母への手紙「蒼鷺」を綴る4 〜怒涛の11日間(後篇)〜

5月22日(日)に鈴木何某の3rdSingleとなる「蒼鷺」がAppleMusicやSpotify等の各種音楽サイトより配信開始された。是非、ダウンロードして聴いていただきたい。

※サブスクは予定より1日遅れでの配信となり、待ってくれていた人にはご迷惑おかけしたことを、この場を借りてお詫び申し上げます。皆さんの優しさに甘えるのではなく、しっかりと反省して次に繋げ、より良い音楽をベストなタイミングで、誠心誠意届けられるようこれからも精進して参ります。

5月01日(日) MVリリースまで残り5日

土日は貴重な制作時間だ。逃すと本格的に公開日に間に合わないこともあり、家事を全力で終わらせて、楽曲制作の合間には母と共に過ごした。懺悔すると今までは部屋で一人でご飯を食べるのが当たり前だったが、母の孤独に気づいてからは、なるべく母と一緒に食べるようにし、今を感じられる時間を少しでも長く取ることを心掛けている。

今回は制作に十分な時間がないこともあり、細かい加工が必要にならないよう録り音には細部にわたりこだわった。アコギをコンデンサーマイクとラインを混ぜ左右から鳴らすことによってある程度のワイド感を作り、低音はあまり切らず弾き語り感を演出。ドラムもそれに合うようなアコースティックなサウンドを選んだ。

ベースの帯域は下手すると母には聴こえないので、基本は大人しいフレージングにし、大サビ前の語りかける部分のみ、メロディーをなぞるようにした。サイドのエレキギターについては極力邪魔にならないようなクランチ気味サウンドにし、こちらもフレーズも大人しいものに。

メインギターのイントロのギターソロについては、咄嗟に思いついたアドリブをそのまま採用した。Aメロ頭のメロディが高音から下るような癖の強いフレーズである為、イントロのフレーズは自然と限られてくる。邪魔しないよう雰囲気を演出しなければならないので悪戦苦闘していたが、自転車で買い物中に思いついたものだ。

踏まえてうまく完成出来たと思い、すぐチームメンバーに共有したところ「(前に聴いたラフより)アウトロが長すぎて別の曲みたいだから、勿体無い。」「今回はとにかく個人的な母親への手紙がコンセプト。声を聴かせるためにも、サイドギターをもっと大人しく出来ない?」という意見がかえってきた。

アウトロについては少しでも母を楽しませようと思いついた部分でもあったので悩んだが、よく考えてみれば、歌がなくなったあとに母親がまだ曲を聴いていることを想像できない。サイドギターに関しては自信があっただけあって「これ以上どうしろと?」という良くない思考に陥った。

しかし、一度これでもかと絞った雑巾を元に戻し、再び絞るとまだ数滴の水が出るように「作品作りはアイディアが枯渇してからが勝負」ということを思い出して自らを奮い立たせ、改めてギターを手に持ちアレンジを再開した。

5月02日(月) MVリリースまで残り4日

サイドギターについては2番のBメロ部分のギターのみ別フレーズに置き換え解決した。アウトロ部分の「どう終わらすか」を考えようと改めて楽曲を聴くと、さらに別の大きな問題が発生していることに気がつく。

転調後、ギターがバレーコードになったことが原因か、はたまた転調して倍音が変化したことが原因が、盛り上げなければならない大サビがスカスカに聴こえてしまっている。

「ミックスでは解決できない」。今までの経験からそのことに気付いてしまい、とてつもない危機感に襲われた。技量のないミックスで小賢しいことをしても、違和感を生み曲の本質を邪魔してしまう。

アウトロ含め「大サビ以降全部録り直し」の文字が頭に浮かび、リリースまでの残り少ない日数で可能なのかどうかも含め葛藤したが、後悔の念が宿った曲など愛せるはずもないというシンプルな理由から、録り直しを決めた。

さらにこの日は、ボーカルのレコーディングもあった。この楽曲に関わらずボーカルは要。弱い部分の強化と表現力アップのため、先日からボイストレーニングに通い始めていたので、上記の映像のようにレコーディング前には声を出して調整を行なった。

生涯歌い続けられるように、3時間のワンマン(約25曲)で声を枯らさず歌えるように、という具体的な達成目標を掲げた上で講師の方から頂いた指摘は、以前から自分でも気になっていた「声帯の過緊張」。

高い音、低い音を発声する際に喉がぐっと締まり過ぎてしまうと、聴いている相手に「苦しそう」という印象を植え付ける。さらにそれは、声帯の寿命も縮めるとのことだった。鏡の前で歌い口の形を確認すると、横には開くが縦には開かず、これも苦しそうに聴こえる要因になるそうだ。また、地声とファルセットの境目がはっきりしてしまい表現力に乏しくなる。

