ミュージカル『ピピン』@東急シアターオーブ

 1972年にボブ・フォッシーの演出・振付で初演され、40年ほど経った2013年にブロードウエイに再進出、リバイバル・ヒットしたミュージカル『ピピン』。2019年には日本人キャストによって日本初演を果たし、まるでコロナ禍を挟み込むかのような今夏の再演が決まり、8月30日にめでたく初日を迎えた。

 再演に当たっての大きな変化は、主人公ピピンを演じるのが城田優から森崎ウィンに変わったところ。主なストーリーは不自由なく育った王子ピピンが、人生の本当の意味を探し求めて彷徨い……。そんなピピンの視線の先にはいつも不安や疑念が渦巻いているのだが、少年らしさを感じさせる森崎のピピンはその雰囲気をよく醸し出していると思った。そして目が離せないのはリーディングプレイヤー役のクリスタル・ケイ。2019年版で初ミュージカルながら高く評価され、読売演劇大賞に輝いたのだが、今回はさらに演技に風格が出てきたようだ。

 もう一つ特筆したいのはピピンの祖母、バーサを演じる中尾ミエ、前田美波里のおふたり。貫禄のある演技はもちろんだが、それ以上に驚かされるのがアクロバットシーンだろう。2019年版で前田が宙づりになったリングに乗って、背筋をピンと伸ばした姿に驚かされたが、今回観た中尾も同じことをサラッとやってのけた。まさに奇跡の70代として賞賛すべきだろう。

 さて、僕が思うところのブロードウエイ・ミュージカルの楽しさとは、圧倒的な熱量で迫るダンスや歌(コーラス)部分にあると思う。例えば『42ndストリート』で大勢が一斉にタップを踏むところや、猫たちが一糸乱れぬダンスを決めてくれる『キャッツ』。『コーラスライン』のエンディングなどのシーンは、観ていて思わず身震いしてしまう。そして『ピピン』もまたサーカス団が思い思いに芸を披露し、最後にフォッシーならではのポーズを決めるところなど、まさにブロードウエイ・ミュージカルらしさが満載。もう興奮しっぱなしだった。もちろんクリスタル・ケイや森崎ウィンをはじめとする俳優陣の歌も素晴らしく、さらにブロードウエイ公演にも参加していたアクロバットの名手オライオン・グリフィスを含む、ジャグリングやアクロバットメンバーによる妙技も素晴らしい。そんなわけで『ピピン』1本観ればミュージカルの醍醐味は充分に感じることができるはずだ。

(ここから先、面倒くさいことを考えるのが嫌な人は最終部分にワープしてください)

 だがしかし、華やかな世界に風刺や社会問題の告発などシリアスな部分を塗り込めるのもまたミュージカルの奥深さ。『ピピン』も同様だ。この作品が初演された1972年はベトナム戦争の最後期でアメリカが戦争に疲弊していた時代だということを踏まえて観ていると、一つ一つのシーンがまた違って見えてくる。例えばリーディング・プレイヤーがふたりのダンサーと踊る「マンソン・トリオ」のシーン。有名なダンス・ナンバーなのでそれだけが取り上げられることも多いが、舞台ではひょうきんな音楽に合わせて踊る3人の後方に、うす暗い中で殺し合う兵隊の姿が見える。このシーン、戦争や殺戮がどんなに滑稽でナンセンスなものかを風刺していると捉えたのだがどうだろう。また父親を倒して国王になったピピンが、民衆の言い分を全て受け入れると、今度は国家が破綻するという一節は、民主主義のジレンマを彫り込んだレリーフだとも言えるだろう。そして用意されたお膳立てに乗っていればいいというリーディング・プレイヤーのささやきと、それに取り込まれそうになるピピンは、ついつい長いものに巻かれがちな我々の姿そのものだろう。

 物語の終盤。全ての衣装やメイクを剥ぎ取られたピピンとキャサリンが劇場(正しくはその跡地)かた立ち去るが、そこに残った未亡人キャサリンの子シオが新たな物語の入口に立つところで幕となる。これは人間が繰り返しの生き物であり、悲しいことに作品が書かれた時代もそして現在も、戦争や殺戮の繰り返しを止められないことを暗示する。そこは2019年版より今回の方が強く心に残った。

(ワープした方はこちらからどうぞ)

 ともあれ、めでたく再演となった『ピピン』はミュージカルの楽しさも思わず息を呑む妙技も、そして若手からベテランまで達者な役者の演技も、全部丸ごと楽しめる作品であることは間違いない。下手な“ミュージカルもどき”を何本も観るよりはよっぽど楽しめるし、その観劇体験は良き想い出になるはず。掛け値無しにお薦めしたい。
9月19日まで。


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