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早稲田卒ニート160日目〜里〜

街が人をつくる。40,50代になってもなお大学時代を回顧している大人が周りによくいる以上、大学生活をどこで過ごすかということは、特に自己形成の大きな担い手となるのかも知れない。尤も、それは職業柄そういう人が周りに多いだけで、民間の一般企業では大学時代の話など日常の話題に載るのかどうかは知らない。

街には飲み屋がある。飲み屋には人がいる。いい飲み屋はいい人によって作り上げられる。断じて、いい酒、いい食材、いい食器などがあればいい店になるのではない。人間的にかっこいいマスターのもとには、それに吸い寄せられるように自然といいお客さんが集まる。そうしていい店になる。

高田馬場には「里」という居酒屋があった。

「あった」という様に、その存在はもはや過去のものとなってしまった。2022年いっぱいで36年の歴史が閉幕したのである。つい最近まで知らなかった。もう何年も行っていない。それなのに、閉業を知ったときは、とてつもない寂しさに襲われた。それだけ、この店への不思議な思い入れは根強い。

この「里」のマスターは、かの有名な銀座のナイルレストランの出身で、「里」でもやはりカレールウが名物であった。西武新宿線の線路の真下に位置する、カウンター6席ほどの激狭な店である。マスターは福島県の人で、その頃は60歳ほどだったろうか、こちらの背筋が伸びてしまう様なかっこいいおじさんだった。でも優しさの塊の様な方で、これが「本物」か、と大学生ながらに思った。

行くたびに、震災の話やバブルの頃の話、歴史談話やおすすめの小説など、ありとあらゆる話を聞かせてくださって、私はもうとことん真っ直ぐにマスターを見て聞き入っていた。そんな私にあるときマスターが、「顔に『真面目』って書いてあるよ」と言った。嬉しかった。

常連さんたちも皆、魅力的で人のいい方たちばかりであった。大人と出会うということ。同級生との関わりを初めからあまり求めず、それより大人に学びたいという動機で飲み屋に通った。小さい頃から、早く大人になりたかったのである。中学生の頃から、同い年の連中と関わっているのが辛くて仕方がなかった。そういう力学によって大人を通した自己形成へ向かって行った青春が、私の根本にある。

別に今の学生にそれを強いる気は無いが、少なくとも精神年齢くらいは高めようとしてくれよと思う。それに、世の中には凄い大人がいるということを知らずに生きるのは、まあ勿体無いな。

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