これを解決するため、口を縦に開くことを意識し「お」をファルセットから地声に、地声からファルセットにゆっくりと降下・上昇を繰り返す訓練を行う。映像の通り全くうまくできていないが、自分の場合、これをやるやらないでレコーディングの質に雲泥の差がつく。

レコーディングはいつもより力を抜いて歌うことができ、目指していた「寄り添った」歌い方に近づけたと自負している。

その頃、森田氏から先日撮影した映像の生データが届いた。今回、このような切迫したスケジュール、予算のこともあり、映像編集は自分で行うことにした。その状況を前提にしつつ映像はコンセプトに沿ってシンプルに手紙を書く様子を撮り、編集としては上下反転や全体的な色味加工、早回し度合いの調節のみで済むものではあった。

大サビ以降のことを考えつつボーカルトラックの編集をしながら、同時進行で映像の編集を開始した。

5月03日(火) MVリリースまで残り3日

前夜からははじめたボーカルトラックの編集。本記事でそれについて詳しく綴ろうと思ったが、如何せん内容が専門的になってしまうため、番外編として別の記事にまとめることにした。興味のある人は是非覗いてもらいたい。

「母への手紙「蒼鷺」を綴る 番外編 〜ミックスのこだわり〜」

ボーカル編集には8時間も費やしたが、作品を理想形にもっていく為にはいわずもがな必須となる作業。手を抜いてはいけない最も重要な部分と言えるので、多少時間はかかってもこだわりをもって行っている。

5月04日(水) MVリリースまで残り2日

この日は仕事が休みだった。今思えばこの日休みでなかったら5月6日の公開は不可能だった、といっても過言ではない。

まず着手したのはアウトロのアレンジ。長過ぎるという指摘もあったので、後半をばっさりとカットし、短いフレージングで終わらせることに。しかし、それだけではあまりに淡白過ぎると感じたので、最後の最後にもう一度転調させることにした。

コード進行はB→F#onB♭→G#m7→F#→E→(Em)→B。ルートがF#であるため本来最後のコードはF#にすることが定石だが、(Em)で転調させることでBを終止とさせている。

また、より自然に聴かせるためにギターのフレーズをいれようと参考にしたのが、oasisの「don't look back in anger」のアウトロだ。思いを含み、曲の終わりを感じさせ、なんとも言えない切ない気持ちになる素晴らしいフレーズ。本作ではあまり大きな音では鳴らしていないが、雰囲気の色付けとしては良かったと思う。双方、自然すぎて誰も気が付かないと思うが、楽曲に違和感なくこだわりをもって終わらせられたのだから、それでよい。大サビ以降の録り直しも無事完了した。

ミックスについては、特段書くことがない。というのも、先述の通り完成形を見越したレコーディングを行っていた為、いつもの1/10程度しかいじっていない。必要な部分に、必要な分だけプラグインをかけていき、遂に2ミックス音源が完成。

MVについても速度の倍率調整を行う程度で滞りなく作業は進んだ。再度MVを見返しながら、前記事で書き漏れていたMVのこだわりを思い出す。MVの最後、「蒼鷺」という文字を封筒に書いて手紙を持っていくまでの間に、これから母に手紙を出しにいく流れを自然にみせるため、アウターを羽織っている。袖の部分しか映らないが、これもこだわりの演出のひとつ。

短期間の制作であったが、近藤氏に様々なアドバイスをもらいながら、納得のいく出来といえるところまで詰められたと思う。

5月05日(木) MVリリースまで残り1日

MV公開日前日。会社から帰宅し、すぐに音源のマスタリング作業に入る。音量アップのために圧縮させ過ぎるとダイナミクスが減り、曲の良さが半減してしまうこともある。特にこの楽曲は「生感」を大事に作ってきたので、注意しながら進め、音源作成が完了した。MVも、仮で入れていた音源と差し替え完成。

長いようで短かった本作品の制作が終わった。言葉にしようがない満足感、そして、実は昔から作りたいと思っていたが、うまく言葉にできず書けなかった「母へ思いを綴った曲」を書き上げられたという歓びが一気に押し寄せてきた。

この曲を聴いて、母はなんて言うだろう。手紙を渡す時、なんて言えばいいのだろう。そんなことを想像しつつ、今までの母との思い出もフラッシュバックして、思わず感極まってしまった。せっかく曲にしたのだから、この気持ちを大事に、今度はたくさんの人に聴いてもらうことを考えていこうと思った。

YouTubeへの公開予約、サブスクへの申請、ティザー(告知動画)の作成を行い全ての準備が完了。あとは当日を待つだけだが、「MONSTER」の時と同様この気持ちを伝えるためにnoteを書き始めたのもこの時だ。

5月06日(金) MVリリース当日

ほぼ事前告知無しでの急な新曲公開に驚いた人もいると思う。これまでの記事を読んでもらえれば経緯を理解してくれるはずだ。本当に苦しいスケジュールの中の制作であったため、チームメンバーや森田氏の協力なしでは公開までたどり着けなかった。月並みだが「持つべきものは友」だ。本当に感謝している。

