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意識の進化はどこへ行くのか|感じることと知ることの違い。感じるためにはどうすればよいのだろうか。

ウエイクアップでは、「宇宙視点からの意識の進化」というプロジェクトを進めています。今回は、「意識の進化はどこへ行くのか」をテーマに、CTIジャパンのトレーナーを務める山田博(ひろし)が語ります。

※本記事内に登場する人物の所属・役職等は動画撮影当時のものです。

~  「意識の進化」 とは~

今日のテーマは、ずばり「宇宙×意識の進化」です。
今まで、「人間の意識が、どこに行くのか?」という問いを立てて、みんなで考えてみよう、ということをやってきましたが、今回は、私個人が、一メンバーとして何を考えているか、ということを紹介します。

この、自分が真ん中にいて、相手、社会、地球、宇宙と広がる図は、ウエイクアップ・チャネルでいつも出しているものですが、今日はこれを使って、話をします。

「意識の進化」を、自分の言葉で言うと、「自分の意識がどこまでかという範囲の広がり」だと思っています。どこまでを、自分の意識としてとらえているか、ということです。

自分のことだけが「自分」なのか、相手のことまで「自分」なのか、社会まで、地球まで、その先の宇宙まで、どこまでが自分なのか。それが、広がっていくことが、意識の進化だと思うのです。

その範囲は、人それぞれ違いますが、最終的には、この、自分、相手、社会、地球、宇宙というものが、すべてつながっているという意識になるんじゃないかと思っています。

「すべてがつながっている」ってちょっとわかりにくいと思いますが、要は、すべてが関係しあっていて、1つでは成り立たず、それぞれが相互依存的につながりあい、活かしあっている、というイメージです。

これが、「すべてがつながっている」ということを感じられる世界なんです。理解する、というよりは、感じる世界。その、感じている度合い、純度といってもいいけれど、その度合いが変わっていく。「何となく、つながっているなあ」というのと、「もう、間違いなくつながってる」というのでは、この感じ方の程度がかなり違うと思うんですね。

この感じ方の程度が、「もう、“つながっている”のは当たり前だから」「つながってますから」というところにいくことが、意識が進化した、あるいは変化した状態じゃないかな、と自分の実感として、思っています。

~ 「感じる」と「知っている」の違い ~

「感じる」ということと、「知っている」ということは、ちょっと違います。
「知っている」というのは、たとえば、誰かが「つながり」について提唱していることを読んで、「なるほどなるほど、そういうことが、“つながっている”ってことなんだね」と、概念で知る、考える、つまり頭にインプットする、ということです。

それに対して、「感じる」というのは、身体で感じている、ということです。

「すべてがつながっていることを、身体で感じる」というのは、こんなふうです。

私は、森のことをいろいろやっているのですが、たとえば、風がこう吹いてきました。今、冬なので、冷たい風がバアーっと来ると、誰でも寒いな、と感じますよね。寒いというだけではなくて、この風がフワ~っと動いている、その動きを感じる。うわあ、すごい風が流れていっているなあ、で、その先に、風が地球のまわりを全部めぐっているんだな、と。この感覚があるというのが、「感じる」ということなんです。

そしたら、今度は太陽が出てきました。あ、太陽まぶしい、と感じる。そして太陽がじわーっと温かく身体を温めていきます。ああ、あったかい、あったかい、あったかい、全身に温かさがしみわたっていくなあ、と思うと、太陽と自分はつながっている、と感じる。この「つながっている」というのは、頭ではなくて、この身体感覚を通じて「感じている」という状態です。
それを「心」でいうと、感情、気持ちのところですけど、たとえば太陽が出ていたら、ああ、あったかくてありがたいなあ、という気持ち。これは「考える」んじゃないんです。ありがたい、太陽がいてくれて本当にありがとう、みたいな気持ち。私は、畑で野菜を作っていますが、雨続きのあとに、太陽が出てきて、その後、畑に行くと芽がニョキニョキと伸びてる。ああ、太陽が出てくれてありがたい、というのが、心で「感じる」、ということです。

「知っている」と「感じる」のもう1つの違いは、「知っていてもできない」のに対して、「感じる」ことは「できる」ことにつながっている、ということです。

例えば、地球と自分のつながりを、身体レベルですごく感じているとします。そうすると、今、オーストラリアではすごい山火事が起こって大変ですよね。コアラの映像なんかが出て、ああかわいそう、とか、熱いだろうな、と心で感じるじゃないですか。身体で感じて、心で感じていると、実際にオーストラリアに連絡してみよう、行って見てみよう、そこで何かやってみよう、という行動につながりやすい。これが、「感じる」が「できる」につながる、ということです。

