなるような手作業だ。いわゆる塩水漬けであるブライン液でつけられて急速冷凍されたカツオを漁港で7種類のサイズに分けていく。遠洋のカツオの塩味が強く、近海が塩味を感じなかったのはこの冷凍処理の方法にあった。この冷凍処理の漁港につけられている冷凍設備で、各生産者が購入したカツオがカーゴ毎で保存されている。必要に応じてそのカーゴを工場まで移動させるという形で原料の管理をしている。工場に到着次第、解凍の作業に入る。解凍後に生切りされて、三枚おろしになるのだ。そこから2時間程度の煮出す。そこから骨抜きで丁寧に骨を抜いていく作業に入る、そして頭部側の皮を剥いでいく。この作業がどうしても手作業だ、大手資本が参加しても撤退していったのがこの骨抜きの作業にあると、坂井さんは語った。機械化するとどうしても削れる身が大きくなり歩留まりが劣化する。そこから整形に入るのだが、骨抜きされてデコボコになった背骨の部位にすり身のペーストを入れていく。

そこから少しこぢんまりとしたチェンバーで一番火を8時間ほど入れていき、更に大きいチェンバーでの二番火で同様の火入れの作業をかけていく。火入れの作業は桜や銀杏などの広葉樹の木のみが使用される。そして焙乾工程に入っていくのだが、いわゆるこの焙乾で発生する煙に含まれる発ガン性物質のベンゾピレン(BaP)やの焙乾工程で発生する煙に含まれる多香族炭化水素類(PAHs)を高い濃度で含んでおり、これがEUと中国などの輸出にひっかかり、未だに僕らも海外ではこの焙乾工程を経た日本の枯れのかつお節がツアーでも使用出来ないという自体になる。これは生ハムなどの食品に当てはまる燻製基準値が元になっている。そもそも、PAHsは水溶性が低く出汁に融解することはほぼ微量だ、そしてBaPにおいても農林水産省がテストをした実験を発表しているデータに基づいても最大浸出値は5.1%と経口暴露リスクは無視できるレベルだ。このあたりのロビー活動を国をあげてするべきだとみんなで話したところだった。

芯部の水分が焙乾された部位に移動するまで休ませるあん蒸と呼ばれる作業と焙乾を繰り返していく。この作業を一ヶ月ほど繰り返していくといわゆる荒節が誕生する。ここから機械グラインダーによる手作業での整形作業に入り、それでも取れなかったバリは小出刃で手作業で整えていく。この手作業の作業は日本全国でももう坂井さんのところぐらいしかやっていないだろうという話だった。晴れて裸節になった鰹節が、向かうのは熱殺菌されたあとのカビ菌の噴霧だ。丁寧に並べられた状態で一番カビをつけていく、上下をかえしながら両面にしっかりと付着したカビは90%の湿度と28度の温度、いわゆる梅雨状態の環境で20日程度の時間をかけてカビを育てていく。その状態だけを維持してしまうとカビのみを食べるダニの発生を誘発してしまうため、必ず一ヶ月に一度、天気のいい火に天日干しを入れる。そしてまた二番カビをつけるためにまた高温高湿の部屋に戻していく。このループを4度ほど繰り返して、半年ほどすべてを手作業で完結させて出来上がるのが坂井さんの本枯節だ。枯節と本枯の違いは2度カビ付けをしたもの、すなわち3ヶ月程度で完成するものが枯節で、それ以上のものが本枯節になる。坂井さんのように4度もカビを付けていくところは全国的にもほぼない。びっくりしたのはいわゆるカビ付けをしていない状態、荒節の状態で出回るのが市場の鰹節、枯節や本枯節などは市場流通全体の10%にも満たないという。多くの人が鰹節=本枯節と認識しているがスーパーで売っている花かつおなどにはカビは付いていないのだった。

鰹節はモルジブなどの地域やカツオが取られる地域では多く作られているが、このカビ付けをしているのは日本だけだ。現在では焼津鰹節協会が純粋培養しているものを全国の鰹節生産者に配られている。カビ毒を発生させない優良カビを純粋培養している。このカビはユーロティウムという麹カビの一種だ。麹カビは日本酒製造でも使われるが、酵素を発生させてタンパク質を分解する作用を持つ、また乾燥状態を好むということもあり、余分な水分を鰹節から奪っていくことで保存性が増していく。荒節状態では19%程度の水分量だったものが4度のカビ付け作業を終えると13%まで水分量が下がる。これにより長期の保存性が増すのはもちろん、算出された酵素をタンパク質を分解してアミノ酸に変えて内部まで浸透させていくことで旨味が増すのだ。またもうひとつのベネフィットとしては脂成分を分解する作用を持っている。荒節と本枯節での出汁のクオリティーが違うのはこの油脂成分の分解度合いにもある。

ではなぜ日本だけカビがついたかというと、高知から天下の台所こと大阪への開運輸送時に到着した時点でどうしてもカビが付いてしまい。どうせカビが付くのであれば最初から焙乾時にカビ付けの作業をすればいいと考えたのが始まりだという。そして陸路と海路を挟んで江戸に運ぶ際にカビが付き、そして拭いていく作業を繰り返したところ鰹節が良質化することに気づくのだった。江戸のテイストである澄んだ出汁と旨味を引き出すことに成功したことが、本日の本枯節の原点だと思うと、実にロマンティックだなぁっと思うのだったのと同時にドライエイジビーフの誕生の歴史とも重なるような人の叡智が産んだ素敵なストーリーに再び僕の創作欲に火がつくのであった。

貴重な時間を割いていただいた皆さんに感謝。

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