「MONSTER」に比べ即効性の強い曲ではない為、反応があるか正直不安なところもあったが、曲を聴いてくれた人からのコメントは本当にあたたかった。なんとか母の日の前に公開できたことで、トレンドによる表示回数の増加にも繋がったのも、良かった点の一つだ。

5月07日(土) MVリリース翌日

5月8日(日)にライブへの出演が決まっていた為、昼はリハーサルをしに新宿へ向かった。帰り際に、ライブ当日会場限定で配布するCD-Rを購入。帰宅後はひたすらCDを制作していたが、その間母とは何度か顔を合わせていた。

当然照れ臭さもあり言い出せずタイミングを伺っていたが、夜11時ごろ、満を辞してようやく母に「聴いて欲しい曲があるんだけども」と声をかけた。そして、覚束ない手で歌詞を綴った手紙を渡す。

母が再生ボタンを押してヘッドホンで聴き入っている間、俺は手持ち無沙汰になり、無駄に冷蔵庫を確認してみたり、窓をあけてみたりと落ち着かなかった。考えてもみて欲しい。その人のために作った楽曲を、まさしく「その人」に聴かせているのだ。この曲に対する思いだとか、どんな気持ちで書いたかだとか、色々言おうとしていた事柄もすっ飛んでしまい、頭が真っ白になる。

振り返ってみると、生まれてこのかたお礼なんてちゃんと伝えたことがなかった。どれだけ思いを込めようとも、その場では照れ臭さが勝ってしまった。これはきっと、どんな親子もそうだと思う。

曲を聴き終えてヘッドホンを外した母のリアクションが上記の動画だ。楽曲に対する評価は「なかなか良い」という辛口であったが、ほんの少しだけ嬉しそうだったのは、思いが伝わったとみて良いだろうか。

5月08日(日) MVリリース翌々日

母の日当日、俺は下北沢へ向かい「ろくでもない夜」というライブハウスでお笑い芸人である三拍子高倉稜さんが「RYO TAKAKURA」名義で音楽活動をしており、そのリリースイベントに出演させていただいた。サポートとしてCartilageというバンドのドラマーであるMr.SKをカホンに迎え、「蒼鷺」を含む4曲を披露。

実に3年ぶりとなるライブハウスでのライブ。出演者挨拶、リハでのサウンドチェック、楽屋での会場モニタリング、本番の時間を見越した軽食、オープン前の静かな会場、ステージに立った瞬間に頭が真っ白になる感覚、動かない右腕、震える足、うまく出てこない声、空回りするMC、あまりにもあっという間に終わってしまう本番。ライブ後の汗だくの体。ぐしゃぐしゃのギターのケーブル。CDを買ってくれて「良かったよ」と話しかけてくれるお客さん。終演後の中打ち上げ。全てが懐かしく、全てが新鮮だった。

反省点はたくさんあったし、こんなにも緊張するとは思っていなかったが、その何倍も「気持ちいい」という感情が膨れ上がって最高の気分だった。曲を好んで聴いてくれているとは言え、ライブの出演まで誘ってくださった高倉さんには感謝しかない。

さいごに

ライブから気分良く帰ってきた後、母にライブのことを「昨日聴かせた曲あるじゃない?それをね、今日…」と話し始めようとすると、母はきょとんとした顔でこちらを見て「曲?」と言った。

忘れてしまっていた。昨日の出来事をすべて、忘れてしまっていたのだ。

予想はしていたものの、その状況を目の当たりにした時俺は口ごもってしまい、怒りとも悲しみとも言えない感情が込み上げ、その場を去って部屋にこもって、数十分うなだれていた。特別な思いを伝えたら何かが変わると思っていたけど、現実はそんなに甘くない。考えてみたら当然のことだ。

でも、それで諦めていたら、自己満足になってしまう。これから、どれだけ一緒にいられるかわからないが、寄り添おうと決めたのだから。日々のことを忘れてしまう母とも向き合っていこうとこの曲を書きながら心に誓ったのだから。自分の部屋を出て、母ともう一度話そうと思ったが、母はもう就寝していた。

それから、たまに「蒼鷺」を聴かせ、二人でそれについて話すことにしている。鳥を見に行く以外に、もう一つ「今」を話すキッカケができたのだ。それだけで、この曲を作った価値がある。忘れてしまうのなら、何度でも、何度でも、歌い続けていけばいいのだ。

「蒼鷺」と書かれた手紙は、今でも母の枕元に置いてある。母が大事そうにしてるので、わざとらしく「なにそれ?」と聞くと「わからない、けど取っちゃダメ。」と睨まれる。

何かが変わるのは表面的なことだけではないのかもしれないな、とそんなことを思いながら、今日もまた、母と散歩に出かける。



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