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[無料]「声を上げること」と「リンチにかけること」は違う

僕は基本的に「逆張り的なポリティカル・コレクトネス批判」を支持しないようにしている。理由はそれらの多くが、短期的にアテンション・エコノミーに勝利するためのパフォーマンスに過ぎず、長期的な効果を考えられていないからだ。ある作品の表現が不当に「狩られ」ないための闘争では「このように表面的な「叩きやすいもの」への難癖ではなく、実質的に差別や暴力を解消するためにこうした方向で運動しよう」という対話が本当は必要なところを、「ポリコレ」そのものへの保守反動的な批判に加担してしまうことが多い。いろいろ理由はあるのだろうが、そのうちの一つが、そのほうがアテンション・エコノミー的に「コストパフォーマンスがいい」からだろう。

実は僕が左派ポピュリズムと距離を置く理由も同じだ。

彼らもよく、「けしからん」誰かの発言を指弾して正義の名のもとに集団リンチの快楽を手にしている。僕は権力や大資本に対して声を上げることは必要だと考える。ただ、その指弾の対象が、より叩きやすい個人などにシフトして私刑の快楽を得ることが優先されているケースも少なくない。そのターゲットはときに為政者でもなければ、強固なシステムに守られているわけでもない個人に設定される。そしてこのとき彼らは「敵」に設定しやすい相手、つまりそのコミュニティで嫌われている相手であれば、事実に基づいていない批判も、前後の文脈を無視して悪意を持って文章や発言の一部を切り抜き、批判しやすく「加工」するようなアンフェアなやり方を許容する。しかし果たしてこうして「コストパフォーマンスのいいサンドバック」を選ぶ姿勢が「リベラル」で「多様性を重視」して「弱者に優しい」態度なのだろうか。

彼らの多くはタイムラインの潮目を読み、例えば自己の男性性、日本人であること、都市の住人であることを「反省」して見せる。それは結構なことーーと書くと嫌味のようだけれど、本当に必要なことだと思う。しかし、それが他の誰かがこうした「反省」が不十分だと(アンフェアなやり方で)指弾することばかりに執心して、自分はせいぜい「この問題に真摯に向き合いたいと思う」といった態度表明だけで済ませる人間は果たして「反省」し「真摯に思考」していると言えるのだろうか。そこに存在するのは、ただ安易な他虐による自己正当化でしかない。僕は、今日のインターネットの表面的には「リベラルな」言説の多くが、この安易さに陥っていると感じる。(実は僕が自分の媒体の書き手を選ぶときの大きな基準が、こうした卑しい、安易な発言を「していない」ことだ。)

「リンチ」はたしかに「コスパがいい」のだろう。顔の見える「敵」を設定し、悪魔化することは構造的な問題やシステムの弊害を考えるより簡単なことだし、動員もしやすい。人間の嫉妬心や業界内の利害とも結びつきやすい。しかし、より大きく、見えにくいものをしっかりと批判するためにも、叩きやすい個人をアンフェアな手続きでリンチすることに執心するべきではない、と僕は思う。

それは決して、やってはいけないことをした人間を見逃せと言っているのではない。むしろ逆だ。例えば僕は(既にYouTubeなどで述べたように)ジャニーズ事務所は「解散」する以外にないと考えているし、ジャニーによるレイプを知っていながらも隠蔽に加担していた新聞、テレビ、ラジオなどの責任者は少なからず存在した可能性が高く、しっかり調査を入れた上で彼ら彼女らを処分するべきだと考えている。その上で、芸能産業そもものの体質がどうすれば変わるのかを議論すべきだと思う。しかし、今日の言論空間ではここで「不用意な発言」をしたタレント個人への「リンチ」のほうに力点が移る……といったことが当たり前のように起きてしまうだろう。僕のこうした発言も「同じ角度と同じ距離感でアプローチしない=自分たちの気分に水を差す利敵行為」として糾弾されるかもしれない。しかし、重要なのはあなたたちが気持ちよくなることではなく、問題を解決することではないか。

本当に戦うべき相手と戦うことに注力すること、そのためにまず、自分たちがフェアな手続きの批判とリンチに「逃げ」ない倫理が必要だと思うのだ。

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