正直、好きな作品ほど『映像化』して欲しくない

…日々ここで読んだ小説の感想を書きためさせていただいている。
ここでは読書の話をしよう、本が好きな人に本の感想を伝えよう!と思っていて、…ぶっちゃけそれ以外のことをするつもりはなかったのですが…
漫画家・芦原妃名子先生が逝去された前後の経緯に、ものすごいショックを受けており…もうなんか、何か吐き出せずにいられなかったので、お付き合いいただければありがたい。

僕は、ものすごく読書が好きで、次から次へと切れ間なく本を読んでいる。
はたから見ればとっかえひっかえ、節操なく次々ただただむさぼっているようにしか見えないだろう。
だが、そんな中でも実は何度も読み返している本や、好きで好きで定期的に手に取る本はもちろんある。

小説が好きで、文字が生み出す世界が好きで、そこに生きるキャラクターが好きで、いつでもそばにあるその世界にずっと支えられて生きてきた。
だからこそ、もうずっと、好きな本の映像化が決まると、むしろ憂鬱な気分になる。
今まで何度、映像化で好きな世界をぶち壊されてきたかわからない。
登場人物の性格の変更なんて日常茶飯事で、性別変更、からのなぜか始まる恋愛パート、年齢なんてあってないようなもので、なんなら4人組だったはずの原作から3人組という登場人物の不在、いきなり出てくる知らないキャラ、何なら犯人もトリックもちがいますけど何が原作?…と、ほんと、今まで舐めた辛酸の数々よ…
その上で映像化が失敗したらまだマシで、それはそれで成功してしまったときの「原作はいまいちだけどドラマは好き」とでも言い放たれたときのショックたるや…
原作をこよなく愛している僕には、毎度毎度、製作人に聞きたくてたまらなかった…

一体、この原作の何を面白いと思って映像化しようとしたの?
あなたはこの本が面白いと思ったから映像化しようと思ったんじゃないの?

いやもちろんすべての作品がそうだったわけではない。
そもそも小説とドラマ、映画、漫画、アニメ…どれをとっても表現方法が全く違う媒体である。
小説では選ばれた言葉で伝わるニュアンスを、視覚で伝える場合、映像の切り取り方や役者さんの演技でつたえるのだからそりゃ変更は必要であろう。
小説をそのままただ映像化したら成立しないことは重々承知している。
そして、映像化された際に生まれる名作が存在することもわかっている。
原作にはなかったシーンで思わず泣いてしまうくらい感動したこともあるし、登場人物が見せた新たな一面で原作の解像度がむしろ上がったことだってある。
製作人がこの原作を愛し、この原作の魅力を何とか映像化しようと真摯に取り組んでくださったんだろう作品も数多く存在していることはわかっている。

でも、ぶっちゃけそうじゃない作品が今までに多すぎて、僕はただの一読者で一視聴者でしかないけれどもずっと憤ってきた。

作者さんによっては、自分の原作と映像は全く別の物だから~と最初から製作人にゆだねておられる方もいることも知っている。
作品を生み出されたご本人が改変を気にされていないのだから、視聴者でしかない僕は受け入れるしかなかったのだろうが、それでも放送されたその作品は別物で僕にはとても見ていられなかった作品も数多くある。
それでもそれは作者様が納得されているのだから、僕がああだこうだいうのは筋違いなのだろうと飲み込みながら、僕の好きな世界が壊されたことに傷ついた。

でも今回の事件は、全くそうじゃなくて…

その世界を作り出した作家さんが、変えないで欲しい、勝手なことをしないで欲しいと訴えられていたにも拘らず製作人はそこを尊重しなかった。

ねぇ、本当に…何を面白いと、どこを映像化したいと思って作品に手を出したの?
誰かを明確に傷つけて、踏み躙ってまで、作らなくちゃいけないものだったの???

…最近すっかり漫画から離れていたので「セクシー田中さん」については、原作を読んでいたわけではなく実はドラマのほうを見ていた。
確かにドラマはとても面白くて毎週楽しみだった。

だから余計に、…あれだけきちんと作品が作れるのだから、むしろ思う。

芦原先生のご意思をきちんと尊重し、原作を大切に扱えば、それこそ芦原先生が納得される物以上の作品を作り出せたんじゃないのだろうか。

製作人の力不足で表現ができていなかったとか、内容がわかりにくかったとかならまだしも、面白いドラマをきちんと作り出せるだけの力をもって、原作者を蔑ろに…それこそ人のふんどしで相撲を取っているくせに我が物顔で作品を捏ね繰り回した製作人の驕りが取り返しのつかない事態を招いてしまったとしか僕には思えない…。
もう、ほんと、芦原先生の訴えを見てから辛くて…その後の展開が信じられなくて…
製作人サイドにもきっと言い分もあるだろうし、別に僕も明確に誰が悪いって攻撃がしたいわけじゃない。

でも思う。

最初にその作品が形になった時点で、登場人物の性格とか物語の流れとか、それはもう確定していることなのではないんだろか…
そりゃ読み手の解釈違いは絶対にあるし、人によってズレがあるものなので万人が納得する方法はないだろうけども、
少なくとも、その世界を生み出した方が心から納得されていない別媒体の製作なんてあっていいわけがないだろう…。
テレビ局にも製作人にも出版社にもきっと言い分はあるだろう。
でも、製作に関わった人すべてが「この原作をいい形にしたい」という共通認識があれば、こんなことは起こらなかったんじゃないだろうか?

マジで、その原作をいいと思って、この原作をカタチにしたいと思って、製作するのではないの?
この原作の本質をいいと思ったから、その作品の別媒体を作りたいと思ったんじゃないの??

もう、すいません、自分がしんどくて吐き出したかっただけなのでうまく言えてなくて申し訳ないんだが、ほんともう、いい加減にしてほしい。


最初に作品を作った人を尊重してほしい。

その作品を本当に愛してる人にしか触って欲しくない。

原作を面白いと思ったのなら、その原作をきちんと表現して欲しい。

マジで、もうそれに尽きるんです。
すいません、どうしてもどこかに吐き出したくて書き散らしてしまいました。
落ち着いたら消すと思いますが、同じようにしんどい人がきっといるだろうな、と思って…とりあえずここに吐き出させてもらいます。

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