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そんなこともありました

 あの日、ぼくは養護学校の教室で、M先生に給食を介助してもらっていました。
 野菜スープだったでしょうか。
お椀に口をつけてすすることが難しかったぼくは、ひとさじずつ運んでもらうのがこどものころからの慣れたスタイルでした。
 まっすぐ前を向いていられればいいのですが、首が安定しないので顔が揺れてしまいます。

 こどもの施設で、車いすに乗って食事をするようになり、最初は具を先にさらえてから、ストローでお汁を飲むようにしてもらっていました。
 でも、あまりおいしくありませんでした。
それで、思いついたのが上を向いてスプーンで飲ませてもらう先に書いた方法だったのです。
 そうすると、うまくバランスがとれて、ジッとすることができました。口のまわりや洋服を汚さずに、気持ちよく「ごちそうさま」までたどり着けるようになったのです。

 M先生がぼくの給食の介助をするのは、その日が初めてでした。
スープの入ったアルミ食器を手に持つところが見えたので、いつものように顔を上に向けて、できるだけこぼさないために、アゴがはずれそうになるほど大きな口を開きました。

 ところが、思わぬ展開が待っていたのです。
「巣の中のヒナみたいに口を開けて、あなた中学生なのよ!ワタシは親鳥じゃありません!主体性を持ちなさい!」
 野太い声でした。すごい迫力でした。

 最初のほうで、「思いついた」と書きましたが、別に気を使っていたわけではなくて、口のまわりが汚れると気持ち悪かったし、十才前後といえば、カッコよさに目覚めはじめた時期と重なります。

 こどもなりの経験から出逢うことができた工夫を否定されたみたいで、とても悔しかった情景を思い出します。
 言い換えれば、「ぼく」を否定されたように感じてしまったのでした。
 自我というか、プライドはうまくつき合えれば、なかなか本人では描きにくい「自分らしく生きる」ための支えになるのではないでしょうか。

 クラス担任は五人いて、順番に食事の介助をしてもらっていたので、週に一度はM先生と給食のトレイをそばに向きあわなければなりませんでした。
 いまを重ねれば「天井を見ながら食べることを選んだのはぼくだから、コレも『自己決定』だし『主体性』のひとつのスタイルなんや」なんて、意地を張る確率は五%ぐらいでしょうか。
 こんなおじさんになって確率五%しかないということは、M先生が介助する日の給食は苦行の連続でした。
黒板を見つめることで、首を安定させようと考えましたが、ビビる意識が先走って簡単にはいきません。
 ほかの先生に相談すると逆効果になりそうで、忍耐の道を選んだのでした。

 主体性は行動として目に見えることはあっても、内面に宿るものだから、「ヒナ鳥スタイル」と結びつけるのには、違和感を持ってしまいます。
 M先生の消息は、わからなくなってしまいました。
 入学したばかりの学ぶことへの好奇心いっぱいの一年の中の出来事だっただけに、真意を知りたいと思うのですが…。

 ぼくは十五才ぐらいから成長していないとツレに苦笑したら、「ボクは十二才ぐらいかなぁ…」と投げ返されました。
 いずれにしても、思春期の思い出のひとコマには違いありません。
 

 市場の豆腐屋のご夫婦と「十年後はおたがいにどうしてるかなぁ」と、立話をしました。
 他分野で開発されるさまざまな技術を、一人ひとりの「こうありたい」という暮らしに役立てられたら、ステキなことではないでしょうか。
 みんなが食べていかなくてはならないから、需要と供給の問題はハードルが高いけれど、少子高齢化は「こうありたい」暮らしへの実現のための困難さに拍車をかけるだろうけれど、若い人たちのこれからと、これまで生きてきた人の苦労が報われるシステムは、ほんとうに不可能なのでしょうか。
 ぼくは自動運転の車で、津軽海峡の冬景色に逢いに行きたい気がします。

 それにしても、一人ひとりの生活と命を破壊するための兵器の研究に税金を使ったり、安全性の確立ができていない原発を輸出したりすることはやめてほしいですね。

 この文章がどこからスタートしたのか、すっかり忘れてしまいました。

 最後に、なかなか伝わりにくい「うれしかった話」で、締めてみようと思います。

 この間、若いサポーターのKくんが、ぼくの目の前でのうのうと足で扇風機のスイッチを消しました。
 ぼくはよく話すんです。
「ぼくの前ではエエとしても、相手を考えてやりや。ウルさい家族さんとかの前では絶対にやめときや」
 Kくんは、音楽の趣味があうことと、いつも問いかけに素直に応えてくれることと、ぼくの知らない分野の話をよくすることで、とても楽しく過ごせるサポーターさんのひとりなのです。

 さっそく、ぼくはつっこんでみました。
「おいおい、足で扇風機のスイッチ消したり、他の家でしてへんやろなぁ?」
すぐに返事が戻ってきました。
「ちゃんと、考えてますよ。曜日によっては女性陣にかこまれながら働いてますから。こんなことするの、ココとアソコぐらいですから」
 めずらしく、彼は悪い顔をしていました。

 ぼくの嫌いなマニュアル通りじゃなくて、平気で悪い顔をしている彼に、心の中で「がんばろうなぁ」と、エールを送っていたんです。

最近は不調で、三日ぶりの投稿ではないでしょうか。

 なんのオチもなく、それでは、おやすみなさい。

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