【短編】「リゾバの攻防」

1. 勉強の環境

「リゾバさ、ここでいい?」
「この北海道のやつ?」
「そうそう。他、どっか行きたいところあったりする?」
「いや、俺は特にないかな。食事とWi-Fiさえあれば」
「サクライは?」
「俺もどこでもいいかな。てかこの案件、結構よさそうじゃね?」
ゴールデンウィークの最終日、予定のない僕とサイトーとサクライは、Café Forestに集まって夏休みに行くリゾバの予定を決めていた。
リゾートアルバイト、略してリゾバとは観光地のホテルに1か月ほど住み込みで働くことだ。
夏休みを利用して働く人が多いため、早めに案件に応募しておかなければならないのだ。
*
僕とサイトーは毎週末、Café Forestに集まって勉強していた。
お互いにとってwin-winだったからだ。
とは言っても僕がやっていたのは勉強ではなく就活だったが。
昔は就活と言えば情報解禁日である大学4年の3月がスタートだったが、今では早期化が進み、今では年内(大学3年の12月)に内定を持っている人も少なくない。
とは言え日本の旧態依然とした制度が簡単になくなることはなく、ES(エントリーシート)の締め切りが増えるのは情報解禁日以降だ。
特に3月、4月が締め切りの企業は多く、50社近くの企業を受けていた僕は一日に4社分のESを書かなければいけない日もあった。
そんな中、地元が同じで中学の同級生だったサイトーから外で勉強しないかという誘いが届いたのは、大学3年の1月ごろだった。
理系のサイトーは就職ではなく大学院に進むため、就活はしていなかった。しかし理系であるがゆえに実験が多く、集中して勉強をやりたかったのだそうだ。
こなしても、こなしても降ってくるレポートの地獄に彼は悲鳴を上げていた。
別の大学で中学時代もほとんど遊んだこともない自分に白羽の矢が立ったのは、当時学年で最も成績が良かったのが僕だったからだろう。
僕はこの誘いには乗るしかなかった。
就活では一気にたくさんのタスクをこなす突破力と数か月に及ぶ長期戦を戦い抜くスタミナを要するからだ。
環境を変えなければ集中なんて到底できない。
というわけで僕はひたすらESを書き、サイトーはひたすらレポートを書いていた。
僕は大学4年の5月になってようやく就活を終えられたが、それでもこの集まりは続いていた。
サイトーは大学院入試のための勉強をしなければならなかったからだ。
その時の僕はというと、読書をしたり趣味のピアノの譜読みを進めたり店のフリーWi-Fiを借りてスマホゲームをしたりしていた。
それでも退屈な時は、僕の数少ない友人であるサクライを呼んだ。
今回もその流れでこの3人が集まったのだ。
僕は趣味を見てもらえばわかる通り、友達は少なく、いつも一人で行動してきた。
しかしなぜかサクライとだけは馬が合った。
理由は分からない。
というか、こういうのって理屈じゃないと思う。
中一のときに「サクライ」と「ササキ」で出席番号で席が前後になって以来の仲で大学も別々だったが、2年の夏は二人でリゾバにも行った。
リゾバは同じ年の冬休みにも行く話になってたが、それはかなわなかった。
僕とサクライがリゾバに行ったという話を聞いたサイトーが、自分も行きたいと言い出したのだ。
僕とサクライはリゾバ派遣サイト「リゾバ.com」に登録していたため、後はサイトーの登録待ちだった。
しかし個人情報を入力した後の電話を面倒くさがって、サイトに登録してくれなかったのだ。
そのため結局、冬のリゾバは行けるタイミングを失ってしまった。
今回はそのリベンジを果たすべく、僕の就活が落ち着いた夏休みに行こうという話になっていた。
サイトーも重い腰を上げてリゾバ.comに登録してくれたので、やっと話が進んだところだった。
*
「確か案件に応募したら向こうから電話がかかってきたはず。前のときはそうだったよね?」
「そうそう」
「じゃあ、電話かかってくるの待つか。今日は日曜だから早くても明日以降だろうね」
その場で全員が個人情報を入力して終わった。

