詐称

同じ場所では長くシゴトをしないという詐欺師や泥棒の気持ちが、最近になってよくわかる。


勉強や仕事をしに日々出掛けているはずなのだが、なぜか他人に自分の私生活を語らなければならない場面がある。
友人や身内ならともかく、仕事以外の己の情報が仕事仲間の中にじわじわと蓄積されていくのは、背がむずむずして落ち着かない。

自分がそんなだから仕事仲間の私生活について語られない限りまず深く突っ込まないのだが、それだと酒の入ったおじさん方に「冷たいなあ」と言われる。
しかしおじさんよ、幼い我が子のノロケならともかく、鬱屈した高校生の息子について「お前も昔そういうのあった?どう思う?」と言われても、言葉がかけづらい。
強いていうなら、自分がその息子だったら父親の会社の後輩に思春期の悩みを知られている状況は死ぬほど嫌だ。


そんなこんなでここ数年、自分の情報を隠匿するためにホラを吹くようになった。

飲み会の定番、一番よく聞かれる質問が、恋人の有無だ。この質問にはこれまで「いない」と答えていたのだが、案外「いる」より「いない」の方が面倒くさいことになると気づいた。
こちらは「いない」で話を終わらせるつもりなのだが、なぜいないのか、前にいたのはいつか、良い子を紹介してやろうか、合コン呼んでやるよ、などなど、「過去の傾向と今後の対策」みたいな話でかえって盛り上がってしまうのである。

そこで、この質問に「いる」と答えることにした。案の定「年下か」「いつ知り合った」「見た目は」など聞かれるが、コツさえ覚えれば答えるのは苦痛ではない。
コツというのは、嘘を言うのは少しだけにすることだ。

「私の恋人ですか?」「背が高いです」「年上ですね」「都内住みです」「初めて会ったのは大学の時でした」「放送関係らしいです」「結婚は今のところ予定ないですね......」「写真は今持ってないです」


この受け答えの中で私が不誠実なのはただ一ヶ所、「恋人ではなく擬人化した東京タワーの話をしている」という点に尽きる。


こんなホラばかり吹いていたら楽しくなってきて、飲み会のたびに(小物ハンガーという名の)恋人について答えたり、(シンセサイザーとの)休日の過ごし方を開示したりしていた。

それが最近、困ったことになってきた。誰にどんなホラを吹いたのかそろそろ忘れかけてきているので、同じメンツの中で以前と同じ質問をされると困ってしまうのだ。
質問した人は私の以前の返答を覚えていないわけだからかまわないが、同席する他の人間は覚えているかもしれない。
恋人をとっかえひっかえしていると思われるなら構わないが、ホラ吹きであることがばれるのはよろしくない。

私が河岸変えする詐欺師と泥棒の気持ちがわかると言うのはそういう理由だ。蓄積した数々の嘘をそこに置き去りにしてなかったことにしたいのだ。
こうやって書くと端的に人間のクズと言われそうだし、そう強く否定もできないのが困った所である。


しかし、そろそろ真人間に戻る決断をしてもいい頃だと思う。
東京タワーとも小物ハンガーともその他もろもろとも別れたことにして、恋人のいない正直者に戻るべきかもしれない。

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