誰なんだ

幼少期のいくつかの出来事を、わりあいはっきりと覚えている。
今までnoteに書いた話も、記憶違いはあるとしても、意図的に補完した部分はない。むしろ元の記憶がより長く詳細なので、冗長な部分を削っている。

ただ、いくつかのエピソードを覚えているだけで、記憶の数自体は少ない。幅もない。
たとえば小中学校の頃どのように学校生活を送っていたか、クラスメイト、先生の名前、教科書の内容なんかはほとんど覚えていない。

数年前ある必要に迫られて、中学の有志主催の同窓会に参加した。
会場はホテルでビュッフェ形式だが、直前まで忘れていたので着るものがなく、学会用に持っていたグレーのスーツで参加した。スタッフだと思われてトイレの場所を聞かれた。

会場内の会話を聞いていると、どうやらなんとなく3年のクラスごとにわかれているようだったが、メンツを見ても自分のクラスがわからない。名札に書いておいてほしい。
とりあえず他人のおしゃべりの合間を縫ってビュッフェのいいとこどりをしていると、一人の女性が話しかけてきた。

「久しぶり!3年の時1組だったよね?今あっちで何人か集まってるから行こ!」

そうか、私は1組だったのか!
なんて親切な女性なんだ。そしてなんて記憶力がいい女性なんだ。
彼女の名札を見る。見覚えがない。誰なんだ。

壁際で輪を作っているかつてのクラスメイト(らしい)たちは、私を見て「おっ」という顔をした。覚えていてくれたのか。ありがとう。名前に見覚えがない。誰なんだ。

「おー久しぶりだな」「どこの大学行ってるの」「元気してたー?」
などなど真人間らしいやり取りののち、話題は中学の思い出話へと移行した。
「3組の女の子が大喧嘩してさー」「その後あたし日直だったから床の血拭かされた」「セクハラやばい先生いたじゃん」「校庭に救急車来た」

どれも母校を象徴するようなものばかりだが、一番盛り上がったのは、ある人物の名前が出たときだった。

「ルロイ修道士」

「いた!」「握手!」「指をこう、こうしてさー」「あったあった!」


ルロイ修道士。


誰なんだ。


ALTの人か?と思ったが、聞いていると国語の登場人物のようだ。だめだ。覚えていない。

おそらくこれをお読みの同世代は自力で思い出せるのだろう。
私は後でググった時に、挿し絵を見て「あった......気がする」と思ったくらいで未だよく思い出せていない。

話題がそのままルロイ修道士になってしまったので、「桃食べてくる」と言ってその場を離脱した。
すると、反対の壁際にいた先生らしき人が私を笑顔で手招きした。あ、この人はなんとなく見覚えあるぞ。名札の名前にも見覚えはあるけど、誰なんだ。

とりあえず「お久しぶりです」と言った。
「久しぶりだねー割れ台くん。元気だった?」
「お陰さまで......。先生もお元気そうでなによりです」
「1組の人たちとも仲良かったんだねー。意外だなあ、5組から一番遠いのに」


私1組じゃなかったのかよ!

誰なんだ。
彼らにとって私は、一体誰だったんだ。


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