2. 先生の宣誓

翌日の朝8時、弟に呼ばれた。
「お兄ちゃん。この問題教えて~」
僕の10歳下の弟・ユウキは来年、中学受験を控えている。
初めは男子特有の勉強に対する拒絶反応を起こしていたが、今では朝食が終わって学校に行くまでの30分ですら勉強に充てるようになってきた。
とは言え勉強嫌いがなくなったわけではなく、塾でも3クラス中最下位クラスをキープしている。
そのため僕も算数だけではあるが、分からないところを教えているのだ。
「どの問題?ああこれか。階差数列ね」
「階差数列ってなに?」
「等差数列は例えば2, 4, 6, 8…って2ずつ増えてるじゃん?でもこの問題だと1, 2, 4, 7, 11…ってなってるじゃん?」
「うん」
「で、差がさ、1, 2, 3, 4…って等差数列になってるじゃん?」
「うん」
「てことは20番目の数は19番目の数から19大きくなってるじゃん?」
「うん。あ。てことは1+19…」
「1+19ではないかな。この増えた分が等差数列になってるじゃん?」
間違っていてもなるべく優しく指摘する。
分からないことは罪ではない。
「うん」
「だからこの増えた分を足すとどうなる?」
「ん?」
「あの公式…」
思い出してくれ…
どれだけ教えてもテスト中に自力でできなかったら意味がない。
「…」
解き方を教えるのは簡単だ。
しかし自分は、どうしてその考え方に至ったのかという思考の過程を伝えなければだめだと思っている。
そうしなければ単なる解法の丸暗記になってしまうからだ。
しかし、それはそれで伝え方が難しい。
「うーん、何て言えばいいんだろう…」
「もう学校行かないと遅刻しちゃうよ」
母の声がした。
時計を見たら、もう8時10分になっていた。
「やば。じゃあ行ってきまーす」
*
教育熱心な母は、弟を小3の冬から塾に通わせている。
中学受験はせず高校受験をした僕の経験がきっかけである。
母曰く「高校受験になると、良い学校が全然ない」のだそう。
ここで言う「良い学校」というのは、もちろん偏差値のことだ。
確かに開成を除いた男子御三家や神奈川御三家、その他有名進学校は生徒を中学からしか募集していないところが多い。
しかし本人は受験に全く興味がないのに、それだけの理由で受験をさせるのはいかがなものかと僕は思う。
確かに高校募集をしていない学校は多いが、だからと言って高校募集をしている「良い学校」が少ないわけではない。
自分だって開成こそ落ちてしまったものの早慶の付属校を受けまくって、そのうちの一つに引っかかることができた。
なので中学受験をすることが正義だとは思っていない。
その一方で、やるからには「良い学校」に入ってほしいという思いもある。
兄弟とは言え10歳も年が離れると、もはや兄弟というより子どもを見ているかのようになってきてしまうのだ。
*
「ただいま~」
学校から帰ってきてから塾に行くまでの数分間も勉強だ。
今回教えるのはこの問題らしい。
”一周600mの池があります。お兄さんと弟は逆方向に進むと5分後に初めてすれ違い、同じ方向に進むと12分後に初めてお兄さんが弟を追い越します。二人の速度はそれぞれ何m/sですか?”
旅人算と呼ばれる問題だ。
中学数学であればすぐに速さをx,yと置いて連立方程式にすれば良いのだが、算数ではそうはいかない。
算数では以下の手順で解く。

1.     600÷5=120=(お兄さんの速度+弟の速度)
2.     600÷12=50=(お兄さんの速度-弟の速度)
3.     1,2を足すと170=(お兄さんの速度)×2となる。
4.     お兄さんの速度は85m/sと分かり、1から弟の速さが120-85=35m/sと分かる。

速度の和、速度の差という概念はどう伝えれば分かってくれるだろうか?
「まずこの『逆方向に進む』の方なんだけどさ、これ、二人の進んだ距離合わせて一周ってことじゃん?」
「うん」
「で、これにかかったのが5分ってことじゃん?」
「うん。あ!てことは600×5?」
そこは分かってくれよ。
「そっちじゃないかな~」
「じゃあ600÷5だ!」
明らかに勘である。
「本当に分かってる?」
「分かんない」
怒ってはいけない。
分かっていないのを分かるようにするのが自分の仕事だ。
「じゃあ、最初に言ったとこ分かる?『逆方向』だから…」
「速度の差だ!」
「そうじゃない!」
なかなか伝わらないことに苛立ってしまう。
「もう塾なんじゃないの?」
母の声だ。
また説明が終わらないうちに、塾に行く時間になってしまった。

