見出し画像

北朝鮮の切手

北朝鮮の切手を紹介する「朝鮮切手」という北朝鮮公式サイトが公開されている。このサイトでは北朝鮮の切手が購入できるようになっており、朝鮮語、英語、中国語に切り替えることができる。

画像1

私は切手のコレクターでもなく、切手に詳しいわけでもないのだが、「北朝鮮の切手」はなかなか面白い存在である。今回はそれについて紹介しようと思う。

社会主義国と切手

社会主義国が数多くの切手を発行する理由について、このような説明がある。

1950年代後半以降、特に社会主義国や発展途上の小国は、見栄えのする切手、話題の事柄をデザインした切手を、数多く発行するようになった。これは、郵便に使うためというより、切手で外貨を獲得しようという狙いといえる。

北朝鮮が様々な切手を発行するのもまさに、外貨稼ぎの一環である。
なぜそう断言できるのか。
詳しくは後述するが、北朝鮮が発行する(多くの)切手は「実際には使用できない切手の形をした紙片」だからである。

北朝鮮初の切手

画像2

「朝鮮切手」のサイトによると、北朝鮮初の切手は1946年3月12日に発行された。絵柄は、「三仙岩」(現在は南側地域に属する鬱陵島の三大絶景の1つ)と「ムクゲ」(韓国の国花)だった。

興味深いのは、初の切手に採用された絵柄が2つとも(現在では)韓国の象徴だということだろう。
北朝鮮は国花を「木蘭」(オオヤマレンゲ)と定めている。
実はこの「木蘭」という名前も、金日成がつけたものだ。

主体53(1964)年5月のある日のことだった。
(中略)
偉大な首領様(金日成)は、このように良い花をオオヤマレンゲと呼ぶのはどこかもったいない、わが人民は昔から香しく美しい花には「蘭」の字をつけて呼んだので、私の考えではこの花の名前を「木蘭」と呼ぶのがよいだろう、とおっしゃった。

勝手に・・・名前を変えるなッ!

と言いたいところだが、北朝鮮にはこういうのものがいくつもある。
金日成が格別に愛したこの花は、上記のエピソードの直後、1964年8月に北朝鮮の「国花」に制定された。
言い換えれば、1948年に「朝鮮民主主義人民共和国」という国号で新政権が建てられた後も10年以上に渡って「ムクゲ」が国を象徴する花と考えられていたということになる。
北朝鮮初の切手の絵柄は、韓国と北朝鮮がかつては同じ花やモチーフを国家の象徴としていた一つの国だということを思い起こさせてくれる。

切手による外貨稼ぎ

画像3

切手による外貨稼ぎについてはこんなエピソードがある。2016年に脱北・韓国に入国した駐英北朝鮮大使館の公使だった太永浩氏の著作「3階書記室の暗号 太永浩の証言」には次のような逸話がある。以下は、韓国語版から私が訳出したものである。

 朝鮮切手社の主要事業は、海外に切手を売って外貨を稼ぐことだった。直属上級機関である外国文出版社の「金づる」の役割を担った。(中略)外国文出版社が切手を印刷し、朝鮮切手社が販売するという体系だったが、この体系を確立したのは金正日だった。
(中略)
 (朝鮮切手社)社長がデンマークに来た理由を聞いて私は激怒した。デンマーク切手会社に朝鮮切手4トンを発送したが、いまだに販売代金を受け取っていないということだった。しかし理解できない部分もあった。販売代金が60万ドル程度にすぎなかった。切手4トンであれば、6000万ドルくらいでなければ納得がいかない価格だ。(中略)
 朝鮮切手社社長と共にデンマーク切手会社を訪問した。しっかりと抗議しようと思っていたが、むしろデンマークの会社側は朝鮮切手社社長をみて「ペテン師」「詐欺師」と言って激怒した。会社側の説明を聞いて私も開いた口がふさがらなかった。顛末はこうだった。
 朝鮮切手社がデンマーク切手会社に欧州独占販売権を与えるという契約を結び、切手4トンを発送した。発送費まで負担したデンマーク切手会社は、朝鮮切手の販売を期待して欧州各国の切手商に見本を送った。購入の意志を明らかにした切手商はただの1つもなかった。事情を調べてみると、スイス・ローザンヌの切手会社がすでに北朝鮮と独占販売の契約を結び、実に120トンの分量の朝鮮切手を保有していた。
 デンマーク会社側の抗議が続いた。
 「切手は貨幣と同じだ。どうして切手を120トンも印刷して世界の市場に出すことができるのか。独占販売権をあちこちに与えるのも違反だ。朝鮮を訴えることもできる。われわれには朝鮮切手は必要ないので全て持ち帰れ」
 当然のことだった。切手は貨幣に似た性格を持っており、切手を数百トンずつ販売するということは貨幣をそれだけ取引したのと同様である。しかし朝鮮切手社社長の反応は呆れたものだった。彼は「60万ドルを受け取るのが難しければ、10万、6万ドルでも受け取ろう」といい、私に取引をしてみろといった。仕方なく彼の言葉を伝達したが、デンマーク側は一銭もやれないと言った。
 朝鮮切手社社長は切迫していた。私が「切手を持ち帰って朝鮮で売ればどうか」というと、彼は「朝鮮にも切手が倉庫いっぱいにある。ここでいくらかでも(お金を)受け取らないと、持ち帰っても処分に困る」と言った。(中略)
 朝鮮切手社社長は「上部がやれというから私にもどうにもならない」といってため息をついた。私は、外貨さえ稼ぐことができるならなんでも売り、国の根幹も揺るがし得る指導者のために働いていた。

