【読んでみました中国本】選択できない夢を見ながら生きる人たちの希望、人生、そしてお金:山田泰司「3億人の中国農民工 食いつめものブルース」

出稼ぎ労働者、というと、いつも「小伍」(伍さん)を思い出す。わたしの13年あまりの北京での生活で、最も頼りにし、また最も身近にいてくれた出稼ぎ労働者だった。

当時わたしが暮らしていた家はとても快適だったが、一人暮らしにしてはちょっと大きすぎた。もともと家事の中でもっとも苦手なのが掃除だったので困っていたら、友人に紹介されて彼女が週1回掃除に来てくれることになった。

当時の彼女は30代そこそこだったが、すでに北京で家政婦として働くようになって9年といっていたから、わりと若いうちに思い切りよく故郷の安徽省から北京に出て来たことになる。上海在住の筆者によるこの本にも安徽省からの出稼ぎ労働者の話が出てくるが、安徽省から近場の上海に行かず、わざわざ北京に来た理由は夫の親戚がすでに北京で働いていたからだそうだ。一緒に出てきた夫はたしか運送業の運転手をしていた。

わたしはと言えば、家で作業をすることが多かったが、最初から家の鍵を渡し、彼女はいつもの時間にやってきて鍵を開け、まず仕事場にいるわたしに声をかけてから仕事に取り掛かる。こちらが特になにも言わなくても、いつも丁寧に仕事をこなしてくれるから、とても安心できた。

それでも、ときどき手が滑ったり、力が入りすぎたりしてモノが壊れたり、傷が入ったときには、そっと仕事場までやってきて、まるで中国語学習者の例文のように、「わたしは悪いことをしてしまいました」とぎこちない言葉遣いで声をかけてくる。我が家には高級品なんて何もなかったからたいして痛い思いをすることはなかったのだが、彼女はいつも小さくなって「ごめんなさい、ごめんなさい、次から気をつけます」を繰り返すのだった。

彼女の顧客は日本人やシンガポール人、香港人にアメリカ人、あるいは海外帰りの中国人と、国際色豊かだった。ときには彼女に頼まれて、中国語がほとんどわからないアメリカ人女性に彼女の代わりに電話をかけて伝言を伝えたこともあった。真面目に働く彼女が困っていると、とにかく手伝ってあげたい、そんな気にさせてくれる人だった。

わたしは100%彼女を信用できると考えたから、カギを渡し、出張や帰国で一定期間不在にするときも部屋の空気の入れ替えや植物への水やりなどに留守を頼み、いつもどおりのお給料を払っていた。わたしが長期不在時には、なにか起こってはいないかと、仕事に行くついでにわざわざうちの担当日以外も立ち寄ってチェックもしてくれていたらしい。

わたしは彼女という人に巡り合ってラッキーだったと思う。周囲にいた一人暮らしの外国籍の女性たちは、やはり自分の不在時に勝手にカギを開けさせて「赤の他人」を家に入れることに抵抗があるという人が多かった。

実際に小伍が話してくれたところによると、ある雇用主は、彼女の前任者が盗みを働いたからとクビにしたという。小伍は「そんな目に遭ったら、家政婦を信用できなくなるのも仕方ないですよね」と、真剣な顔をして言っていた。

「その家政婦、バカだと思います。他人の引き出しから1000〜2000元(約1万7000円から3万5000円)抜き取って、その後続く仕事を全部パァにしちゃうなんて。ネコババは一時のことだけど、お仕事は数ヶ月、数年間続けられるし、気に入ってもらえたら次のお仕事も紹介してもらえるのに」

わたしはこの言葉でこの人は信用できると思った。先が見通せるひとなのだ。それでも彼女の雇用主の中には必ず自分が在宅しているからとカギを渡さず、数時間ドアの外で待ちぼうけを食らわされることもあった。カギを預けてもらえないのは仕方ないと思えても、家で小学生の娘が待っている彼女にとって、だらだらと時間がずれ込むのは辛かったらしい。

●縁の切れ目は金次第…

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