「せっかく3年生の頃から塾に通ってるんだから受験もうまくいってほしいよね」
大学生にもなるとほとんど家族と話すことはなくなる。
しかし我が家では弟が塾でいない夕食の時間帯に、弟の受験について話し合うことは増えていた。
「ユウキはお兄ちゃんの教え方が先生より分かりやすいって言ってたよ」
びっくりした。
あんなにイライラしながら教えている自分が分かりやすいなんて思われないと思っていたからだ。
今までも一生懸命に教えてきたが、そう言われると今まで以上に力になりたくなる。
「そう言えば夏期講習始まるのっていつだっけ?」
「7月24日くらいじゃなかった?」
「そうか」
夏は受験の天王山。
これは小6や中3などの受験学年以外にも言えることだと思う。
ここで学力の差がついてしまうからだ。
1か月という長い休みのため、単元もガッツリ進む。
最下位クラスの弟は、どちらかと言えば差をつけられてしまう側だろう。

3. サイトーのサイト

変だ。
リゾバの案件に応募してから2週間近くたったのに、全く連絡がこない。
「リゾバの会社から連絡来た?」
チャットにメッセージを送る。
僕らは普段、チャットのグループで話す。
僕とサイトーとサクライの3人がいるトークルームだ。
すぐに二人がチャットを見たという「既読2」の表示がつく。
就活のない大学4年生は暇だ。
「いや」
「俺も来てない」
「前は向こうから連絡来たんだよね?」
「@サクライ 前は来てたよね?」
「うん」
「枠埋まっちゃった説ない?」
「確かに。俺らが応募したのGWの最終日だったしな」
「ちょっと俺、電話してみる」
「助かるわ」
電話すると言ったのはサイトーだった。
しかしその日はもう7時で派遣会社の営業時間は終わっていたため、連絡は日を改めることになった。

「電話してきたよ」
サイトーから連絡があったのは、翌日の昼すぎだった。
「なんか、二人がまだ登録してないみたい
だから二人がやってくれないと次に進めないんだって」
そのときの僕の中には二つの感情があった。
一つは苛立ちだった。
自分がちょっとしたことでキレてしまう性格なのは、弟を教えていても実感していた。
しかし僕はこの「二人がやってくれないと」という言葉に反射的に「自分たちのせいにされている」「急かされている」というニュアンスを感じ取ってしまったのだ。
何で僕のせいなんだよ(確かに今回は僕のせいではあるのだが)。
登録はしているんだよ。2年前に。
というか2年前は自分が登録しなかったせいで行けなかったのに、今回は急に思い立ったかのように始めて、それでこっちにも早くしろって言うのはマイペース過ぎないか?
もう一つは驚きだった。
「え?」
「俺ら登録したけど?」
「もしかして最後の『送信ボタン』的なやつだけ押せてなかったパターン?」
こういうのはよくある。
個人情報だけ入力しても、最後にある「入力情報を送信」や「確定」のようなボタンを押し忘れてページを閉じてしまったら、何も入力していないのと変わらない。
案件の応募のときにそれをやってしまったのだろう。
「いや。案件にはエントリーできてるんだけど、サイトに登録できてないんだって」
「俺たち、サイトには登録してるはずだよ。一昨年も使ってるし」
「もしかしたら更新があったんじゃない?」
「確かに、年度またいでるから更新はあるかも」
こういったサイトからは年度が替わるごとに「個人情報の確認をお願いします」のようなメールが送られてくることがある。
メールをまめにチェックするタイプでない自分は、この確認メールを見落としていたのだろう。
しかし1000件以上たまっているメールのチェックは面倒だ。
「サイトーってサイトの方には登録してあるの?」
「つまんな」
「うるせぇwじゃなくて、真面目に」
意図しないダジャレだよ、と思いながらチャットを返す。
「うん」
「一応、登録画面のリンク送ってくれない?不安だから」
「うい」
リンクが送られてきた。
「サンキュー」
送られてきたリンクを開く。
サイトのデザインがガラッと変わっていた。
昔は白と青中心のデザインだったが、今は白とエメラルドグリーン中心のデザインになっていたのだ。
サイト自体を一新したのか。
そう思いながら登録を済ませた。
「登録やっといたよ」
チャットに連絡を送った。

