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新しい応援のかたちを前向きに受け止める

応援ってなんだろうと思う。この記事見てて大人側として不快とかじゃなくて、応援って誰が誰にしているのかなあと今更ながら考えてしまって。

普通は応援団が選手に対して応援するわけだ。けど、記事を見る限り最近のフェス化という意味では応援団が「そこにいる自分を含めた全て」に対してコールアンドレスポンスしているわけだ。

前に違うパターンも見たんだけど、プロ野球のロッテ戦で吹奏楽部が応援する例もあった。正直、私設応援団より音の圧が凄くて、テレビ越しでも応援しなきゃなという気分にさせてくれていた。けどこれも選手への応援というよりその場全員への応援感が強かった。

そういう意味では「この場はこういうもんでしょ」に異なるプラスアルファがあることに対して全員にいい作用があるんだろうなと。

こういう新しい風は、非常に重要かなと思う。大人が不評というのは固定化された思考が次世代へのリレーを拒否してる印象があって個人的には微妙だ。

最近浦和レッズの応援団が暴徒化した記事を見ていると、jリーグの最近の高年齢化が「キレた老人」のそれで、ここでも次世代へのリレーの失敗が見え隠れする。

僕たち老人に必要なことって、このような新しい取り組みに対して、基本的に前向きに受け止めること。やらされるのではなく自発的にしたいって思うことはポジティブであるべきだよね。

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