.

.

インド、ゴアのビーチでヒッピーのオーストラリア人の男性と沈む夕日を眺めていた。夕暮れ時になると、人々はただ、夕日を眺める為だけにビーチに集う。

.

.

徐々にオレンジ色に染まる空、海水の匂いが混じった風、砂の感触。全てが心地よく、何一つ生産的な事をしなかった一日でさえ完璧な一日だったと確信できる僅かな時間。

.

.

ツーリスト達も皆、楽しそうに裸足で砂浜を歩いたり、座ったり、踊ったりしている。夕日が沈むのを眺めてから人々はお気に入りのレストランに向かい食事を囲む。

.

.

ヒゲモジャのオーストラリア人とはさっき知り合った。たわいもない事を少し話して、その後は会話もなく、ただ暇を持て余した二人が座って夕日を眺めていた。

.

.

その時

.

.

｢アウォーーウォー｣

.

.

突然、ヒゲモジャが空に向かって奇声を上げだした。(なんだこの人、狂ってるのかな？)とちょっと逃げようかなと思った瞬間、後方からも

.

.

｢アウォーーウォー｣

.

.

｢アウォーウォーー｣

.

.

｢えぇ？｣と思い振り返るとヒゲモジャの遠吠えに反応して、ビーチにいる十数匹の野良犬達が一緒に遠吠えしているではないか。

.

.

夕日に照らされオレンジ色に染められた遠吠えをするヒゲモジャと野良犬達。その光景は何かぼくの心を揺さぶるものがあった。

.

.

(カッコイイ!!真似してぇ!!)

.

.

この日からぼくの特訓の日々が始まった。まずは泊まっているゲストハウスにいる飼い犬に試してみた。

.

.

｢アォーアォーーー｣

.

.

犬は全く反応しない。

.

. ｢??｣

.

.

と首を傾げてこっちを警戒している。ちっ、飼い犬じゃ野生の本能が失われてるから駄目だ。野良犬にしよう。ゲストハウスを出て、たむろっている野良犬達を見つけ自分は犬だ犬だと信じ込ませ渾身の遠吠え。

.

.

｢アォーアォーー｣

.

.

｢バウ!!バウ!!｣

.

.

遠吠えするどころか怒っているよ。なんだよ、もう。ちょっとテレが入ってるのがバレるのかな？違う野良犬の群れにやっても結果は同じ。

.

.

野良犬の前で遠吠えしているぼくを見てインド人達が笑っている。ジャパニー、クレイジー。

.

.

日本に帰ってきてからも、幾度となく試してはみたが、まるで反応がない。そして、犬と人に怪訝な目をされる事数知れず。

.

.

今日も独唱の遠吠えが山に虚しく響く。

.

.

もうこの際、だれか一緒に遠吠えしませんか？