渡辺わたあめ

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革命暦*ブランキー・ジェット・シティ

 革命期、恐怖政治下のフランスでは、独裁政府がその急進過激ぶりでカレンダーまでも刷新した。その新たなる暦、いわゆる革命暦においては、1か月が30日で統一される(365日中、余る5日は年末に祝日としてまとめられる)。また、1週間の長さは10日に変えられた。これで1か月はきっちり3週間ずつになる。週の途中で月が変わるという不調和はもう生じない。  独裁政府がこの暦で賭けていたのは、とりもなおさず合理性である。そして合理性とは10進法である。月の数が12となるのは、まあ仕方がない。

    • 井筒俊彦*ボルヘス*ボルヘス*カバラ、ボルヘス

       「世界で最も難しい言語はどれか?」はあまり有効な問いではないとされる。その言語の性質以外の外的要因、とりわけ学習者が何を母国語としているかによって、答えが全く違ってくるからである。しかしながら(あるいはそういうわけで)、「日本語を母国語とする者にとって最も難しい言語はどれか?」と問いを立て直してみるならば、イスラーム学者井筒俊彦の経験談はひとつの参考となりうるように思える。井筒俊彦の語学的天才性については幾多の途方もない伝説が残されているのだが(一か月で一言語を習得する、文

      • ユダヤ人の定義*デュシャン*ベケット

         ナチス・ドイツの傀儡政権であったヴィシー政府(フランス)は、国内のユダヤ人をシステマティックに抑圧するために、まず「ユダヤ人とは誰か」を——この国籍も、民族も、言語も、宗教さえも一様でないこの「人種」を——法的に定義しなければならなかった。結果、1940年10月に発表された「ユダヤ人の身分規定に関する法」では、  ①ユダヤ人の祖父母3名以上を持つ者   or  ②ユダヤ人の祖父母2名およびユダヤ人の配偶者を持つ者  が「ユダヤ人」であると定義された。祖父母や配偶者がどのよう

        • コペルニクス、ダーウィン、フロイト*チェス、将棋、囲碁

           コペルニクス、ダーウィン、フロイトは、人類に革命的な屈辱を味わわせたトリオとして知られている。まずコペルニクスが、人間の住む星は宇宙の中心には位置していないと言った。次にダーウィンが、人間の起源は神ではなく猿なのだと示した。そしてフロイトが、人間は己の意思の主でさえないと論じた。フロイトは自分の研究の影響力を過小評価しなかったので、「私は街で石を投げつけられるだろう」とまで恐れた。だがどうあれ、それらの屈辱的学説は結局のところ、人間たちが本当の意味で真剣に猛り狂ったり苦悩に

        革命暦*ブランキー・ジェット・シティ

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        • あれこれ徒然
          5本

        記事

          死刑制度*ヘンリー・ダーガー*ペレック、筒井康隆*『あひるの空』*『100日後に死ぬワニ』*予定説

           1981年、フランスの法務大臣ロベール・バダンテールが提出した死刑廃止法案は、国会で圧倒的多数の賛成により可決された。当時の世論調査では、死刑賛成派が61%を占めていた。 *  記憶に残らぬほど幼い頃に母が出産で死に、その時生まれた妹もすぐ養子に出され、やがて父親とも死別したヘンリー・ダーガーは、その後の人生をほとんど完全な孤独のまま過ごした。81歳で彼が死んだ時、住んでいた部屋から1万5145ページにのぼる夢想的な物語の清書原稿と、その挿絵となる数百枚のイラストが

          死刑制度*ヘンリー・ダーガー*ペレック、筒井康隆*『あひるの空』*『100日後に死ぬワニ』*予定説