登録をした15分後にはリゾバ.comから電話がかかってきた。
「もしもし。ササキです」
「お世話になっております。私、株式会社リゾートバイト.comの〇〇と申します」
登録した個人情報の確認や希望の案件についてのヒアリングの電話だ。
前の登録のときも電話上でこんな感じのことをやった。
「では勤務先は現在エントリーされている北海道〇〇ホテルがご希望ということで、よろしいでしょうか?」
「はい。それでお願いします」
「では最後に一点、ご質問させていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい」
「先ほど就業経験でリゾバ.comさんを利用されていたとのことでしたが、今回、弊社に変更された理由はございますでしょうか?」
言っている意味が分からなかった。
今連絡をしているのはリゾバ.comではないのか?
「え、あ、まあ、普通にマイページに入ったらここのサイトに飛んだんですけど」
意味の分からない回答になってしまった。
「ありがとうございます。それでは失礼いたします。」
そう言って電話は終わった。

「サイトってこれ?」
サクライからスクショとともに連絡が来ていた。
スクショにはマイページの写真。
そのページは自分たちが以前使っていた白と青のデザインのものだった。
サイトが更新されたのではなかったのか?
「多分これじゃないんだよね」
「ササキはどうやって入ったん?」
「どうやるんだろ。俺も勝手に変わってたから分からないんだよね笑」
本当に謎だった。
サクライは入れなかったのに、自分はどうして入れたのだろうか?
試しに検索エンジンで「リゾバ.com」と調べてみる。
検索結果が表示される。
「リゾバ.com」をクリック。
したと思いきや、クリックしたのは「リゾートバイト.com」という別のサイトだった。
だがそれでよかった。
今までの謎が全て解消されたからだ。
表示されたのは例の白とエメラルドグリーンのデザインのサイトだった。
どうやらリゾバ.comとリゾートバイト.comという二つのサイトがあるらしい。
そして僕とサクライが登録していたのは前者、サイトーが登録していたのは後者だったみたいだ。
ほっとしたのもつかの間、また苛立ちが襲ってきた。
自分たちが騙されたように感じたからだ。
何でこんな紛らわしい名前にしたんだよ。
こんなせこい手口あるかよ。
こんなもの、ページをクリックした瞬間、画面いっぱいにデカい広告を出して無理やりクリックさせてお金を稼ごうとするwebサイトくらいせこい。
とりあえず
「リゾバ.comじゃなくてリゾートバイト.comみたい笑」
と送っておいた。
「リゾバ.comとリゾートバイト.comがあるの紛らわしすぎだろ笑笑」
こうしてサクライも無事、リゾートバイト.comに登録することができたのだった。

4. リゾバの攻撃1

「応募できたらしいよ」
サイトーから連絡があった。
複数人でリゾバに申し込んだ場合、派遣会社と希望案件の相談や決定後の情報共有を行うための代表者を一人決めなければいけない。
今回は一人だけマイページの登録が早く済んでいたサイトーが、自動的に代表者になったのだそうだ。
「なんだけどサクライとササキがマイページで回答してない項目があるみたい。それができないと選考に進めないんだって」
このいちいち急かされてる感じにまたイライラしてくる。
確かにリゾバ.comのときも最初の個人登録以外に、持病や薬に関する情報や給料の振り込みのための口座情報を入力はやった記憶がある。
しかし当時の自分たちはまさか別のサイトに登録していたなんて知らなかった。
入力するところが何個もあるなら最初にまとめて言っておいてくれよ。

「お兄ちゃん、教えて~」
また弟に呼ばれた。
土曜日は隔週でテストがあり、今日はその解き直しをしている。
平日だけでなく土曜日も勉強に費やしているのだ。
今日はこの問題らしい。

”一周720mの池があります。お姉さんと妹は逆方向に進むと10分後に初めてすれ違い、同じ方向に進むと36分後に初めてお姉さんが妹を追い越します。二人の速度はそれぞれ何m/sですか?”

