【ぶんぶくちゃいな】台湾海峡「演習」で疲弊したのは一体誰か?

「実のところ、台湾人はもうすっかり中国との関係なんて大して話題にしなくなってるんだよな」

台北にいるFが言った。香港紙に出ていた「国民党はすでに党内路線を『親米愛台』に定めており、ペロシ米下院議長の訪問を歓迎する姿勢を見せている」という論説の真偽について尋ねたときのことだ。その時、彼が抱えていた最大の問題は、彼の家を含む一部地域が停電していることだった。

「大型モニタが使えず、ラップトップコンピュータの小さな画面で仕事しなくちゃいけなくて悪戦苦闘している。何よりも最悪なのはエアコンが止まっちまってることだ」

――停電って、やっぱり「演習」のせい?

「いや、設備が古すぎるからだと思う。これが午後まで続くなら、ちょっと場所を移して仕事するしかないな」

――あら、ミサイル飛んでるのに仕事するのね…

「台湾国防部のサイトには特に新しい情報が出てないんだよね。日本の防衛省のほうがずっと参考になる」

彼はわたしの友人の中では指折りの航空事情通だ。つまり、個人的には頭上を飛び交う「演習」や「ミサイル」には最大の関心を払っているけれど、目下のところは仕事が最優先なのだ。

「…だから、台湾の航空会社や船舶会社もどうしていいのか分からなくて、中国側のド派手な事前通告を参考に対応してる」

…確かに。日頃なら演習情報を漏らしたら「国家機密漏洩」に問われるのに、今回は中国軍部自らが丁寧に事細かに事前通告しているものねぇ…。

おっと、そうだ、件の論説の真偽について、冒頭の一言の他に彼はこう言った。

「国民党中央内部ではだいたいそういうところだろう。国民党だって米国の政策に公に反対はできないからね。ただし、支持者の中には、すべては蔡英文・現総統のせいだ、責任を取れと言い続けている連中もいる。つまり、国民党は対外的には親米の態度を取りつつ、内部では事態を利用して政敵の民進党を追い落とそうとしているわけだ」

8月2日のペロシ議長の訪台は、もともと予定されていた4月に比べて、絶妙なタイミングだったことは間違いない。この秋、米国は中間選挙を控え、中国は20回目となる共産党党大会が予定されている。さらに11月には台湾でも統一選挙が実施されることになっており、これは2024年に行われる総統選挙前の「中間選挙」的な意味を持つ。つまり関係各者はそれぞれに、自分たちに有利な世論作りを狙えるのだ。

だが、Fは「今回の演習が年末の選挙に影響するかは微妙だな」といいつつ、こう述べた。

「たぶん、中国は軍事演習を常態化させるだろう。そうやって台湾の経済や民生に影響を与えて、民意の怒りが現体制に向かうように仕向けるつもりだろう。だが、実際に中国側がどこまでそれを続けられるか、その辺は未知数だな」

そう言って、また仕事に戻っていった。

当初、中国はその「演習」期間を「7日正午まで」としていたが、その予告期間を過ぎても中国軍機は台湾上空を飛び続け、10日午後になってようやく「終了」を宣言した。それとほぼ同時に中国政府は「台湾問題と新時代の中国統一事業」と題した白書(以下、「白書」)を発表した。

●「白書」はだれに向けたもの?

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