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被爆ピアノに集まるひとびと


被爆ピアノとは

 被爆ピアノ。
 その名の通り、1945年8月に日本への原子爆弾投下によって被爆したピアノのことだ。

被爆ピアノのコンサート

 先日、知り合いに「被爆ピアノの演奏にのせて、朗読をするコンサートがあるのだけれど、よかったら参加してみない?」と誘われた。
 被爆ピアノの音色を聴く機会なんて、なかなかないことだし、その現物を見られることにも興味があった。
 しかし、残念ながら他の予定もあったので、今回はお断りすることになった。
 その被爆ピアノは、とても素晴らしい調律師さんが調律しており、当時の面影を感じさせながらも、はきはきとした音色を奏でる魅力的なピアノらしく、いつか聴いてみたいものだな、と思いながらも、その日はそれで終わった。

被爆ピアノの声

 それから数ヶ月がたったころ。
 知り合いが深刻な顔をして、いってきた。

「聞いてほしいのだけれど……〇〇会って、知っている?」
「さあ、聞いたことがありませんけれど……なにかありましたか?」
「実は、被爆ピアノの調律師さん……Aさんが、ちょっとね……」

 例の被爆ピアノは、Aさんの所有物。コンサートでは、Aさんが調律した被爆ピアノを、ピアニストさんが弾く予定だった。

「Aさん、何かあったのですか?」
「そうなの。このあいだ、コンサートの打ち合わせで、Aさんと会ったときにね、突然知らない人に、名刺を渡されたの。"こういうものですが"っていって、けっこう強引に」
「その名刺に、〇〇会と書いてあったのですね」
「うん。『〇〇会 B』と書いてあった。"これから、Aさんに連絡したかったら、わたしを通してください"と言われてしまったの」
「そのBさんは、Aさんとどういう関係なのですか?」
「わからないのだけれど、Bさんの話によると、"Aさんが調律した被爆ピアノの音色を聴いていたら、被爆ピアノがわたしに話しかけてきた。もっとわたしの音色を広めなさいと。だから、Aさんに協力している"と言っていた」

 話を聞き、スマートフォンで『〇〇会』について検索してみると、かなり巨大な組織だということがわかった。
 そして、組織の紹介文にはスピリチュアルな文章が書かれており、すぐに理解した。

「Aさんは、〇〇会に関係が?」
「いいえ。Aさんはとても真面目な人だし、とてもいい人。たぶん、Bさんに"協力します"といわれたから、額面通りに受け取って、やりたいようにやらせているんだと思う」
「ですが、このままだとコンサートは、どうなるんでしょう」
「協力されても困る。会場は、市民会館の小さい部屋でやるし、スタッフもちゃんといるから」
「では、協力は断りますか?」
「そう電話で伝えたのだけれど、突っぱねられた。"現場はわたしたちが回します"ってね」
「うーん、大変なことになりましたね」

「被爆ピアノの声、ってなんだろう」

 そういわれ、つい首を傾げてしまった。

それぞれのスピリチュアルな考えかた

 無機物から聴く声。
 動物から聴く声。
 遠くにいて、聴こえるはずのない声。

 人智を越えた話を聴くと、普通はせせら笑ってしまうだろう。
 フィクションを真剣に聴くと、何かに馬鹿にされてしまうから。
 子どもが「幽霊を見た」といったら、親はどう言ってあげたらいいのだろう。
 子どもだったらいいけれど、おとなにそういわれたら、おとなはどう返したらいいのだろう。

 被爆ピアノの声を聴いた、といわれたら、調律師だったら嬉しく思うだろうか。

 〇〇会のBさんは、被爆ピアノに対して、どれほどの思いを持っているのだろう。

 被爆ピアノの音色を聴けば、どんな音が聴こえるだろうか。
 どれほどの思いでもって、どう受け止めればいいだろうか。

 Aさんの思いを、Bさんはどれだけ理解しているだろう。
 そして、その逆は?

 被爆ピアノのまわりには、これからもたくさんの人々が集まるのだろう。

 それぞれも思いを持って、この先もずっと。



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