これは前に教えた問題の数字を変えただけではないか。
前やった問題もできるようになってないのかよ。
こんな程度で受験が上手くいくはずがない。
そこでふと思った。
リゾバに行かないという選択肢もあるのではないか?
このまま1か月も家を開けてしまったら、ユウキに算数を教えられないまま夏休みが終わってしまう。
一人でできるのであれば問題ないのだが、それができているのであれば今の段階で上のクラスにいるだろうし、そもそもこうやって自分に質問してこないだろう。
それに引っ張られるようにして別のことを思い出す。
自分にはこの最後の長期休みに始めてみたいことがあった。
YouTubeだ。
僕は前々から、趣味でやっているピアノの演奏動画をYouTubeにアップしてみたいと考えていた。
今始めてもかなり後発になるため再生数や収益の見込みはほぼないが、正直そっちはあまり期待していない。
どちらかと言えば、せっかく続けてきたのだから「ここまでやってきた」という形に残しておきたいという思いの方が強かった。
そのため少しづつ準備を始めている。
撮影も何度かやってみた。
しかしいざ動画を撮ってみて気づいたのだが、動画の撮影対象になるということは自分の想像以上に緊張する。
緊張のあまり普段は失敗しないところでもミスタッチをしてしまい、撮影は想像以上に難航していた。
時間がかかるからこそ、まとまった時間の取れる夏休みに本格的に始めたいと思っていたのだ。
しかしリゾバに行ってしまえば撮影ができなくなるだけでなく練習すらできなくなるため、指がなまってしまう。
イライラが引き金となって、リゾバに行きたくない理由が芋づる式に出てきた。
自分だけキャンセルしてしまっても良いのではないか?
まだ選考には進んでいない。
引くなら早い方がいい。
そう思ったか思わなかったかのうちに自然とチャットを開いていた。
それもいつも使っているグループの方ではなく、個人のトークルームだった。
「リゾバのモチベ下がってきた笑」
既読がついた。
「実は俺も笑」
サクライとはこういうところでも馬が合う。
前回よりも準備がもたついていることや別のサイトに登録しなければいけなかったことから、面倒くささを感じていたのだ。
共感者がいたことが安心感となる。
そこで本題を切り出す。
「割と本気でやめようと思ってるんだよね」
「サイトーには何て説明するの?」
サクライは自分ほど行きたくないわけではないらしい。
「まだ決めてないけどちゃんと理由までは説明するつもり」

5. リゾバの攻撃2

「ここまで来て言うのは本当に申し訳ないんだけど、やっぱり今年のリゾバは行くのやめるわ。弟の成績ヤバくて算数教えないといけないし、他にもやりたいこと色々あるから」
グループのチャットにそう送った。
送ってしまったんだ。
そう思った瞬間、激しい罪悪感と後悔が襲ってきた。
急かすなとかマイペースすぎとか、散々キレてたけど一番マイペースなのは自分なのではないか?
こんな直前になって予定変更をしたら、向こうだってかなり迷惑だろう。
そんなことを考えていたら「既読2」がついていた。
既読がついた段階でチャットの送信取消をしても意味がない。
しかし返信はない。
サクライには事前に連絡していたため心構えはあっただろうが、この場で初めて報告したサイトーに関しては返信がないのは逆に怖い。
しばらくしてチャットに通知が届いた。
グループの方ではなく、サイトーとの個人のチャットだった。
きっとものすごく怒らせてしまっているだろう。
恐る恐る通知を見てみると
「明日勉強しない?」
とだけ書かれていた。
やはりこれも逆に怖い。
何で自分の急な発言を知っていながら、その話題に触れず別の話題が出てくるのか。
怖すぎて理由を聞くこともできない。
「いいよ」
「何時から行ける?」
「明日は午前も午後も行けるよ」
探り合いのような上辺だけの会話が続いていく。
「じゃあ10時で行ける?」
「了解」
少し不気味な感じは残っていたが、そう返信してその日は寝た。
結局、自分の連絡を聞いてどう思っているのかは怖くて聞くことができなかった。

6. リゾバの防御

翌朝、起きてチャットを確認すると、サイトーからメッセージが届いていた。
「じゃあ10時にいつもの公園集合ね」
僕たちはCafé Forestに行くとき、いつも近所の公園に集合してから向かっている。
「いつもの公園」とは、その公園のことだ。
そこまでは普通の会話だったのだが、その一つ後のメッセージに一瞬戸惑った。
「午後1時にやろうぜ」
意味が分からなかった。
10時に行けば良いのか、13時に行けば良いのか。
「どっちやねん笑」
10時になっても返信が来ないどころか既読すらつかない。
自分が怒らせてしまったので、仕返しでこうやって混乱させてるのだろうか?
試しに待ち合わせ場所に行ってみたが30分たってもサイトーは来なかったので、一旦家に帰った。
「1時集合ってことでいいんだよね?」
既読はつかない。
「今日、勉強するんだよね?」
こんなときに追いメッセージなんてして良かったのだろうか?
怒っているところを更に怒らせてしまうのではないか?
急かしているみたいに見えるのではないか?
リゾバの登録のときは、自分の方が急かされているようで嫌だったではないか。
急な予定変更と言い、この急かすような連絡と言い、全てあの時の真逆を行っている。
そこで気づいた。
もしサイトーがこのまま僕のメッセージを未読スルーして集合場所に来なかったとすると、スケールは違えども僕が昨日やったことと同じことをやったことになる。
みんなで行こうと予定していたイベントを直前でキャンセルするという行為だ。
自分がリゾバに行かないと報告してから既読スルー。
その後の唐突なやり取り。
意図的にやったと考えると全て辻褄が合う。
同じことをやり返すことで「お前がやったのはこういうことだよ」と、やられた側の人間の気持ちを相手に理解させることができる。
サイトーは僕のドタキャンに怒っていて、仕返し(悪いのは僕なのだが)に全く同じことをしたのではないか?
念のため電話を掛ける。
予想通り出ない。
もうすぐ約束の1時だ。
どうせサイトーは待ち合わせ場所にはいないだろう。
それでも行くしかない。
もしかしたら先に公園にいて、後から来た僕は「お前がやったのはこういうことだよ」と言われるかもしれない。
そうなったら、いや、そうならなくても謝ろう。
悪いことをしたのは自分なんだから。
僕は意を決して待ち合わせ場所まで歩みを進めた。

