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初めての大学病院へ

後日県内の大学病院へ来ました。初診だった為アタフタしながら受付へ。 心電図 エコー 血液検査 そして言われたのは、拘束型心筋症です。何らかの理由で心臓の筋肉が固くなる病気です・・・

私 「治療法は・・・どんな・・・。」Dr 「治療法は無いです」私「え・・生きていけますか?」Dr 「このままだと・・もって2年ですね」

私は、何にも言えずこの人は何を言っているのか・・治療法はなく、この子の命がもって2年・・・どうしたら良いのか これからどの様に過ごせば? くすりは?施術とかも本当に出来ない?治らない?なぜこの先生は、こんなに淡々と話すのか?そのくせ どうしたら良いのか教えてくれない。こんな事考えている間も沈黙で廊下でお兄ちゃんと一緒に遊んでいる 笑い声が響いている。

どうしていいか分からない 教えてももらえない どんどん怒りが込み上げてきて、私は「今からどうしたら良いかぐらい教えてください!!」大きな声で・・泣きそうな声で・・言ったような気がする。Dr「うちに定期的に来るにしてもうちではこれからどのように進めていくか判断できません 急いで診てもらわないと危ないので東京の病院に紹介状出しますね」私はなぜこの大学病院に来たのか なぜここを紹介されたのか意味が分からなくなり 

私「東京の先生がおっしゃる病院しか選択肢は無いのでしょうか?」   Dr「いや・・・まぁ、ご自身で決められても結構ですよ。」 私「後日連絡します」その日は一旦帰る事にした。子供たちは家に送りお兄ちゃんに、あーくんを任せて私は車に乗り 旦那、実家の両親、義理の父母、医療関係の友達、市役所、事例はあるのか どこの病院が良いのか 電話やネット検索同じ病気の人はいないかな・・・とにかくsnsで探しまくり 初めましていきなりすみませんと必死にメッセージを送った。なんでも良いから教えて欲しい!そんな思いで泣きながらメッセージを送った。

そんなことをしていると実家の父から電話があり、父「県内に循環器に強い先生がいるらしいよ!父の仕事の取引先のお子さんもそこの先生に生まれた時からお世話になっているらしいよ。一度診てもらうか?」

私はすぐ連絡してみることにした!事情を話すと明日すぐに来ていただいて構いませんとの事。この先生の見立ては昔から素晴らしいと有名だと後に数名の循環器のDrに話を聞くことになるのです。

当日受診日 検査後に診察室に呼ばれる。Drは看護師さんに「この子連れて外へ散歩したり絵本読んであげてて。」息子は嬉しそうに看護師の手を握り診察室を出ていく。私は、あぁやっぱり良く無いんだ・・・。Drは、ゆっくり口を開いた。

Dr「間違い無いでしょう。お子さんは拘束型心筋症です。お母さん聞いてください、今この病気が息子さんが元気な状態で見つけることが出来た。この病気に幸運とは使いたく無いけれど 息子さんは幸運です!治療法は無いですが残された道は、移植です。すぐにでも移植登録を申請するにあたり詳しい検査と移植するにあたりデメリットも沢山あるので とにかく僕は大阪へ行くことをお勧めします。僕が海外同行した時もお世話になった先生がいますので地元の大学病院で紹介が進まない時は、また相談してください。何かあればお手伝いしますから頑張りましょう。私「ありがとうございました。」診察室をでた瞬間私は泣き崩れてしまった。強い味方ができた・・・と思う安心に近い気持ちと、どこかで自分の子供が50万人に一人の治療法もない難病になるなんてありえないと思っていたからだ。泣き崩れた瞬間 隣に看護師が優しく背中をさすってくれた。看護師「ごめんね何もしてあげれなくて。相談できる人がいなかったり先生に聞きたい事があればいつでも連絡頂戴ね!」と言ってくれた。息子が看護師と外から戻ってきた。「ママ何で泣いてるの?ママ意地悪言われたの?」息子がそんな事を言うから・・もう泣くのやめた〜。ってこの日から私スイッチが入ったように気持ちが強くなった。次の日地元の大学病院で大阪への紹介状をお願いしてきた。「あ〜大阪ですか・・・。ん〜まぁわかりました。」初めて診察した時は、急いで東京の病院へ!と言われたのですが 今回紹介状をお願いしにきたら「そんなに焦らずで大丈夫ですよ」との事。もう、この先生の話は、どうでもよくて正直紹介状さえ出してくれたらそれで良かった。

ここまでお付き合い頂きありがとうございました。フォロー頂けると嬉しいです。




















 




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