見出し画像

塞翁が馬

ハハが疲れきった様子でやってきた。

「おじいちゃんが、家の鍵を無くした。」

またか。もう、何回目だろう。無くしては合鍵の作成…を繰り返し、最近は鍵っ子さながら、四六時中首からぶら下げるようになっていたのに。

朝、デイサービスの迎えの車が来て、自分で施錠して出掛けた。夕方、送迎車に乗って帰って来たら鍵が見当たらず、家に入れない。職員さんは仕方なくまた祖父をバスに乗せ、もときた道を戻ったのだそう。

連絡を受けた外出中のハハは出先から施設に迎えに行った。

「もう歳やから、しゃあないねんけどな。」

分かっているけど、やっぱり何だかドッと疲れて、きつく怒ってしまった。ちょっと言い過ぎた…と、イライラしている。

しょげた祖父、情けない顔の母、いつもと変わらない子ども達。重苦しい雰囲気とキャッキャという声が入り交じった食卓で夕食を摂る。

「明日、鍵の交換来てもらうわ。」もう無くしすぎて、合鍵はこれ以上やめておこうという結論に達し、2人はやっぱり重苦しい空気を背負って帰って行った。

一時間ほどして、ハハからの電話が鳴る。

「あってん、鍵!」

「どこに?」

「デイサービスでな、お風呂入ったときに隣の人がおじいちゃんの鍵をぶら下げて帰ってんて。」

その隣の人のご家族が、寝る前に何やら首からぶら下がっているものを見つけて、施設に連絡をくれたのだそうだ。

…いや、すごく分かります。ああいう紐のついたものって、何か本能的に首からぶら下げたくなるんですよ。誰も悪くないです。


大笑いしながら、最後にハハ。

「そう言うことでな、おじいちゃんにめっちゃ悪いことしたから、来月田舎に連れて行ってあげることにしてん。2人では、よう行かんし…あんたも一緒に来てな。」


もう、何年も帰ることが出来ていない、祖父の愛してやまない生まれ故郷。死ぬ前に、もう一度島の土を踏みたいと何年も懇願されてきたハハが、ようやく決心した。

育休復帰前に、もうひとイベントが決定した。私は鹿児島への飛行機とレンタカーと島へのフェリーを手配して…今日はここまで。

長女は飛び上がって喜ぶに違いない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?