待ち合わせ場所の公園に着いた。
サイトーは来ていなかった。
チャットを見てみると、通知が届いていた。
「ごめん。先行ってて」
このとき僕の中を二つの感情が支配していた。
一つは自分の送ったメッセージに返信が来たことによる安心感。
二つ目はメッセージのテンションがいつもと同じだったことによる恐怖感。
当然、後者の方が大きかった。
サイトーは昨日からずっと、僕の発言がなかったかのように振る舞っているからだ。
ただ「先に行け」という指示がもらえたのはありがたかった。
これで何の連絡もないまま勝手に現地に行って、サイトーの怒りを増幅させたくはなかったからだ。
僕はCafé Forestに向かった。
店に着いて勉強を始めたが、読書も譜読みも全くはかどらなかった。
サクライを呼ぶか迷ったが、今日はそんな日ではない。
今日は僕がサイトーに謝らなければいけないのに、別の人がいると恥ずかしくて謝りづらい。
しかもサイトーに怒られている僕を見ても気まずくなるだけだろう。
果たしてサイトーは本当に来るのだろうか。
ずっとそんなことを考えていた。
せめて面と向かって謝らせてくれ…

「よっ」
サイトーが来たのは1時30分。
集合時間からちょうど30分遅い時間だった。
「お、おぅ」
びっくりして反応が遅れてしまった。
何で何事もなかったように挨拶してるんだよ。
怖すぎるだろ。
確かに普通に怒られるより笑顔で怒られた方が断然怖い。
しかしここまで平然としていると、本当に何もなかったようで怖い。
謝ろうにも怖いのと切り出し方が分からないのとで、声が出ない。
せめて怒りを露わにしてくれれば自分だって謝れるのに。
僕がそう思っている中、サイトーは淡々と作業を進めていく。

「弟、受験勉強頑張ってるの?」
作業が一区切りついたのか、話しかけられた。
「うん。そうなんだよね」
「大変だね」
来た。
「ほんとごめん!」
「え?」
「いや、その、急に予定変更しちゃって」
次に返ってきたのは、ちょっと意外なリアクションだった。
「あぁ。大丈夫よ~」
「え?」
「てかごめん。今日寝坊しちゃってさ。午前中ずっと寝てたんだよね~」
今日のチャットの既読スルーは意図的なものではなかったのか?
頭がパニック状態である。
「え?ドタキャンしちゃった僕と同じことしてたんじゃなかったの?」
「え?どういうこと?」
「勉強誘って、でも直前になってずっと連絡返ってこなかったじゃん?それで不安にさせて『お前がやったのはこういうことだぞ』って言いたかったんじゃないの?」
「そんなことしないよ笑」
サイトーは大笑いしているが、こっちにはまだ謎が残っている。
「じゃあさ、俺がやっぱリゾバ行くのやめるって連絡したときは何で無反応だったの?てかびっくりしなかったの?」
「ああ。俺、そのときちょうどサクライといたんだよね」
どうやら僕がメッセージを送ったとき、サクライがサイトーに僕のことを伝えていたらしい。
それなら「了解」の一言くらい返してくれてもよかったのに…
いずれにしてもサイトーが怒っていたわけではないと分かり、安心した。
ということでこの夏、僕は弟に算数を教えたりYouTubeに「弾いてみた」動画を投稿してみたりして、充実した夏休みを過ごしたいと思う。

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