頭で理解しているだけでは、なかなかこのような「行動」にはつながりません。意識が変わっていく、ということは、その行動レベルに現れるのではないかと思います。

~ 「すべてがつながっている」ということ ~

私は、「すべてがつながっている」と感じる人、いわば「感じる純度」が変わった人が増えた状態、というのをいつもイメージしています。

「すべてがつながっている」とは、どういうことかというと、木があれば木とのつながりを感じるし、虫がいれば虫ともつながっている。岩とか、鳥とか、すべての存在とつながっていると感じることです。こういう人たちが増えていくと、その人たちの間に共鳴が起きていくんです。

最近、量子物理学の世界でも話題になっているようですが、宇宙のものはすべて共振、共鳴しているそうですね。意識というのも、ある種の波動のようなもので、広がっていくんですって。それが共鳴しはじめると、全体の波長がそろっていって、ある波動領域になり、整っていく。言ってみれば、不協和音がガチャガチャ鳴るのではなく、美しく整った調べがオーケストラから流れて、地球を覆っていくみたいな感じです。

で、地球の先に月がありますね。そして、火星、木星、土星なんかの太陽系がありますね。こういう惑星同士がまた、共鳴を始めるわけです。そして宇宙全体が共鳴していくという流れが生まれていく。

われわれ人間というのは、地球の中にいる存在ですが、地球の一員として、良い共鳴を起こし、美しい整った状態をつくることで、宇宙に影響をおよぼすことができる。

そして、その宇宙の影響が、またわれわれに戻ってくる、というふうになって、「すべてがつながっている」状態になるのではないか、と思っています。

まあ、それは、あくまでイメージですが、その元は、この「感じる」ということからスタートするんじゃないかな、と私は思います。

~ 「感じる」ための方法 ~

「感じる」のは、難しいことではなくて、日常、身近なレベルで実践することができます。

まず、自分の身体を感じる。たとえば、ゆっくり歩いてみる。スタスタ、スタスタ、歩くんじゃなくて、ゆっくり歩くことで身体の重みを感じる。また、ゆっくり歩くと、いろんなものが目に入ってくる。今まで見えていなかった、足元の花が見えるとか、そういうことで、「感じる」。

ものを食べるときも、ぱぱっと食べるのではなく、ゆっくり噛んで食べることで、味を深く感じることができる。そんなふうに、日常の中に、「感じる」世界が広がっています。

でも、すごくスピードアップした日常の中に生きていると、やっぱり、「感じる」のではなく、「考える」方向にいってしまいます。日常の中に、スローダウンして「感じる」という領域をつくっていくことが、さっき言った、大きな流れにつながるのではないかと思います。

もう1つの方法は、「しゃべらない」ということです。沈黙です。沈黙すると、周囲の音が、よく聞こえてくるんです。いろんな音を感じる。そうすると、心も整ってくる。

あと、呼吸もあります。浅くて早い息をするのではなく、鼻から吸って口から吐いて、ゆっくり呼吸をするだけで、身体がスッとします。やってみると、感じますよ。なんか、身体がリラックスしてきたなあ、と感じたり、眠くなったり。副交感神経が働いてくるのです。

これは、全部、身体が「感じて」やっていることなんです、自動的に、常に。自分をそこにアクセスさせて、「感じる」という力を開いていく。せっかくその力を持っているのだから。

~ 「考える」とはどういうことか ~

「感じる」ことの対比として、「考える」ということについても述べましょう。これは、どういう作業をしているかというと、自分の外にある世界を「分けていく」のです。

たとえば、私のそばにあるこのカメラと私は違う、とか、ここにあるホワイトボードと私は違う、というように「分ける」ことで、そのものを認識できるのです。

また、同じホワイトボードでも、あっちにあるのは大きい、こちらのは小さい、というふうに比較をして分析することもできます。それが、「思考する」という素晴らしい力です。思考においては、「分ける」ことがポイントなんです。

最初の図を見てください。図の中に、自分と相手を分ける線がありますね。相手、社会、その間にも線があります。それは、自分の意識が線を引いている、つまり「分けて」いるのです。自分と相手は違う、自分と社会は違う、自分と地球は分かれた存在だ、と。

それによって、相手を認識できたり、社会を分析できたり、地球を客観的にとらえることができたりするわけですが、その代わり「つながっている」という感覚が薄れていきます。
これが、「思考」というものを人間が手に入れたメリットと、逆にそれによって失ったものなのでしょう。

では、さきほどの「感じる」は何をしているかというと、その線をぼやかしていくというか、線を超えていくというか、そんな働きをしています。そうやって、ぼやかしたり線を超えたりすると、自分とか相手とか社会とか地球とかいう間を、自由に行き来できるようになっていく。

「考える」ことがダメということではなく、「考える」に加えて「感じる」というルートを広げていくことで、意識の広がりが生まれてくるんじゃないか、と私は思っています。

というわけで、今日は、「意識の進化がどこに行くのか?」について、個人的に、日ごろ思っていることをお話ししました。

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