デフォルマシオン・オブ・ウォーター②

 次の日の朝、一つのひらめきを実行に移した。風呂の水を桶にすくい、口へと流し込むと、水は口内を通り、首元のエラへと流れ落ちた。その間私は確かに呼吸をしていた。私はすぐさま家にある、あらゆる水筒やペットボトルの容器に水を注ぎ始めた。私はまず会社の上司に欠勤の連絡をしなければならなかった。私は机の上に5、6本の水の入った容器を並べ、携帯から上司に電話を掛けた。

「おはようございます。S田です。今お時間よろしいですか?」
すぐさまペットボトルを口につける。首元から流れ落ちる水は、体をつたって足元にある化学繊維製のカーペットを湿らせた。
「S田か、どうした?」
「あの、先日の夜から急に体調を崩してしまって、本日は休ませていただきます。」
後半息が続かず、声がかすれていた。酸欠で頭がボーっとする。カーペットの浸水が広がるのにも構わず、水を飲み続ける。
「たしかに苦しそうだな。でも、今週は取引先の方がいらっしゃるから資料の方は頼むぞ。やっとお前一人に任せられる仕事が来たんだ。体調管理も仕事のうち…なんか水のビチャビチャした音がうるさいが、ちゃんと部屋を掃除してから病院行って、そしたら今日遅刻でも来れるなら来いよ。」
「よろしくお願いします。失礼します。」

 電話を切ったとき、再び浴槽へと戻っていた。急いで浴槽に頭から突っ込み、息を吸い込んだ。ペットボトルや水筒では小さすぎる。これで外に出ようものなら一時間と持たずに窒息してしまうだろう。医者を呼んだとして、そもそもこの症状には前例があるのだろうか?前例がない出来事に対して医者は無力だ。肺で呼吸ができなくなって、代わりにエラができました。ふざけるのも大概にしろ!こんなこと誰だってどうしようもないことだ!諦めるより外にない。おれが何をしたっていうんだ?
 男は絶望の中、答えのない自問自答を繰り返しふさぎ込んでいたが、依然として浴槽には新しい水を入れ続け、呼吸し、たまに冷蔵庫のある台所まで走っては食事を摂った。

【続く】

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