北朝鮮が欧州に向けて切手を大量に(120トン+4トン!!)売っていたということがわかる。

もちろん、欧州だけが対象ではない。北朝鮮は日本人にも切手を売ろうとしている。以下は昨年10月の共同通信のニュースである。

北朝鮮の国家観光総局が8月ごろから、日本の旅行代理店に対し、日本人相手に北朝鮮の記念切手を販売するよう要請していたことが1日までに分かった。公安当局や複数の日朝関係筋が明らかにした。

 北朝鮮は新型コロナ対策として中国などとの貿易取引を厳しく統制、外貨不足にあえいでいるとみられ、少しでも外貨を獲得しようとの狙いがあるとみられる。

 要請は、北朝鮮旅行を扱う日本の代理店に対し、過去に訪朝した経験のある日本人を中心に、北朝鮮の切手に関心のある日本人を探し出し、販売するよう求めている。

 16年9月の航空ショー「元山国際親善航空祝典」の記念切手シートが2万円という。

北朝鮮が発行するカレンダーも多くは日本に向けて輸出されるというが、北朝鮮マニアが多く、そしてコレクター傾向の強い日本人は、切手販売のこれ以上ない対象なのかもしれない。

画像4

やはり「最高指導者」の切手はほしくなってしまう

使えない「切手」

切手は「前払いの証券」であり、記載された額の金銭的な価値を有する「商品券」である。太永浩氏も書いているように、切手を発行するということは、お金を刷ることと同様であろう。
しかし北朝鮮が大量に海外に搬出している「切手」は、金銭的な価値のない「紙片」である。なぜならばこの「切手」は、北朝鮮国内ですら使用できないからだ。
「切手」という形にすることで世界の切手コレクターの関心を引くための、単なる紙片なのである。だから大量に印刷することができ、またこの小さな紙片を売ることで得る代金のほとんどが利益となる。
上記の共同通信のニュースによると、記念切手シートが2万円ということなので、原価を考えればぼろもうけといってもよいだろう。

画像5

ちなみに「朝鮮切手」のサイトには、共同通信が「2万円という」と書いている「元山国際親善航空祝典」の記念切手シートらしきものもアップされている。このサイトでの購入価格はなんと3ドル(約300円)である。
・・・ま、まさか3ドルのものを2万円で日本人に売りつけようとか思わない・・・と思いたい・・・他の・・・もっとすごい2万円に値するような切手シートが存在する、のだろう、多分・・・多分・・・ね??

画像6

北朝鮮の特産であるマツタケの切手もある

実際に使用できる切手は

もちろん、北朝鮮で実際に使用できる切手もある。
下の写真は、実際に利用できる(おそらく)現行の切手の1つである。このシンプルな「本物の」切手は、「朝鮮切手」のサイトには掲載されていない。海外に販売するつもりはないようだ。

画像7

文房具店などでは、使用済みの切手がインテリア雑貨として売られていることがある。こうした切手をよくよく見ると、かつて北朝鮮から日本に手紙を送るときに使われたのであろう古い実用の切手が混ざっていることがある。
もし機会があれば、こうした切手を探してみるのも面白いだろう。

参考にしたもの

●「朝鮮切手」サイト(朝鮮語)
●「切手の博物館」サイト
●「朝鮮の今日」2020.11.27付「조선의 국화 - 목란꽃​」
●太永浩『3階書記室の暗号 太永浩の証言』
●共同通信2020.10.1付ニュース「北朝鮮、日本人相手に切手販売へ コロナ影響、外貨不足背景か

※ここで紹介した「朝鮮切手」のサイトでは海外から切手の購入ができるようになっていますが、北朝鮮にお金を送金することは現状、原則禁止となっていることにご注意ください※

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?