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ジャニーズ事務所は「解散」以外にないはずなのだが、なぜ社名変更とかで揉めているのか

ジャニーズ事務所の性加害の問題について最近コメントを求められることが多い。僕はこの種の話題にそれほど明るくないので、過去の類似例などに即した見解を述べるのは難しいのだけれど、一般論として「解散」以外に選択はないと思う。

創設者であり、長くリーダーとして君臨してきた人間が所属タレントを何百人も何十年もレイプしてきて、しかもそれを状況証拠的には組織ぐるみで黙認してきた可能性が高い。後者については「疑わしきは罰せず(徹底的に調査するのは前提として)」だとしても、前者だけでもはや「解散」以外の選択はないと思う。

その上で、一番の被害者である所属タレントたちのケアを考えるべきだ。被害にあったタレントの心身と社会的ケア、それ以外の現役タレントたちの別事務所への移籍と今後の活動に対して、妨害がないようにするための施策といったあたりが本来の争点になるはずなのだ。(当然、創業者一族の資産は被害者へのケアに当てらるべきだろう。)

しかし、現状は全くそうはなっていない。しばらくこの問題は追っていなかったのだが、僕が驚いているのは、問題が未だにこのレベルではなくジャニーズ事務所の「社名変更」の是非で揉めている点だ。

僕はあまり熱心に経緯を追っていなかったので、正直言って、事務所の存続が前提になっていることに驚愕した。本来ならば、上記のタレントたちのケアに続いて、ジャニーズ事務所の所業を黙認していたテレビ局関係者の調査と処分、そして能年玲奈に対するハラスメントなどをはじめとする他の芸能事務所の問題が追求されるべきだと思う。

また、テレビ局の社員にはこの状況を長く黙認していた人間が何人もいるはずで、こうした人物たちが認可事業の管理職や役員を務めているというのは、単純に考えてありえないだろう。僕はこれを機会に、「まとも」な人はテレビを見るのをやめるべき(見たい番組は配信やソフトで見る)だと思う。こうして国民のライフスタイルが変わることが、一番「テレビ」という奢った業界に打撃を与えることができるからだ。

……と、書くと左派が批判しているものは全部逆張りで対抗すると自分が強いものの側について賢く見えると考えるアレな人たちから攻撃されるかもしれない。しかし、冷静になって考えてほしい。たしかに「何にでも怒る、難癖をつける」人(一部の左派に顕著な傾向だという)はさすがにおかしい。しかし逆に、この人たちの「左派」観が仮に正しければ、これらの「一部の左派」は、少しでも体制派や資本主義の匂いのするものには何でもNGを出しているので、確率的に「正しいことも言っていることがある」ことになる(だって機械的に全部「反対」しているのだから。実際にはそんなことはないと思うけど……)。僕はマイナンバーもライドシェアも処理水の放出も条件付き賛成だけれど、神宮外苑再開発の現状案も、大阪万博の開催にも反対だ。国葬はやるべきではなかったし、森友改ざん訴訟の赤木ファイルをめぐる裁判の大阪地方裁判所の決定については憤りすら覚えている。ロシアとウクライナであれば、完全にウクライナを支持している。要するに、時には彼らと一緒に「反対」することをためらうべきではないと思っている。

話題がそれたが、僕が言いたいのは要するに目先の動員に有利だからといって、このレベルのことに目をつむるのはマズすぎるのではないかということだ。そして、これが最大のポイントなのだけどこうした主張をすると「一気に膿を出すのは良くない」「乱暴にことをすすめるとかえって被害者が増える」という反論がやってくる。しかしこれは単純な論点ずらしだ。大事なのは副作用が出ないように治療することであり、治療をやめることではない。これらの言説の目的は多くの場合治療そのものを妨害し、少しでもがん細胞を多く残すことだ(そうすることに、たとえばテレビでずっと仕事をしていきたい人や、これからたくさん出たい人にはインセンティブがある)。

そして、僕は思う。こうやって「急激に変えると副作用が大きい」という言い訳をすることで、得しようとする言説をうまく利用してこの国の「変えたくない」「変わらないほうがいい」と考えている人たちは生き延びてきたのだ。その結果が「失われた30年」と先進国とは思えない多様性の低い社会、なのだと思う。

この国の言論はこのように「いま、この瞬間に」強い側について得をする言説でポピュラリティを獲得する手法を延命させすぎた結果、ポジティブな変革を主張することが難しくなってしまっている。ジャニーズ事務所のダメージコントロールがそれなりに功を奏してしまっている背景の一つが、こうした言論空間の「体質」の問題だろう。

たしかに「アサド抜きのシリア」を西側諸国が性急に追求した結果として、イスラム国などの台頭が発生したことは間違いない。しかしそのことがアサド体制への回帰を肯定することが正解であることを意味するはずがない。変なたとえに聞こえるかもしれないけれど、いま起きていることはそういうことだ。そしてアサド体制への回帰をいま、もっとも強く主張しているのはロシア大統領のウラジーミル・プーチンだ。僕たちは、プーチンの道を選ぶべきではない。

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