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閉館する美術館

ふたりでよく訪れた美術館。君とおなじ名前のひとが建てた美術館。来年は閉館することが決まっている。あの頃、お金がまったくなかったのに、ふたりだったらいつも楽しかった。狭いワンルームで、毛布に包まりながら食べた鍋が、世界でいちばん美味しいと思っていた。いつも一緒にいたから、ひとりで生きていく方法をしばらく思い出せないでいる。久しぶりにひとりで観てきた展示は、「失恋」がテーマだった。日本で九十日間、苦しい時間を過ごしたソフィカルは、立ち直るのに九十日間かかったらしい。僕は、失恋を乗りこえる方法を知らないから、出来るだけひとを愛さないように、静寂を求めて生きるように努めている。もしかしたら、誠実さの欠けた、卑怯な生きかたなのかもしれない。君のことを思い出す時間も、徐々に減ってきた。最近は、身に合わないスーツを着ているよ。髪の色だって黒くなったんだ。ふたりで来たときは気がつかなかったけど、美術館の外にはまっしろな電話ボックスがあって、いつか撤去されてしまうのかもしれない。折角だから、君の番号にダイヤルを回してみた。電話は上手くかからなくて、電話が壊れているのか、君の番号が変わったのかよく分からないけど、小銭だけが吐き出された。嘘みたいに晴れた空のしたで、今日も生きていけるような気持ちになった。


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